新生活―6
珍しく、母よりも先に前島サンが帰宅した。
「あれ?麻子さん、まだ帰ってきてないの?」
麻子っていうのは、母の名前だ。
「じゃ、僕が夕飯の支度しよう。てまちゃん、手伝ってくれる?」
着替えてキッチンに立った前島サンは、ものすごく不器用だった。
「今まで、ごはんどうしてたの?」
「コンビニとかお弁当屋さんとか?外食もしてたし。てまちゃん、上手だね」
私が包丁を使い、前島サンが洗い物担当になった。
今までも母と一緒にキッチンに立ったことはあるけど、窮屈だと思ったことはない。前島サンと一緒だと、なんだか動きにくい。母よりも大きい身体で、母よりも太い腕。ダサいジャージを膝までめくり上げてるから、すね毛のたくさん生えてる足が見える。
男の人の足って、汚い。
そう思ったら、一緒に料理するのが嫌になった。
「私、自分の部屋にいるから、お母さんが帰ってきたら呼んで」
前島サンは何か言いたそうだったけど、私は部屋に入ってしまった。悪いこと、したのかな。
前島サンが結婚したかったのは母だけで、私は必要のない附録だ。母だって、もしかしたら前島サンとふたりだけの方が幸せかもしれない。手毬がイヤだったら結婚なんかしない、と言った母だけど、
生まれてくる赤ちゃんからパパを取り上げる権利は、私にはない。
前島サンは、良い人だ。私を邪魔だなんて思っていないのは、わかってる。でも、私が見えないところで、母と前島サンは私の知らない言葉を話しているのだろう。私がいなければ、この家のいろいろな所で交わされる筈の会話。たとえば夕食のリクエストを、私ではなく前島サンから出すみたいなこと。母が私を大切に思ってくれてることも、ちゃんとわかってる。
今まで私の母だけだった人が、誰かの奥さんになったり、他の人の母になったりすることに、納得するための時間が足りない。
時間だけなんだろうか。
「てまちゃん、麻子さんが帰ってきたから、ごはんにしよう」
前島サンは、盛り付けも下手だった。
「徹君が作ってくれたの?ありがとう」
母が子供に言うみたいに大仰に礼を言っているのを聞きながら、私は茶碗の用意を始めた。
徹君、か。新婚さんなんだね、若干難アリだけど。