違うんだ―1
「手毬のメアド、教えて欲しいって言われてるんだけど」
聡美がそう言ったのは、花火大会の翌週だった。相手は、プールの時に無遠慮な声をかけてきた人。
「別に、いいけど。連絡することなんかないと思うんだけどな」
「あたしが手毬とトオルさんはそんなに盛り上がってないって言ったからかも」
盛り上がった関係って何?そうは思ったんだけれど、そのこと自体との関係性についての意味は理解できなかった。
次の日にトオルさんとお茶を飲んでいるときに、その話をしてみた。
「で、教えていいって言ったの?」
「うん、だってメアドだし、トオルさんのお友達でしょ?」
クラスの男の子と連絡用にメアド交換するのはよくあることだし、同じつもりだった。なのに、トオルさんの顔はずいぶん苦くなる。
「それで、用もないのにメールのやりとりなんかするわけ?」
「私、そんなにメールは好きじゃないし、用もなくっていうのはないと思うんだけど」
「向こうは送ってくるかも知れないでしょ?それには返信するんじゃない?」
「返信は、もちろんするけど」
だって、連絡を貰ったら返事するくらいは礼儀でしょ。それ以外に何か用事があるとも思えないし。
「だめ。不可。禁止」
一気に言ったトオルさんは、私の知らないトオルさんだ。のんびりと私のレベルでお喋りしてくれるトオルさんじゃない。メアドだけでそんな顔しなくたってと思う一方、何か失敗をしたらしいとも思う。
「俺、ちゃんと自覚しといてって言ったよね?意味はわかってた?」
それはわかってたと思うんだけど、別に関係はないと思ってた。これから一切他の男の人と連絡をしたりしてはいけないって意味だったんだろうか。つきあうって、トオルさん以外の男の人と知り合っちゃいけないってことなの?なんだか、泣きたくなってきた。
顔が曇ってしまったのは、トオルさんにもわかっていると思う。いつもなら、頭の上にポンと手を置いて優しい顔をしてくれるのに。そうすれば私はいつも通りに少しだけ安心した顔ができるのに。
怒られるようなことをしたの?そう聞くのも憚られて、黙ってしまった。黙ったままで向い合せに座っているのがとても気詰まりで、せめてもう少しお喋りが上手なら良かったのにとはじめて思う。
トオルさんは大きく息を吐いて「出ようか」と言った。
公園のベンチに並んで座って、それでも会話なんて弾まない。
「クラスの男の子たちとの連絡メールもだめ?」
おそるおそる聞く私って、何か卑屈な気がする。
「そんなこと言ってない」
まだ、不機嫌。どうして?トオルさんはもう一度大きく息を吐いた。
「自分に下心のあるヤツとそうでないヤツの区別もつかない?」
きょとんとした顔をしたのかも知れない。くすっと笑った声が聞こえて、頭の上にやっと手が置かれた。
「君はまだ、そんな準備もできてないのか。思ったよりもずっと幼いんだ」
幼い?私が?聡美には鈍いと言われたけど、幼いなんて思ったことはない。実は、教室でアイドルに熱を上げたりアニメについて騒いでいる子よりも、私のほうが大人だと思ってた。
「でも、少し育ってね。俺が待ちきれなくなる前に」
トオルさんの手が、頬に軽く触れて離れた。そこだけが指の形の熱を残す。母や和に触れられても、友達に触れられても、こんな風に熱を感じることなんてない。
そして、私の中に芽生えたなんとも言えない違和感。それはトオルさんの隣に座っていたい感情と一緒に持っていた、何かに対する誤差なのだと思う。間違っていた、間違いだったと思っているのに、むしろそれに安心している自分がいた。