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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第2章 デイリー・ライフ
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-6-

 所長さんはぼくに言葉をかけたあと、すぐに部署を出ていった。

 ヒバリさんも雷鳥さんもセキレイも、ゆりかもめですらも、なにも言わなかった。

 宇宙人警報レベル2の危険な状態は続いているのだから、仕事に戻る必要があったのだ。


 ゆりかもめはときどき、なにか言いたそうな目線を向けてきていたけど。

 ぼくとしては、とくになにも言うつもりはなかったし、体調も戻ったのだからと、しっかり仕事に集中することにした。


 夜、残業も終え、帰宅を許された。

 今日は金曜日。

 普通なら週末は土曜日曜と続けて休みになる。


 だけど、いまだにレベル2の状態は続いている。

 というわけで、週末のどちらか一日は出勤するように言われた。

 ぼくは病み上がりということで、明日は休んで日曜日に出勤することになった。


 帰りの暗い山道を、懐中電灯を片手に歩きながら、ぼくは考える。

 所長さんからあんなことを言われてしまったけど、そう言われても困るだけだ。

 だいたいホトトギスが宇宙人だなんて、そんなの信じられなかった。


 ホトトギスの言動はちょっと、というかかなり、普通の人とずれている。それは確かだと思う。

 加えてぼくは、彼女の下の名前以外、なにも知らない。

 ホトトギスという名前だって、本名なのかどうかわからないし、いつもご飯をたかりに来てているだけという気もするけど……。


 それでも昨日は、体調の悪いぼくを看病してくれた。

 ぼくの家に置いてあったものとはいえ、おかゆも作ってくれた。

 そんなホトトギスを宇宙人だと疑うなんて、そんなこと、ぼくにはできなかった。

 いや、そんなふうに思いたくはなかったのだ。


 所長さんの話によれば、ホトトギスの件はまだ調査中とのことだから、念のため忠告しただけなのだと思われる。

 もし本当に危険だと考えているなら、所長さんだってわざわざぼくに話したりはしないだろう。

 逆に秘密にしておいて、監視を強めるとか、そういった対応になるはずだ。

 だから、少なくとも所長さんに関してだけ言えば、今のところホトトギスが宇宙人だなんてことを本気で考えているわけではないと言える。


 あまり気にする必要はないのかもしれない。

 ともあれ、どうしても気になってしまう。

 ホトトギスに会って、いろいろと話を聞きたいな。

 そう思いながら、ぼくは自分のアパートまでたどり着いた。


 ――もしかしたら玄関の前で待ってくれているかも。


 なんて期待をしてしまっていたのだけど、もちろんいるわけもなく。

 ぼくはひとり寂しく布団にくるまると、山歩きで疲れた体を癒すのだった。



 ☆☆☆☆☆



 次の日、いつもの食堂にでも行こうと、ぼくは家を出た。

 もしかしたら、町を歩いていればホトトギスと会えるかもしれない。

 そんな思いがあったのも事実だった。


 ホトトギスの連絡先を、ぼくは知らない。

 偶然会う以外に方法はないのだ。

 見慣れた食堂の温かさ漂う木造のたたずまいが、ぼくの視界に映り込む。


 そして――。

 食堂のサンプルウィンドウの前には、待望の彼女が立っていた。


「ホトトギス!」


 ぼくは思わず声をかけていた。

 ホトトギスは振り返ると、笑顔を浮かべる。


「アトリ! 来てくれて、ありがとだわさ!」


 べつに約束していたわけじゃないのに、そう言われた。

 つまりそれって、ぼくにたかるつもりで、ここで待っていたってこと?

 そう思って、ちょっとムッとした表情を浮かべてしまったけど。


「具合、よくなったのね。よかっただわさ!」


 なんて満面の笑顔を向けられたら、怒ったりなんてできなくなってしまう。


「うん。それじゃ、なにか食べようか」

「わ~い、なににしよっかなぁ! 迷っちゃうだわさ!」


 ぼくの言葉を聞いたホトトギスは、次の瞬間にはサンプルウィンドウにべったりと張りついていた。



 ☆☆☆☆☆



 食事を終えたぼくは、ホトトギスと一緒に町を歩いていた。

 といっても、なんとなく店をのぞいたりしながら、ふらふらと歩き回っているだけなのだけど。


 ぼくは食堂を出たあと、自らホトトギスを誘った。

 それは、少しでも長くホトトギスと一緒にいたかったからだ。


 そんなふうに考えた自分にハッとする。

 これは前に思ったような、お母さん染みた心配からくる感情ではないことに、改めて気づいた。

 ぼくはホトトギスのことを――女性として意識しているのだろう。


 確かに最初から、可愛い女の子だとは思っていた。

 でもそれだけではない。

 ちょっと変わった子ではあるけど、それが余計に、ぼくの心を惹きつける。

 そんな感覚が、ずっと心の中にはあったのだ。


 所長さんから言われたことは、もちろん気になっている。

 ただ、一緒に寂れた商店街を歩くホトトギスの楽しそうな笑顔を見ていると、なにも訊いてはいけないように思えてしまう。

 次に会ったら、いろいろと話を聞きたい。

 そう考えていたはずなのに、結局ぼくはなにも訊けないまま、ホトトギスとふたりの時間を過ごし、そのまま別れた。


「また、会おうね」


 別れ際のぼくの言葉にホトトギスは、


「うん、もちろんだわさ!」


 と言ってちょっと不器用なウィンクを返してくれた。


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