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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第3章 コードネーム・ホトトギス
16/33

-4-

 清々しい青空を拝むことができないまま、さらに数日が経過した。

 日曜日。

 今週も土日のうち一日だけの休みだった。


 ぼくがいつものように、いつもの食堂に足を運ぶと、いつもどおりサンプルウィンドウを食い入るように眺める女の子がいた。

 言うまでもなく、ホトトギスだ。

 いつもと同じように、よだれを垂らしながらサンプルウィンドウにかぶりついている。

 相変わらずだった。


「おはよう、ホトトギス」

「あっ、おはようだわさ! お食事の時間だわさ! いつもありがとう!」


 ……完全にたかられているのも、相変わらずだ。


 とはいえ、それでも全然構わなかった。

 美味しそうにご飯を頬張るホトトギスの笑顔が、なによりも心地よく感じられるようになっていた。


 ぼくはいまだに、ホトトギスの連絡先を知らないままでいる。

 だからこそ、こうしていつもの食堂に足を運ぶのだ。

 そこではいつも、ホトトギスが待ってくれていた。


 ホトトギスの言葉を聞くと、単にご飯目当てなだけ、というふうにしか思えないのだけど。

 どうやら最近は、ホトトギスのほうも楽しみにしてくれているみたいだった。

 そして食事のあとは、ぼくと一緒に散歩を楽しむ。

 つまりは、デート、ということになるのだろう。


 もっとも、ホトトギスがそういうつもりでぼくと一緒にいてくれているのかは、いまいちよくわからない。

 だけど、笑顔を浮かべてぼくにいろいろと話しかけながら散歩する様子を見ている限り、嫌われてなんていないのは確かだ。


 二十二歳にもなって、なにを思春期の小中学生みたいなことを、と思われそうだけど。

 それでもぼくは、今のままでも充分に幸せだった。


「もご……んみゅ? もぐ……どうか、したかや? ……むぐむぐ」


 ホトトギスは首をかしげながら、ぼくに不思議そうな視線を向けている。

 食べながら喋るのは直っていないし、ホトトギスのほっぺたにはご飯つぶがくっついているし。

 ああもう、いつもどおりだなぁ、この子は。


 食堂に入ったぼくたちは、すでに注文も済ませ、サバの味噌煮定食を食べていた。

 ぼくたちは、いつも同じメニューを注文している。

 ホトトギスが自分で決めないため、ぼくが同じものを頼んでいるのだけど。

 彼女と同じ味を楽しんでいると考えただけで、なんとなく幸せを感じていた。


「ん……。ホトトギスの食べる姿は、いつもながら豪快だなぁ、って思ってさ」

「ぶふっ! ごほごほっ! ちょっと、人の食事姿をのぞき見てるんじゃないだわさ! それになんなのかや、豪快って!? こんな可憐で清楚なあちきに向かって!」


 ぼくの声に、いろいろとツッコミどころ満載なセリフを吐いて答えるホトトギス。

 いやまあ、もちろん吐き出したのは言葉だけではなくて、口の中のサバやらご飯つぶやら味噌汁の具の豆腐やらなんかも同時にまき散らされていたわけだけど。

 そんなのもすでに慣れてしまっていた。


 ……この子は、せめて口に手を当てるとか、しようと思わないのだろうか?


