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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第2章 デイリー・ライフ
11/33

-5-

 次の日、起きてみると、額の上には水に濡れたタオルが置かれていた。

 すでにタオルはぬるくなっていたけど、ホトトギスはあのあと、しばらくぼくを看病してくれたということになる。

 さすがに朝までいてくれたりはしなかったらしく、ドアはカギが開いたままだった。

 カギを持っていくわけにもいかないし、かといってぼくを起こすのも悪いと思ったのだろう。


 体調は、すっかりよくなっていた。

 ――おかゆが、よかったのかな。ホトトギスには感謝しないと。

 そう思いながら台所へ向かうと、空っぽになったレトルトのおかゆのパックが、ゴミ箱に捨てられていた。


 あ……ちょっと前に買ってあったんだっけ。

 ホトトギスはそれを温めただけだったということか。

 なんとなくホトトギスらしいと思い、笑みがこぼれてしまった。


 会社に向かって雛森山へと足を踏み入れると、山の上方からは微かにレベル2のサイレンが聞こえていた。

 空も神素の影響で七色に輝いている。

 状況はまだ、なにも変わっていないのだ。


 それでもぼくは、ホトトギスのおかげで朝から清々しい気分に包まれながら、山道を歩いていた。


 舗装はされていないし、それなりに傾斜もある山道ではあるものの、そんなに歩きにくいというわけでもない。

 ちょっとしたハイキングコースのような感じだ。

 だからまだ眠気の残る朝早い時間から歩いていたとしても、いつも清々しい気分ではあるのだけど。

 今日は普段にも増して、いい気分だった。


「……ぼくって、単純だな」


 ホトトギスが見せた優しい笑顔を思い浮かべながら、ぼくはつぶやいていた。



 ☆☆☆☆☆



「噂はどうやら真実のようです」


 会社に着いて自分の席に座るなり、ドアを開けて入ってきた所長さんから、間髪を入れずそんな言葉が投げかけられた。


「ほえっ? 所長さん、どういうことですか~ぁ?」


 ゆりかもめが寝ぼけまなこのままで質問する。

 まだ始業時間前だったから、ゆりかもめはデスクに突っ伏して眠りこけていたのだ。

 もっとも、社員寮に住んでいるゆりかもめやセキレイは、昨日も遅くまで残って仕事をしていたと考えられる。

 ぼくが体調を崩して帰ってしまった穴を埋めるために、というのが理由なのだから、本当に頭が下がる思いだ。


「とりあえず、落ち着きなさい。というか目を覚ましなさい、ゆりかもめさん」


 すかさずヒバリさんから注意を受けるゆりかもめ。

 始業時間前だったとはいえ、すでにヒバリさんも雷鳥さんも席に着いていた。

 レベル2状態は続いているのだ、そうそう休憩してもいられないのだろう。

 会議があれば出ていってしまうかもしれないけど、それまではここにいて作業をするはずだ。


 それにしても、こうして所長さんが入ってきて、しかも雑談を始めるでもなく、深刻な表情で語りかけてくるなんて。

 いったいどんな状況になっているのか、ぼくには皆目見当もつかなかった。


「あぅ……。はい、わかりました。おはようございます」


 まだいまいち寝ぼけている様子ではあったけど、ゆりかもめはヒバリさんに素直な声を返す。

 そう返しながらも、なんとなく口を尖らせて不満顔ではあったのだけど。

 ゆりかもめは寝起きが悪いからなぁ……。


「それで所長さん、いったいどういうことなんですか?」


 意図的にだったのかはわからないけど、セキレイが助け舟を出す。

 その質問に、ゆっくりと席に腰を落とした所長さんは、いつもながらの優しげな落ち着いた声で、さっきの言葉についての説明を加えた。



 ここ最近、宇宙人が忍び込んでいるという噂が、会社内で流れていた。

 もちろん一般市民にまでは広まってはいなかったし、仮にそんな噂を聞いたとしても、普通の人ならば信じたりはしないだろう。

