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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第3章 コードネーム・ホトトギス
18/33

-6-

 そのあとも、ぼくとホトトギスは商店街をひとしきり歩き回った。

 言うまでもなく、テルリンと純さんがずっと、こそこそ隠れてついてきていたわけだけど。

 ともかくぼくたちは、ソフトクリームを買うために町に一軒だけあるコンビニへと足を運んだ。


 それにしても、まだ食べるんだ、ホトトギス……。

 歩き回ったとはいってもこんなに狭い商店街だし、サバの味噌煮定食とショートケーキを食べてから、まだ三十分程度しか経っていないというのに。

 と言いつつ、今回はぼくの分も買ってあった。

 べつに、それほど食べたかったわけでもないのだけど……。


 コンビニに入ってソフトクリームを買おうとしているところで、入り口付近からのぞき込むテルリンのジェスチャーが見えた。

 そのジェスチャーは、「ひとつだけ買って一緒に食べろ」と語っていた。

 しつこいな! そんなこと、できないってのに!

 というわけで、ぼくはふたつのソフトクリームを買ってコンビニを出た。


 コンビニから出たぼくたちは、公園へと向かう。ベンチに座ってアイスを食べようということだ。

 休日の公園では、子供たちが無邪気で元気なはしゃぎ声を上げていた。

 そんな中、ぼくとホトトギスは並んでベンチに座る。


「はい、ホトトギスはストロベリーチョコミックスソフトだよね。で、ぼくはこっちのバニラソフトっと」


 ビニール袋からソフトクリームを取り出すと、片方をホトトギスに手渡す。

 クリームの部分にさらにコーンでフタをしてあったそのソフトクリームに、ホトトギスはそのままかぶりつく。

 いつものことながら、目にも留まらぬ早業だ。


 ぼくもバニラソフトの上にかぶせられたコーンを、一気にたいらげる。

 まだ季節は春。それでも、五月も近づけば、それなりに汗ばむ陽気の日だって増えてくる。

 絶好のソフトクリーム日和と言えるだろう。


 と、不意にぼくの視界に影が割り込んできた。

 それは、ホトトギスの頭だった。

 ぼくが目の前に持っていたバニラソフトに、ぱくりとかぶりついたのだ。


「ん~、バニラも美味しいだわさ!」

「こ……こら、ホトトギス!」

「あっ、代わりにあちきの、どうぞ」


 困惑するぼくの目の前に、ホトトギスは自分の舐めていたストロベリーチョコミックスソフトを差し出してきた。

 もちろんホトトギスは、全体的にペロペロ舐め回して食べていたのだから、ぼくがどこからかじりついても、間接キスということに……。


 ま、まぁ、それくらい、べつに、戸惑うような、ことでも、ないよね。


 とかなんとか、頭の中でしっかり焦りまくりながら、ぼくはホトトギスの差し出したソフトクリームにかぶりつく。

 ドロドロにとろけた食感が、口の中に広がる。

 ボクの食べていたバニラソフトはまだ、そんなに溶けていないというのに。


「ストロベリーとチョコとバニラと、三つの味を楽しめてお得な感じ♪」


 ホトトギスはそう言って、ご満悦の様子。

 ぼくのほうとしても、ある意味お得な感じだったのは確かなので、なにも文句なんてない。

 気づけば、植え込みの陰からテルリンと純さんが生温かい表情でこちらに顔を向け、親指を立てて「グー」の合図を送っていた。



 ☆☆☆☆☆



 ソフトクリームを食べ終えたぼくとホトトギスは、そのままベンチに座ってゆっくりとしていた。

 噴水の音が静かに響く。

 辺りの景色はそろそろ、夕焼けによって赤く染まり始めていた。

 いい雰囲気、ということになるのだろうか。


 いつのまにか、植え込みの陰にいたはずのテルリンと純さんの姿も見えなくなっていた。

 さすがに気を遣って、帰ったのかな?

 ま、あのふたりだって、いつまでものぞき見ているほど暇じゃないだろう。


 並んでベンチに座っている男女ふたり。

 腰の横でベンチに両手を着いているぼくとホトトギスの手のひらは、今にも触れ合うくらいの至近距離にあった。


「あ……あのさ、ホトトギス」

「んみゅ? どうかしたかや?」


 ぼくの声に、いつものように小首をかしげて見つめ返してくる。

 夕陽の赤さは、ホトトギスの瞳や頬をも、美しく染め上げていた。

 思わず目を逸らしてうつむいてしまう。


「ん~? アトリ……?」


 ホトトギスは首をかしげたまま、ぼくを見つめ続ける。


「あ、あのさ、ホトトギスって――」


 どこに住んでるの? 雛森町のどこかだよね?