 ま、いきなりあんな感想を述べたぼくにだって責任はある。

 というか、最近ではホトトギスの食事中にわざとそういった言葉をかけていたりもするのだけど。

 いろいろな表情を見ることができて楽しいからだ。

 ぼくの言葉に対する反応は、焦ったり怒ったり笑ったり恥ずかしがったり、様々で実に面白い。


「まったくもう、アトリってば、変な人だわさ!」


 口を尖らせながらそう言い返してくるホトトギスも、充分、変な人だと言えるだろう。

 うん、それはそれで構わない。

 人と変わってるというのは、個性的だとも言えるのだから。


 ホトトギスの場合、かなり突飛すぎる部分もあるかもしれないけど、それを言ったら、ぼく自身も変わり者なのは否めない。

 変わり者同士、仲よくやっていければいいや。

 ぼくはそう考えながら、再びホトトギスをじっと見つめる。


「人が食べるのなんて見てないで、アトリも早く食べるだわさ! というか、お返しにあちきもアトリが食べる姿を、じっと見つめちゃるだわさ!」


 そんなことを大声で叫ぶホトトギスの唇からは、またもやご飯つぶが飛び出してくるのだった。



 ☆☆☆☆☆



 食堂を出ると、寂れた商店街を歩くのが、ぼくたちのお決まりのコースだった。

 毎回同じコースだし、失礼かもしれないけど大したお店もない寂れた商店街だから、ホトトギスが楽しんでくれているのか、若干心配ではある。

 たまにはちょっと遠出して、ディズニーランドとかにでも連れていってあげようかな、などと思わなくもないのだけど。


 ただ、レベル2の宇宙人警報がいまだ解除されないままという現状。空は神素に包まれ、七色に輝き続けている。

 ぼくの場合、仕事の関係上、この雛森町から離れるというわけにはいかない。

 なんにもない田舎町だから、おのずと散歩コースとして選択できるのは、商店街か、公園か、疲れるだけかもしれないけど雛森山か、その程度しかなかった。


 ホトトギスはショーウィンドウをぼけーっと眺めているのが好きみたいだ。

 もっともこの町の場合、そのショーウィンドウだって、薄汚れていて地味な商品がちらほらと並べられているだけだったりするのだけど。

 それでも本人が楽しめるのならばと、ぼくは散歩コースとして商店街を選ぶことが多かった。


 今日もご多分に漏れず、人通りもまばらな商店街をホトトギスとふたりで歩いていた。

 と、そのとき。

 前方から見知った男女が歩いてくるのに気づいた。


 あっ、あれは……。


 すぐに向こうもぼくたちに気づいたようで、明るく声をかけてきた。


「やぁ、アトリくんじゃないか! こんなところで、奇遇だねぇ!」


 軽い口調で声をかけてきたのは、男性のほう。

 それは同じ会社の社員であり、数日前に医務室でも会った、純さんだった。


「おや? 連れもいるみたいだな。デート中だったか」


 もう片方の女性も、落ち着き払った声を上げる。

 こちらは、保険医のテルリンだ。


「おお、そうだったのかぁ~。いやぁ~、邪魔をして悪かったかな~?」


 それに合わせて、純さんがさらに言葉を重ね、にやにやと笑顔を向けてくる。


「いや、その……、べつにいいじゃないですか! というか、そっちこそおふたりで、デート中でしたか?」

「違う。ただの買い出しだ」


 即答するテルリン。

 なんだかちょっと、純さんが涙を堪えているようにも見えたけど。


「それに、もう終わったところだ。今日はこのまま社員寮に帰る予定なんだがな」

「ぼくは結局荷物運びだけですか……」


 純さんがぼそりとつぶやく。

 なるほど、そういうご関係ですか。


 きょとん。

 ふとホトトギスがぼけーっとこちらを見ていることに気づく。

 おっと、そうだった。


「あっ、ごめん、ホトトギス。こちら、同じ会社の人たちで、純さんと保険医のテルリンだよ」

「ほむん。えっと、あちきはホトトギスだわさ。アトリの、え~っと、お友達? だわよ」


 ぼくがふたりを紹介すると、ホトトギスも自己紹介を返す。

 でも、そこではたと気づく。


 ――そうだった、会社ではコードネーム・ホトトギスとして、宇宙人かもしれないっていう話になってるんだっけ……。


 ちらりと、ぼくは純さんとテルリンの様子をうかがってみた。


「へぇ~、ホトトギスちゃんか、可愛い名前だね! ぼくは東屋純、よろしくね!」

「ウチは照葉樹林、通称テルリンだ。よろしくな」

「あいっ、よろしくだわさ!」


 どうやら、とくに気にしていないようだ。

 と、不意にテルリンがぼくの袖をつかみ、道の脇まで引っ張り込んだ。


「ちょ……、テルリン、どうしたんですか?」

「あの子、噂の……?」


 あ……やっぱり気づいてはいたんだ。


「え~っと……、はい」


 ぼくは観念して素直に答える。


「そうか。普通の女の子だな」

「はい」


 当たり前だ。

 宇宙人だなんて、そんなバカなことがあるはずはない。


「よし」


 テルリンは頷きひとつ。

 首をかしげるぼくに向かって、続けてこう言い放った。


「せっかくのデートだ、上手くいくように、ウチが手伝ってやろう」


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