-4-
「アトリ、大丈夫~ぅ?」
ぼくたちの部署まで戻ると、ゆりかもめが飛びつかんばかりの勢いで心配顔を向けてくれた。
「うん、大丈夫だよ。ただの風邪だって。薬をもらって飲んできたから。……あっ、もちろん市販の薬だよ」
「は~、よかった~」
その安堵は、ただの風邪だったことに対してなのか、もらったのが市販の薬だったことに対してなのか。
「ま、大丈夫だとは思ってたけど、よかったな」
セキレイはそう言ってぼくの肩をポンポンと叩く。
軽く話しかけているけど、医務室に行っているあいだ、ぼくの担当場所の確認も受け持ってくれていたはずのセキレイ。
そんな様子をまったく見せないし、ましてや恩に着せようとする素振りなど微塵もない。
ゆりかもめもセキレイも、やっぱり最高の同僚たちだと言えるだろう。
「でも、無理は禁物よ? 悪化するようなら、すぐに帰って休んでいいんだからね?」
「そうだね。体調が悪い状態で無理なんかして、重要な情報を見逃したり、普段なら起こさないミスを犯したり、といったことがあっても困るからね」
ヒバリさんと雷鳥さんからも心配の言葉をかけられた。
ふたりとも、休憩から戻ってきていたようだ。
雷鳥さんの言葉はちょっと厳しい内容ではあったけど、ぼくのことを気遣ってくれているのは、その優しげな瞳からしっかりと伝わってきた。
「はい」
ぼくは素直に答える。
「あっ、そうだ、ヒバリさん」
伝える必要があるのかどうか判断に迷うところだけど、一応テルリンから受け取った言葉を伝えることにした。
「テルリンが、今度思いっきり抱きつかせてもらうから、覚悟しておくように、だそうです」
「……あ、あの人は、まったく……」
ぼくの伝言を聞いて、ヒバリさんはこめかみをピクピクさせながら頭を抱えていた。
「あははは~! ヒバリさん、テルリンに超絶気に入られちゃってますもんね~♪」
面白い話題を得たとでも言わんばかりの明るい声で、ゆりかもめが茶々を入れる。
だけど、
「あっ、ゆりかもめにも伝言。体調が悪くなくても、いつでも医務室に来てくれていいぞ、念入りに可愛がってやるからな、だってさ」
「ぎゃう~! 超絶危険を感じる~! 絶対お断りだよ~ぅ!」
ぼくの伝言パート2によって、叫び声を上げることになるのだった。
☆☆☆☆☆
業務時間中はどうにか我慢していたのだけど、結局ぼくは体調がよくならず、残業なしですぐに帰らせてもらうことになった。
事態はこう着状態が続いたまま。いまだにレベル2のサイレンが鳴り響いている。
ぼく以外の四人は、このまま残業していくのだろう。
休憩を挟んだヒバリさんや雷鳥さんは、今日も泊まり込みになるかもしれない。
みんなに迷惑をかけるのは心苦しかったけど、体調の悪い状態では余計に迷惑をかけてしまう可能性もある。
素直に帰宅する以外、ぼくに選択の余地はなかった。
山道を歩いたことで体調が悪化したのか、頭がぼーっとしてはいたものの、ぼくはどうにかボロアパートまでたどり着くことができた。
部署のドアの前に立ち、カギを取り出した、そのとき。
ふらっ。
微妙な浮遊感が襲いかかってきた。
いや、ぼくは倒れかけてしまったのだ。
でもぼくの体は、そのまま床までたどり着きはしなかった。
「ちょっと、大丈夫かや?」
――この声は……。
聞き覚えのある声に安堵したのか、ぼくの意識はそこで途切れてしまった。
☆☆☆☆☆
気づくとぼくは、布団で眠っていた。
「あれ、ぼく……」
「あっ、起きたかや? 今、おかゆができるから、待ってるだわさ」
上半身を起こした音に気づいたのか、台所から声がかけられた。
それは、ホトトギスだった。
ホトトギスがぼくを部屋の中まで運んでくれたんだ。
それに、おかゆまで作ってくれてるなんて。
じーんと心が温かくなる。
やがて、出来上がったおかゆを持って、ホトトギスがそばに寄ってくる。
「あ……ありがとう……」
「いえいえ。あっ、そのままそこにいていいだわさ」
ちゃぶ台の横に移動するため起き上がろうとするぼくを、ホトトギスが声で制する。
「え、でも……」
戸惑っているぼくの横にちょこんと座り、茶碗に盛ってくれたおかゆを左手に持ち、右手にはおかゆ用の木のスプーンを持つ。
サラサラのおかゆをスプーンでひとさじすくうと、ホトトギスはそれを自分の口のほうへ。
今まで何度も見ていた突拍子もない行動パターンから考えると、もしかしたら自分で食べちゃったりするかも。
なんて、ある意味妙な期待を込めて眺めていたのだけど。
「ふーふーふー」
ホトトギスはスプーンのおかゆに息を吹きかけ始める。
そして、
「はい、あーん」
と言いながら、ぼくの口の前にスプーンを差し出した。
「……あーん」
言われるがまま口を開けると、ホトトギスはスプーンを優しくぼくの口の中へと進める。
ぼくがスプーンをぱくっとくわえると、すかさずホトトギスはそのスプーンをゆっくりと、微かに上のほうへ引き抜いていく。
口の中には、ほどよい塩味が絶妙なおかゆだけが残された。
今まで会っていたホトトギスのイメージから、どう考えても料理なんてしなさそうで、したらしたで、すごい味だったり黒コゲだったりとかしそう、なんて思っていたのに。
それはとても失礼な想像だったようだ。
食べさせてもらったおかゆは、すごくまともな味だった。
茶碗に盛られたおかゆをたいらげたぼくに、ホトトギスは優しく微笑みかけてくれた。
「大丈夫かや? 熱はないかや?」
茶碗をちゃぶ台の上に置くと、ホトトギスはそっと顔を近づけてくる。
「あ……」
こつん。
ぼくのおでこと、ホトトギスのおでこが、ピッタリをくっついた。
「ん……少し熱があるみたいだわさ。ゆっくり休むのがいいだわよ」
「う……うん……」
頭が激しくぼーっとなっていたのは、はたして熱のせいだけだったのだろうか。
ともかくぼくは、言われたとおり再び布団をかぶり、素直に眠りに就いた。