 学生さんなの? それとも働いてるの?

 どうしていつも、おなかをすかせてるの? ご両親は?

 ……聞いてしまったら、悪いかな? でも、知りたいんだ。

 それと……、

 ぼくのこと、どう思ってるの?


 聞きたいことの洪水が頭の中をものすごい勢いで流れていったものの、のどもとでせき止められてしまい、結局ぼくの口からは言葉の波が溢れ出ることはなかった。

 と、唐突にぼくでもなくホトトギスからでもない言葉の波が、背後から押し寄せてきた。


「だ~、もう! じれったいな! アトリ、お前それでも男か!?」


 それは言わずもがな、テルリンだった。その横には純さんもいて、首をすくめていた。

 どうやらふたりは、さっきまで身を潜めていた植え込みの陰から、ベンチの背後にある芝生へと場所を移動し、隠れてぼくたちの様子をうかがっていたようだ。


「ふたりとも、なにをしてるんですか!?」


 ぼくは勢い込んで立ち上がり、ふたりに向かって怒鳴りつけていた。

 そんなぼくに、テルリンはよりいっそう声を荒げてまくし立てる。


「こんないい雰囲気だというのに、なにをもたもたしているのだ、お前は! もっとくっつけ! キスしてしまえ! というか、その先まで……!」

「ちょ……っ! なにを言ってるんですかっ!?」


 焦るぼく。

 だいたい、ホトトギスもすぐ横にいるわけだし。

 ちらりと視線を向けてみると、ホトトギスはなにがなんだかわからず、おどおどしているようだった。


「そうすれば、非常通信がだな……、っ!」


 そこまで言って、テルリンはハッとして自分の口を押さえる。

 でも、もう遅い。

 非常通信……。テルリンは今、確実にそう言った。


 ぼくは以前セキレイから、宇宙人は強い感情によって非常通信が発動すると考えられている、ということを聞いていた。

 ホトトギスが泣くと宇宙船に通信が届いて、侵略が開始されるかもしれない、といった可能性があるという話だった。


 だけど、強い感情といったら、なにも泣くことだけではないだろう。

 恋愛感情だって、激しい感情のひとつだ。

 つまり――。


「テルリン、あなたはホトトギスが宇宙人だって前提で行動してますね!?」


 ぼくの指摘に、テルリンは唇を噛みしめて口をつぐむ。どうやら図星のようだ。


 そうするとテルリンは、以前に聞いた、会社内に発生しているという三つの派閥の中のひとつ、「泣かすなら、仲よくなろう、ホトトギス」を唱える、友好派だということになる。

 彼女とともに行動しているのだから、おそらくは純さんも同じ派閥なのだろう。

 テルリンと純さんは、ぼくとホトトギスを無理矢理にでもいいからくっつけて、宇宙人たちと友好関係を結ぶ布石にしようとしていたのだ。


「でもそんなこと、させないわよ~ぅ」

「そういうことだ。仲よくするのは悪いことじゃないが、軽率な行動は慎むべきだ」


 不意に声が増える。

 ぼくが振り向くと、そこにはゆりかもめとセキレイが立っていた。


「え? どうしてここに……?」

「所長さんから言われてな、隠れて見ていたんだ。テルリンと純さんの行動が、なにかおかしい。そのことに所長さんは気づいていたのさ」


 セキレイはぼくの問いに素早く答えを返す。

 テルリンと純さんは観念したのか、黙ってうつむくのみだった。


「べつに所長さんはおふたりを罰するとか、そんな気はないんです。だから、なにも言わずに、このまま帰ってください」


 ゆりかもめが、いつもの彼女からは考えられないほどの慈愛に満ちた声で促す。

 テルリンと純さんは黙って頷き合うと、そのままきびすを返し、言われたとおり公園を出ていった。


「……任務は終了だ。アトリ……、またな」

「え~っと、その……。ううん、なんでもない、また明日、会社でね」


 セキレイとゆりかもめも、それだけ言うと公園をあとにする。

 あとには呆然としたままのぼくと、もっとわけがわからないであろうホトトギスのふたりだけが残された。


 突然自分の名前が出て、その上、宇宙人がどうのこうのといった、おかしな話が目の前で展開されていたのだ。

 混乱するのも当然だろう。

 ぼくはそっと、ホトトギスの肩を抱き寄せる。


「気にしなくていいよ、ホトトギス」

「……うん……」


 夕陽はいつのまにかその姿を隠し、周囲はもう、すっかり薄闇に包まれていた。


 しばらく寄り添ったあと、ぼくたちも公園を出た。

 送っていくよ。

 その言葉にホトトギスは首を左右に振り、いつもと同じように後ろ姿を見せると、ぼくの前から去っていった。


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