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テルリンと純さんが引き起こした一件から、二日が経った。
あれから、ふたりにはとくに変わった様子もなく、通常どおり勤務しているようだった。
友好派の派閥全体としてどうなのかはわからない。
テルリンも純さんもなにも語ろうとはしないから、ふたりが勝手に行動しただけなのかもしれないし、そもそもそういった派閥に属して上からの指示で動いたりする立場だったのかもわからない。
ともあれ、所長さんもとくに咎めるつもりはないという話だったし、ぼくとしてもあまり気にしないほうがいいだろうと考えている。
そんなわけで、若干もやもやした思いが残りつつも、ぼくは自分の仕事をこなしていた。
長々と続く宇宙人警報レベル2の状況に、サイレンを鳴らし続けるのもうるさいからなのか、今ではすでにその音量も下げられ微かにしか聞こえない。
と、唐突に大型モニターがオペレーターの女性を映し出す。
「すべての部署に連絡です。しばらく続いていた宇宙人警報レベル2ですが、たった今、解除されました。すみやかに終了フェイズへと移行してください。サイレンの音量も戻し、終了フェーズの音を鳴らし始めます」
その通信のあとすぐに、終了フェーズを告げる静かなサイレンが、通常どおりの音量で流れ始めた。
「ありゃ、終わったんだね。超絶突然で、びっくりだよ~ぅ!」
ゆりかもめが、若干困惑しながらも、ぱっと笑顔になってはしゃいだ声を上げる。
「そうだな……。いや~、今回は長かった」
セキレイも大きく伸びをしながら、安堵の息をついていた。
もちろんぼくも、やっとのんびりとした気分に戻れることを心から嬉しく思っていた。
小さい音量に下げられていたとはいえ、ずっとけたたましいサイレンが鳴りっぱなしでは、どうしたって緊迫感が漂ってしまうのだから。
ぼくもゆりかもめもセキレイも、ぐったりとデスクに突っ伏した。
なんか、一気にだらけてしまった気がする。
「みんな、お疲れ様~!」
「長々と、よく頑張ったね」
しばらくするとドアが開き、ヒバリさんと雷鳥さんが部署に入ってきた。
その表情は実に晴れやかだった。
ふたりとも、ここしばらくは残業続きで、会社から近い社員寮暮らしとはいえ、ぼくたち下っ端と違って休みすらなく出勤していたのだ。
ぼくたちにも増して、ホッとしているに違いない。
「所長さんからお許しが出たわ。明日からは今までの分、代休を入れてしっかり休んでいいわよ。といっても、誰かひとりは出社するように上手く調整してほしいけど」
「やった~! 思いっきり、寝るぞ~ぅ!」
ヒバリさんの言葉に一番はしゃいだ声を上げたのは、ゆりかもめだった。
「一日中寝るつもり?」
「あったりまえじゃん!」
「……そうですか……」
さすがは、なまけ者のゆりかもめだ。なんて言ったら噛みつかれるかな?
「アトリ、お前はどうするんだ?」
「ぼく? う~ん、そうだな~……」
セキレイの問いかけに、ぼくは思考を巡らせる。
やっぱり、ホトトギスと一緒に出かけたいな。
あ……でも平日だから、会うこともできないか。連絡先を知らないもんな……。
もしかしたらってこともあるし、とりあえず食堂とか商店街の辺りでも、うろうろしてようかな。
そんなぼくの顔を見て、なにを考えているのか推測できたのだろう、
「あの子に、会いに行くのか?」
セキレイはそう続けて問いかけてきた。
「ふんっ。こないだだって一緒にいたじゃん。超絶いやらしんだから」
なにやら不機嫌そうな顔で、ゆりかもめが突っかかってくる。
「い……いやらしいって、なんだよ。べつにぼくは……」
言い返そうとして、ぼくは言葉に詰まる。
ゆりかもめは黙ったまま、じとーっとした視線を向けていた。
「まぁまぁ。とにかく、休みを入れる日を三人で調整すること。おれとヒバリさんも、そのスケジュールを見て代休を入れさせてもらうから」
見かねたからだろうか、雷鳥さんが穏やかな声で話に割り込んできた。
「はい。わかりました」
ぼくたちは言われたとおり、代休の調整を始めた。
☆☆☆☆☆
ぼくは、宇宙人警報が解除された次の日に早速休みをもらった。
昼近くに起きていつもの食堂へと向かうと、平日だというのに、ホトトギスの姿があった。
いつもどおり、サンプルウィンドウにかぶりついて、よだれを垂らしながら。
「ホトトギスは、毎日ここでぼくを待ってるの?」
うぬぼれかもしれない、とは思いつつも、そう訊かずにはいられなかった。
「んみゅ? そんなことはないだわさ。たまたまあちきがこの食堂に来ると、いつも決まってアトリが来てくれるんだわさ。……もしかして、アトリがあちきのことをストーカーしてるんじゃ、なんて思ったりもしたけど……、違うよねん?」
「そんなこと、するわけないよ。そっか、でも、そうすると――」
ぼくたちって、すごく相性がいいのかもね。
そう言おうとして、ぼくは言葉を飲み込んだ。
いくらなんでも、恥ずかしすぎたから。
途中で口をつぐんでしまったぼくを、いつものように首をかしげて見つめるホトトギス。
ああ、やっぱり可愛い……。
「さ……さあ、早く入って、ご飯にしよう!」
「うん、そうするだわさ!」
恥ずかしさを紛らわすため、ぼくは勢いよく年季の入った木製の引き戸を開けると、食堂へと足を踏み入れた。
食堂では当然ながら、
白身魚定食を頬張るホトトギスが、ぼくの言葉に大口を開けて答えを返し、
ご飯つぶやら白身魚のフライやらほうれん草のおひたしやらを盛大に口から吹き飛ばし、
ぼくの顔やらお膳の上やらにぶちまける、
といった、そんな日常のひとコマが展開されることになったわけだけど。
いつもどおりっていうのは、やっぱりいいものだよね。
……若干、食堂のおかみさんに引かれているような気がしなくもなかったけど、ぼくはべつに気にしないのだった。