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ホトトギスを宇宙人だと決めつけているような現状と、それを前提とした三つの派閥に、ぼくは深い憤りを感じていた。
しかもその中には、ホトトギスをも殺してしまおうと考えるような派閥まであるというのだ。
いったいどんな状況になっているのか、ぼくにはよくわからなかったけど、それにしたってひどすぎる。
ぼくの表情から怒りの念を感じ取ったのだろう、セキレイは、
「ま、あまり気にするな。お前はお前の信じる道を行けばいいさ」
と言って、ぼくの肩を叩く。
「セキレイは……」
セキレイは、どう思ってるの?
そう訊きたかったのだけど、言葉にできなかった。
でも鋭いセキレイは、ぼくの言いたいことを汲み取ってくれた。
「おれは、放っておくのがいいんじゃないかと思ってるんだけどな。派閥とかなんて興味はないが、あえて言うなら保守派ってことになるだろう」
「セキレイ……」
「ホトトギスって子とお前がどういう関係なのか、べつに詳しく聞くつもりはないが……。聞くまでもなさそうだよな」
ぼくがホトトギスに惹かれていることも、セキレイにはお見通しのようだった。
「でも……、もうちょっと、周りも見てやってほしいってのが、おれの意見だけどな」
「え? 周り?」
セキレイがなにを言いたいのか、ぼくにはさっぱりわからなかった。
ただ、セキレイとぼくの話に聞き耳を立てていたのだろう、デスクに突っ伏したままのゆりかもめが、一瞬だけピクッと体を震わせたことには気づいた。
とはいえ、どうしてなのか、その理由にまでは、もちろんたどり着かなかったのだけど。
☆☆☆☆☆
「おはよう、みんな」
「ちゃんと揃ってるね。ゆりかもめさんは、しっかり目を覚ましてください」
ヒバリさんと雷鳥さんが、第三十八対策執行部の室内に入ってきた。
雷鳥さんから注意を受けたゆりかもめは、飛び上がるように身を起こしていた。
あまり細かくごちゃごちゃと言われないこの部署でなかったら、こっぴどく叱られる場面だろう。
だけど雷鳥さんは、それ以上なにも言ったりはしなかった。
ふたりは素早く席に着くと、ぼくたちを見据える。
ぼくたち新入社員のデスクは三人分が横に並んでいて、その正面に、部長であるヒバリさんと副部長の雷鳥さんのデスクが横に並んでいる。
ヒバリさんたちのデスクとぼくたちのデスクは、向き合うような配置になっている。
だから、うるさく指導されたりしない部署だとはいっても、上司のふたりが席に着けば、ぼくたちは真面目に仕事をせざるを得ないのだ。
上司ふたりの視線を感じながら、モニターに目を向け、キーボードに手を置く。
さて仕方がない、仕事を始めようかな。
そう思った刹那、ヒバリさんからぼくたちに、こんな質問が投げかけられた。
「あなたたちは、コードネーム・ホトトギスに関して、どんな感想を抱いてる?」
新入社員であるぼくたちに、どんな答えを求めているというのか。
ぼくはどう答えるか、言葉に窮してしまった。
ホトトギスに関することだから、慎重になっていたというのもあるかもしれない。
そんな中、セキレイが真っ先に口を開く。
「実際に宇宙人なのかどうか、おれにはわかりませんが、あまり急ぎすぎないほうがいいんじゃないかと考えています」
「……そう。……ゆりかもめさんは?」
セキレイの言葉を聞き、ヒバリさんは続けてゆりかもめに問いかけた。
「あ……あたしは、その~……。正直、よくわかりません。宇宙人って言われても、まだピンとこないし……」
ゆりかもめは素直にそう答えた。
もっとも、ゆりかもめがいろいろと思案して答えるなんて、ぼくには考えられない。
いつも素直に。それがゆりかもめという女の子だ。……単純、とも言い換えるられるのだけど。
それはともかく、ヒバリさんの視線は続いてぼくのほうへと向く。
「アトリくん」
「……はい。ホトトギスが宇宙人だなんて、ぼくにはやっぱり信じられません」
名前を呼ばれたぼくは、ゆりかもめを見習ったというわけでもないけど、自分の思っていることを素直に返した。
「……そう、わかったわ」
ヒバリさんは小さく頷くだけだった。
「あ、あの……! おふたりは、どう考えているんですか?」
ぼくは思わずそう尋ねていた。
突然の大声に、一瞬目を丸くするヒバリさん。
すぐに隣の雷鳥さんと視線を交わし、やがて前に向き直ると、静かな口調でこう答えた。
「……わたしたちは、慎重に考えているわ。もし本当に彼女が宇宙人のスパイだったとしたら大変なことになる。でも、もし違っていたら、それはそれで大変なことだと思うしね。おそらく会社は、彼女を監視したりして、調査を続けているはずだから」
「だけど、小さな犠牲を避けようと考慮していたら、より大きな犠牲を強いられることもある、といった考えを持っている人たちもいるんだ。その主張もわからなくはないけど、危険だよね」
ヒバリさんの声に、雷鳥さんも解説を加える。
ふたりの言葉を聞く限り、三つの派閥で言えば、保守派に近い考えを持っていることになるのだろう。
つまり……ぼくたちと同じだ。
この部署にいる五人すべてが、同じ立場にあるらしいということ。
それは、なにがなんだかよくわかっていない現状を考えると、とても心強く思えた。
「とりあえず、お喋りはここまでよ。レベル2の警報は、まだ続いてるんだから。コードネーム・ホトトギスの件は置いといて、今は自分たちの役割をしっかりと果たさなきゃ」
『はい』
ぼくたち新入社員の三人は、声を揃えて答えた。
そして素早くモニターに目を移すと、担当場所のチェックを開始する。
仕事モード、オン。
頭を切り替えて頑張ろう。
そう考えた、その矢先のことだった。
部署の壁に設置された大型モニターに、緊急通信が飛び込んできたのは。