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終業時間を告げるベルの音が響き渡る。
ぼくは素早く作業を終了し、そそくさと部署を飛び出した。
最後に部署を出る人が戸締りをする決まりになっている。
ぼくはドアのカギを閉めながらも、心はすでにホトトギスのもとへと飛んでいた。
急ぎ足で廊下を駆け抜け、一目散に医務室へと向かう。
ヒバリさんの親が来てホトトギスを連れていったはずだけど、そのときの状況とホトトギスの容態がどうだったのかが気になっていたぼくは、とりあえずテルリンに話を聞いてからマンションに行こうと思ったのだ。
だけどぼくが医務室に着くと、中はもぬけの空だった。
というか、医務室に誰もいないって、それは問題ありなんじゃ……?
職務放棄?
そうも思ったのだけど、テルリンはホトトギスとぼくのために、二日連続で泊まり込んでいたことを思い出す。
疲れが溜まって、社員寮へと帰ったのかもしれない。どうせあまり人も来ないと言っていたし。
もしそうだとしても、代わりの人を待機させるか、せめてドアに貼り紙でも残しておくべきでは、とは思うけど。
ともかく、テルリンがいないのなら、ぼくがここにいても仕方がない。
ホトトギスの姿がすでにない以上、彼女はヒバリさんの親が経営しているというマンションに連れていかれたあとということになる。
ぼくは医務室を飛び出すと、一路、雛森町にあるマンションへと向けて駆け出した。
☆☆☆☆☆
薄暗がりから宵闇へと変わりゆく山道を歩き、町明かりが視界に迫ってくる。
いくら下り坂になるとはいっても、そうそう山道を全速力で駆け抜けることなんてできない。
それに、辺りは暗い。足もとにも気をつける必要がある。
まだ真っ暗とまではいかないものの、念のため懐中電灯で足もとを照らして歩く。
もどかしさでいっぱいになりながらも、ぼくはなるべく急ぎ足で山道を下りていった。
雛森町に入れば、住宅から漏れる明かりや街灯がある。
とはいえ田舎町だから、家はかなりまばらな配置だし、街灯もそれほど数がないのが実情だ。
商店街ならいざ知らず、町の外れ付近は、夜ともなるとかなり薄暗い。
そんな中を、ぼくは走り抜けていく。
たまに街灯の下でヒバリさんから渡されていた地図を確認し、マンションを目指す。
ぼくの住んでいるアパートからは、結構な距離があった。
商店街を挟んで、雛森町の外れの反対側、といった感じだ。
やがて、目的地にたどり着く。
マンションと呼ばれているだけあって、周りの家々と比較すればそれなりに豪華には見える。
明かりが点いていない部屋が大半だから空き部屋が多そうではあるけど、一応五階建ての建物となっていた。
高層というほどではないものの、これくらいの高さがある建物は、こんな田舎町には不釣合いかもしれない。
中心部ではなく町の外れにあるのは、個人所有のマンションのようだし、土地の値段が安い場所を選んだとか、そういった理由なのだろう。
ともかくぼくは、地図に書かれていたホトトギスのために用意されたという部屋へと向かう。
404号室。
なにやら、縁起の悪そうな部屋番号ではある。
そういった番号は欠番として使われないのが一般的なような気もするのだけど。
四階までエレベーターで上り、部屋の表札を確認していく。
401号室、402号室、403号室、
そして――、405号室……。
あれ? 404号室がない?
一旦戻って再度確認してみても、403号室の次は405号室。
部屋は一列に並んでいるため、別の場所にある、というわけでもなさそうだった。
念のため四階を隅々まで回って確認してみるも、やっぱり404号室はない。
403号室に明かりが点いていたのでチャイムを押してみる。
出てきた人に404号室のことを話すと、やっぱりそんな部屋は存在していないという。
嫌な予感がした。
403号室の人から、大家さんが五階にある501号室に住んでいるから聞いてみるといいと言われ、ぼくは大家さんのもとへと急いだ。
ヒバリさんの言葉どおりなら、彼女の親、ということになるはずだけど……。
表札はヒバリさんの名字、「古女」ではなかった。
チャイムを押して、出てきた大家さんにヒバリさんのことを話してみたけど、案の定、知らないという。
――これはいったい、どういうことなんだ?
マンションの住所はここで間違いない。マンションの名前も、間違ってはいない。
それなのに、ホトトギスを匿っているはずの部屋はなく、大家さんもヒバリさんとは関係がない人だった。
嫌な予感は、どんどんと膨れ上がる。
ぼくはきびすを返し、会社へと舞い戻った。
☆☆☆☆☆
会社に戻り、第三十八対策執行部を目指す。
ヒバリさんと雷鳥さんは会議だと言っていた。
終業時間まで戻ってはこなかったものの、会議のあとには部署に戻るはずだった。
それなのに、カギを開けて入ってみても、ぼくが出てから誰も入ったような形跡は見受けられない。
ホワイトボードのヒバリさんと雷鳥さんの欄も、「会議中」のままだ。
ぼくは会社内を駆け回る。
何ヶ所かある会議室を訪ねてみたけど、どこも会議は終わり、ひっそりと静まり返っていた。
――どうなっているんだ? ホトトギスはいったい、どこへ……。
疑問符が頭の中を飛び交う。
と、そんなぼくの目の前に、すっ……と人影が現れた。
「所長さん……」
そう、それは所長さんだった。
でもその顔に、いつものような穏やかな笑顔はない。
そして、ぼくが頭の中の疑問を口にするよりも早く、所長さんはこう言った。
「どうやらホトトギスさんは、ヒバリさんたちによって連れ去られてしまったようです」