-4-
ぼくとホトトギスはまた、医務室に泊まることになったわけだけど。
さすがにふたりきりで泊めるわけにもいかないからか、当直ではなかったものの、テルリンも医務室に泊まってくれた。
「今日はウチも寝かせてもらうつもりだが、ベッドはふたつしかない。というわけでアトリ、キミは彼女と一緒のベッドで寝たまえ」
と言われたのだけど、ひとり用のベッドなのだから、それはいくらなんでも厳しい。
そんな狭いベッドでホトトギスと密着しながら寝るという状況に、惹かれるものがあるのは事実だったのだけど。
風邪で倒れたホトトギスをゆっくり休ませることが先決なのだから、ここはぼくが犠牲になるしかないだろう。
医務室には、小さなソファーも置かれていた。足を伸ばしたりはできないけど、ぼくはそこで寝ればいい。
テルリンにそう答えたら、「チッ、つまらん」と舌打ちされてしまった。
それはともかく、次の日。
始業時間の十分前に目覚めたぼく。
ホトトギスはこの時間だと、やっぱりまだ寝ているようだった。
というかテルリンすらも、豪快にいびきをかきつつ眠っていた。
そんなふたりを残し、ぼくは医務室を出る。
今日は一応鏡をのぞき込み、軽く手グシで髪型をセットしてきた。
もともと大してオシャレには気を遣わないぼくではあるけど、昨日の寝グセはさすがにひどすぎたと反省していたのだ。
ぼくは第三十八対策執行部のドアを開けて中に入る。
今日はゆりかもめとセキレイも代休を取っているはずだから、もしかしたら誰もいないかも。
そう思いながら部署に入ったのだけど、中にはふたつの人影があった。
ヒバリさんと雷鳥さんだった。
「あっ、アトリくん、おはよう」
「おはようございます」
ふたりとも、すでに席に着いて仕事を始めているようだ。
ぼくもそそくさと自分の席に着き、てきぱきと準備を進めると、作業を開始した。
それにしても、ゆりかもめとセキレイが休みだと、上司ふたりに対して部下がひとりという比率になる。
べつにうるさく言われたりするわけじゃないけど、どうしても緊張するというか、気になってしまう。
そんなふうに考えていると、
「アトリくん、ちょっといいかしら?」
ヒバリさんが真面目な表情でそう尋ねてきた。
顔を上げてヒバリさんのほうに目を向けてみると、その隣に座る雷鳥さんもぼくをじっと見据えていた。
「えっと、はい。……どうしたんですか?」
少々戸惑い気味のぼくに、ヒバリさんは若干声のトーンを落として続ける。
「実は、ホトトギスさんのことなんだけど……」
ヒバリさんが言うには、ホトトギスの体調が悪いのはただの風邪ではなくて、地球から離れていった宇宙人部隊との通信が途絶えたから、という可能性があるのだという。
もちろんそれは、ホトトギスが宇宙人のスパイだということを前提とした憶測だ。
ヒバリさん自身は、そう思っているわけではないとつけ加えていたけど。
ともかくそういった可能性を考慮し、なぜ通信が途絶えたのか詳しく調べる必要があるとして、友好派と過激派の人たちが動き出したらしい。
先日まで発令されていたレベル2の警報。
その原因となっていた宇宙人の部隊は、地球から離れていったはずだ。だからこそ、警報は解除されたのだ。
だけど、もしホトトギスが宇宙人のスパイだったとしたら、下手に手出しするのは危険を伴う。
場合によっては、せっかく地球から離れていった宇宙人たちが戻ってくることも考えられるだろう。
「だからね、ホトトギスさんをどこかに匿うのがいいと、わたしは思うのよ」
ヒバリさんはそんな意見を述べた。
「今はこの会社の医務室にいるけど、ほら、アトリくんもこのあいだの件は覚えてるでしょ? テルリンは、友好派の一員なのよ。このままテルリンにホトトギスさんを任せておくのは、危険だと言わざるを得ないわ」
言葉を返すことができないでいるぼくに対して、ヒバリさんは矢継ぎ早に状況説明を重ねる。
その隣にいる雷鳥さんは、黙ったまま、じっとぼくに視線を向け続けていた。
「……えっと、今のままじゃ危険、ってことですよね? でもそれじゃあ、どうすればいいって言うんですか?」
どうにかぼくの口から飛び出した質問に、ヒバリさんは待ってましたと言わんばかりの早業で答えを返してくる。
「大丈夫よ、わたしたちに任せて。雛森町にわたしの親が経営しているマンションがあるの。そこに部屋を用意してあるわ。ちょうど空き部屋があったからね。セキュリティーもしっかりしてるマンションだから、会社内にいるよりも安全なはずよ」
「周囲に人が大勢いる場所ってことにはなるけど、ホトトギスさんを狙っている派閥は、この会社の人間と、会社が密に連絡を取っている政府、あとは各国の首脳陣の中にいるということになる。寂れた田舎町とはいえ、それなりに人のいる町の中では、そう簡単に手出しはできないはずだよ」
ヒバリさんの声に続いて、これまで黙っていた雷鳥さんもぼくを説得すべく言葉を連ねてきた。
「そういうわけだから、わたしたちのほうでホトトギスさんをマンションへ連れていこうと思うの。もちろん仕事があるから、わたしの親に連絡して、連れていってもらうことになるけど。アトリくん、それでいいかしら?」
まっすぐぼくの目を見つめ、ヒバリさんが確認を求めてくる。
「大丈夫、ぼくたちに任せておけば安全だよ」
雷鳥さんもぼくを見据え、いつもどおりの穏やかな声を響かせる。
「……はい、わかりました。ホトトギスのこと、よろしくお願いします」
いつも温かく気遣ってくれる上司ふたりからの提案に、ぼくは素直に頷きを返していた。
「ええ、任せておいて。マンションの場所はここに書いてあるから、仕事が終わったら向かうといいわ」
ヒバリさんはそう言って、プリントアウトしてあった地図をぼくに手渡してくれた。
「それじゃあ、わたしたちはこのあと会議だから」
「アトリくん、ひとりだけになるからって、サボったりせずに仕事をするようにね。多少のんびりペースでもいいからさ」
ぼくが肯定の意思を返すやいなや、ふたりは素早く席を立つ。
「あ……はい。行ってらっしゃい」
「今日は戻ってこないから、終業時間になったら帰っていいわよ。すぐにでもホトトギスさんに会いたいでしょ? マンションに行ってあげてね」
最後にそう言い残すと、ヒバリさんは雷鳥さんを従えて部署を出ていった。