 宇宙人の存在は、おおやけにはされていないのだから。


 ただ、噂の出どころは、どうやらこの雛森支社の研究施設内のようだった。

 前回の宇宙人警報レベル1のときに落ちてきた隕石みたいなもの、あれが実は宇宙人の乗った小型の宇宙船だったのではないかという話らしい。

 小型の宇宙船なら、隕石との区別もつかない可能性があるからだという。


 ともかく、そうやって地球に不時着した宇宙人が、地球人に紛れ込んでスパイ活動をしているのではないか。

 いつしかそんな噂へと、発展していった。


 半信半疑ではあったものの、無視はできないと考えた会社が調べた結果、とある推論へとたどり着く。

 雛森町に潜伏している宇宙人は、地球人の女性……というよりも少女の姿をしているのではないかという推論だった。

 しかもそれは――。


「……確実とは言えないのですが、最近アトリくんに接触してきた女の子――ホトトギスさんが宇宙人である可能性が高いのです」


 若干ためらいながらではあったけど、所長さんははっきりと、そう言い放った。


「な……なによそれ!? アトリに接触してきた女の子って、誰よ!? どういうこと!?」


 ゆりかもめがすごい勢いで、なにやら微妙にずれた方向に食いついた。

 彼女は鬼のような形相で、どういうわけかぼくに対して怒鳴りつけてくる。


 どうしてぼくが責められているのだろう?

 そう思わなくはなかったけど、ゆりかもめの勢いに圧されたぼくは、素直に説明することにした。


「いや、ホトトギスは最近知り合った女の子だよ。といっても、三回くらい会った程度だけどね」


 回数としては正しいけど、実際にはそのうち二回はアパートのぼくの部屋に上げていたりする。

 ただなんとなく、そこまで言ってしまうと大変なことになりそうだったから、こういう言い方にとどめておいたのだけど。

 ゆりかもめは、じとーっとした目でぼくを見つめていた。


 思わず目を逸らしてしまうぼく。

 べつに、やましいことがあるわけじゃないというのに。

 というか、どうしてゆりかもめに、ここまで責められなきゃならないのだろう?


 ……あれ? そういえば……。


「所長、どうしてホトトギスのことを知っているんですか?」


 ぼくの疑問に、所長は事もなげにこう答えた。


「それはもちろん、ホトトギスさんを監視していたからですよ。アトリくんが彼女と一緒に食堂でご飯を食べたり、アパートの部屋に連れ込んだりしていたことも、ばっちり報告されていますよ」


 その言葉に異常なまでに食いついたのは、やっぱりゆりかもめだった。

 ゆりかもめは執拗に、ホトトギスと知り合ってからの経緯を事細かに説明しろと怒鳴りつけてくる。


 わざわざ説明するのも面倒だけど、ゆりかもめに逆らうとあとが怖いよなぁ……。

 そんなことを考えていると、


「どうどう、ゆりかもめ、落ち着いて。今はそれよりも、所長さんの話を聞こう」


 絶妙なタイミングで、セキレイがゆりかもめをなだめるように声をかけてくれた。

 セキレイ、グッジョブ。


「そうだね。……所長さん、それで、アトリくんはどうすればいいのでしょう?」


 雷鳥さんも場を取りまとめるように質問の声を上げた。


「この部署まで来たのは、アトリくんと直接話したかったからなんですよね?」


 さらにヒバリさんも質問を重ね、所長さんに話を続けるよう促す。

 ふたりの思いに応え、所長さんはぼくのほうに向き直ると、こう言葉をかけてきた。


「先ほどホトトギスさんを監視していたと言いましたが、正確には監視ではありません。町の巡回に当たっている所員が偶然見かけ、追ってみたらアトリくんと接触したというだけです。とはいえ……調査は続けています。もしも彼女が宇宙人のスパイだったとしたら、地球の未来はアトリくん、キミにかかっている可能性もあるんですよ。ですから、慎重に行動してください」


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