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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第2章 デイリー・ライフ
10/33

-4-

「アトリ、大丈夫~ぅ?」


 ぼくたちの部署まで戻ると、ゆりかもめが飛びつかんばかりの勢いで心配顔を向けてくれた。


「うん、大丈夫だよ。ただの風邪だって。薬をもらって飲んできたから。……あっ、もちろん市販の薬だよ」

「は~、よかった~」


 その安堵は、ただの風邪だったことに対してなのか、もらったのが市販の薬だったことに対してなのか。


「ま、大丈夫だとは思ってたけど、よかったな」


 セキレイはそう言ってぼくの肩をポンポンと叩く。

 軽く話しかけているけど、医務室に行っているあいだ、ぼくの担当場所の確認も受け持ってくれていたはずのセキレイ。

 そんな様子をまったく見せないし、ましてや恩に着せようとする素振りなど微塵もない。

 ゆりかもめもセキレイも、やっぱり最高の同僚たちだと言えるだろう。


「でも、無理は禁物よ? 悪化するようなら、すぐに帰って休んでいいんだからね?」

「そうだね。体調が悪い状態で無理なんかして、重要な情報を見逃したり、普段なら起こさないミスを犯したり、といったことがあっても困るからね」


 ヒバリさんと雷鳥さんからも心配の言葉をかけられた。

 ふたりとも、休憩から戻ってきていたようだ。

 雷鳥さんの言葉はちょっと厳しい内容ではあったけど、ぼくのことを気遣ってくれているのは、その優しげな瞳からしっかりと伝わってきた。


「はい」


 ぼくは素直に答える。


「あっ、そうだ、ヒバリさん」


 伝える必要があるのかどうか判断に迷うところだけど、一応テルリンから受け取った言葉を伝えることにした。


「テルリンが、今度思いっきり抱きつかせてもらうから、覚悟しておくように、だそうです」

「……あ、あの人は、まったく……」


 ぼくの伝言を聞いて、ヒバリさんはこめかみをピクピクさせながら頭を抱えていた。


「あははは~! ヒバリさん、テルリンに超絶気に入られちゃってますもんね~♪」


 面白い話題を得たとでも言わんばかりの明るい声で、ゆりかもめが茶々を入れる。

 だけど、


「あっ、ゆりかもめにも伝言。体調が悪くなくても、いつでも医務室に来てくれていいぞ、念入りに可愛がってやるからな、だってさ」

「ぎゃう~! 超絶危険を感じる~! 絶対お断りだよ~ぅ!」


 ぼくの伝言パート2によって、叫び声を上げることになるのだった。



 ☆☆☆☆☆



 業務時間中はどうにか我慢していたのだけど、結局ぼくは体調がよくならず、残業なしですぐに帰らせてもらうことになった。

 事態はこう着状態が続いたまま。いまだにレベル2のサイレンが鳴り響いている。

 ぼく以外の四人は、このまま残業していくのだろう。

 休憩を挟んだヒバリさんや雷鳥さんは、今日も泊まり込みになるかもしれない。


 みんなに迷惑をかけるのは心苦しかったけど、体調の悪い状態では余計に迷惑をかけてしまう可能性もある。

 素直に帰宅する以外、ぼくに選択の余地はなかった。


 山道を歩いたことで体調が悪化したのか、頭がぼーっとしてはいたものの、ぼくはどうにかボロアパートまでたどり着くことができた。

 部署のドアの前に立ち、カギを取り出した、そのとき。


 ふらっ。


 微妙な浮遊感が襲いかかってきた。

 いや、ぼくは倒れかけてしまったのだ。

 でもぼくの体は、そのまま床までたどり着きはしなかった。


「ちょっと、大丈夫かや?」


 ――この声は……。

 聞き覚えのある声に安堵したのか、ぼくの意識はそこで途切れてしまった。



 ☆☆☆☆☆



 気づくとぼくは、布団で眠っていた。


「あれ、ぼく……」

「あっ、起きたかや? 今、おかゆができるから、待ってるだわさ」


 上半身を起こした音に気づいたのか、台所から声がかけられた。

 それは、ホトトギスだった。


 ホトトギスがぼくを部屋の中まで運んでくれたんだ。

 それに、おかゆまで作ってくれてるなんて。

 じーんと心が温かくなる。


 やがて、出来上がったおかゆを持って、ホトトギスがそばに寄ってくる。


「あ……ありがとう……」

「いえいえ。あっ、そのままそこにいていいだわさ」


 ちゃぶ台の横に移動するため起き上がろうとするぼくを、ホトトギスが声で制する。


「え、でも……」


 戸惑っているぼくの横にちょこんと座り、茶碗に盛ってくれたおかゆを左手に持ち、右手にはおかゆ用の木のスプーンを持つ。

 サラサラのおかゆをスプーンでひとさじすくうと、ホトトギスはそれを自分の口のほうへ。

 今まで何度も見ていた突拍子もない行動パターンから考えると、もしかしたら自分で食べちゃったりするかも。

 なんて、ある意味妙な期待を込めて眺めていたのだけど。


「ふーふーふー」


 ホトトギスはスプーンのおかゆに息を吹きかけ始める。

 そして、


「はい、あーん」


 と言いながら、ぼくの口の前にスプーンを差し出した。


「……あーん」


 言われるがまま口を開けると、ホトトギスはスプーンを優しくぼくの口の中へと進める。

 ぼくがスプーンをぱくっとくわえると、すかさずホトトギスはそのスプーンをゆっくりと、微かに上のほうへ引き抜いていく。

 口の中には、ほどよい塩味が絶妙なおかゆだけが残された。


 今まで会っていたホトトギスのイメージから、どう考えても料理なんてしなさそうで、したらしたで、すごい味だったり黒コゲだったりとかしそう、なんて思っていたのに。

 それはとても失礼な想像だったようだ。

 食べさせてもらったおかゆは、すごくまともな味だった。


 茶碗に盛られたおかゆをたいらげたぼくに、ホトトギスは優しく微笑みかけてくれた。


「大丈夫かや? 熱はないかや?」


 茶碗をちゃぶ台の上に置くと、ホトトギスはそっと顔を近づけてくる。


「あ……」


 こつん。

 ぼくのおでこと、ホトトギスのおでこが、ピッタリをくっついた。


「ん……少し熱があるみたいだわさ。ゆっくり休むのがいいだわよ」

「う……うん……」


 頭が激しくぼーっとなっていたのは、はたして熱のせいだけだったのだろうか。

 ともかくぼくは、言われたとおり再び布団をかぶり、素直に眠りに就いた。


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