表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第1章 リバーシブル・アース
1/33

-1-

「ふう……」


 ぼくは思わず、ため息をついていた。


「毎度のことだけど、疲れるなぁ」


 よいしょっ、と、リュックサックタイプのカバンを担ぎ直す。


「ま、ここまで来れば、あとちょっとだ。頑張ろう」

 

 大自然に囲まれた清々しい朝の開放感からか、独り言にも拍車がかかる。

 もっとも、ぼくは普段から独り言が多いと、知り合いにはよく言われていたりするのだけど。


 周りには色とりどりの木々や草花が生い茂り、ちょうちょが舞い、鳥たちのさえずりが響き渡る。

 東京からさほど遠いってわけでもないのに、完全な田舎の風景が広がるこの近辺。

 秩父の山奥にある雛森町(ひなもりちょう)から徒歩でさらに山を登り、三十分ほどかけて、ぼくはこの場所にたどり着いた。


 毎朝のことだとはいえ、さすがにちょっと、しんどい。

 まだまだ若いつもりだけど、やっぱり体力は確実に衰えているんだろうな。

 ふと振り返れば、眼下には町並みが一望できる。結構な高さを登ってきたことの証だ。


 ぼくは、優羽(やさば)アトリ。

 この春に大学を卒業して、新社会人となったばかりだ。


 ついこのあいだまで、ぼくは東京の実家に住んでいた。

 今も両親はその家で生活しているのだけど。

 ぼくは就職先の関係で、今見下ろしている雛森町に戻ってきた。


 そう、戻ってきたのだ。幼稚園の頃まで住んでいた、この町に。

 昔住んでいたアパートが、今もまだ残っていた。

 ぼくたち一家が昔住んでいた部屋も空いていたため、ぼくは今、その部屋で暮らしている。


 年季の入ったボロアパート。

 他の部屋も、ほとんど空いてるみたいだったけど。

 こんな状況で大丈夫なのだろうか? 取り壊しとかはされないのだろうか?

 そう心配になってくるほどだった。


 ただ、大家さんとしては、取り壊すつもりは毛頭ないらしい。

 今でこそ何棟ものアパートを所有している大家さんだけど、最初の一棟だったというこのアパートには思い出がたくさん詰まっているのだろう。ずっと残しておきたいのだと話してくれた。

 オンボロではあるけど家賃もすごく安いし、収入を得るためという目的よりは、撤去されないために誰かが住んでいてくれればいい、といった考えのほうが強いのかもしれない。


 昔住んでいたアパートとはいっても、もう十五年以上も前の話になる。だから近所に住んでいた人たちのことなんて、ぼくはまったく覚えていなかった。

 というよりも、当時住んでいた人たちはみんな、この町から出ていってしまったのだろう。

 だから、べつに知り合いがいるわけでもない。


 実際、ここ雛森町はのどかな田舎町といった雰囲気で、本当になにもない場所だ。

 村ではなく町という扱いになっているだけあって、それなりに人もいるし、町の中心部には一応、商店街と呼ばれるメインストリートも存在している。

 休みの日には買い物をしに行ったりもするけど、メインストリートという呼び方は似合わないかもしれない。

 舗装もされていない土がむき出しになっている道の両脇に、木造平屋建ての店が軒を連ねる程度なのだから。


 町の中心部でそんなありさまなのだから、観光スポットだとか、レジャー施設だとか、そんなシャレた場所がこの町にあるはずもなく。

 結果、寂れた田舎町といった様相を呈しているというわけだ。

 そんな山奥の町の片隅で、ぼくは今、ひっそりと生活している。


 通勤先の会社は、今登ってきたこの山の上にある。

 日本中央電力株式会社。

 最大手の電力会社だ。


 本社は東京の都心にあるのだけど、ぼくが勤めているのはここ、雛森支社。

 ……支社というよりは、研究所といった雰囲気なのだけど。

 実際のところ、昔は本当に研究所だったという話も聞く。

 山奥に建設された研究開発を行うための施設。そこでぼくは働いている。


 ぼくがこうして、毎朝時間をかけて山を登らなくてはならなくなったのには、とある理由があった。

 社員寮に入ることができなかったのだ。


 雛森支社の近くには何棟かの社員寮が完備されていて、ほとんどの社員はそこから会社に通っている。

 でも、ぼくはその申請をすっかり忘れていた。

 気づいて申請したときにはすでに遅く、部屋はすべて埋まってしまっていた。

 ……つまり、自業自得というやつなのだけど。


 とはいえ、こうやって毎朝自然の中を歩いてくるのは、それなりに気持ちのいいものだった。

 色とりどりの木々や草花が生い茂り、ちょうちょが舞い、鳥たちのさえずりが響き渡る。

 心を癒してくれるような、温かい風景に包まれる日々。

 朝の日差しが、まぶしくぼくと周りの景色を照らし出す。


「今日は、いい天気だなぁ。ちょっと暑くなるかも」


 汗を拭いながら、ぼくは再び、独り言をつぶやく。

 この自然を、ぼくたちは守らなければならない。

 そんな使命感すら湧き上がってくる。


 いや、実際にぼくたちは、この自然を――、

 そしてこの、太陽系第三惑星、青くて美しい惑星である地球を、

 守るべき立場に立っているのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