居場所を広げる―2
クロッキー帳と6Bの鉛筆、練り消しゴム。一ヶ月の仮入部期間に必要なのは、これだけ。聡美につきあって貰って、土曜日に文房具屋で買物をする。一緒に歩き出すと、前島サンがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
どうしよう。にこにこしながら手を振る前島サンに、どう反応したらいいんだろう。
聡美が「知ってる人?」と私の顔を見る。なんて説明して良いのかわからなくて、下を向いた。
「てまちゃん、僕は出掛けるけど、鍵持って出てきた?」
「持って来てない。お母さんは?」
「病院に行ってる。検診の日だから」
前島サンから家の鍵を受け取るときも、私は顔を上げられなかった。聡美がどんな関係だと思っているかと、そればっかり気になる。
「てまちゃんのお友達ですか」
前島サンが聡美に声をかけたとき、私は文房具屋の袋を抱いて、聡美の腕を引っ張っていた。
「一緒に住んでる人?親戚のお兄さん?」
聡美の質問にも答えられない。
まだ30歳にもならない前島サンは、私の父には見えない。前島サンが、逃げた私をどんな気持ちで見ていたかなんて、考えたくなかった。
母が結婚したことは恥ずかしいと思っていない。前島サンが母の夫だっていうことも、恥ずかしいことじゃない。なのに、なんでそれを人に知られたくないんだろう。
自分の部屋で本を読んでいると、母が病院から帰ってきた。
「手毬、お菓子買ってきたからコーヒー淹れよう」
母は家にいるときの服に着替えると、私の向かい側に座る。
「徹君からメールがあってね、手毬に謝っといてって。外で声かけて悪かったってさ」
母の声の調子はいつもと同じ。私は下を向いて、首を横に振るしかなかった。
本当は、前島サンは謝らなくていい。私が帰ったときに鍵がないと困るって心配してくれたんだから。
だけど、でも、私は友達に前島サンを紹介したくない。




