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花つける堤に座りて  作者: 蒲公英
花つける堤を離れて
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散歩をした

 六月に入って、トオルさんと会う機会が2回あった。ゴールデンウィークの後に連絡は来なかったから、やっぱり忘れちゃったんだと思った。私から連絡して「何か用事?」なんて聞かれたらどうしようと思ったら連絡なんかできなくて、携帯電話の液晶にトオルさんのアドレスを表示させては見ているだけだった。

 会ったって、何かの話題があるわけじゃない。トオルさんが私に興味が有るとは限らないし、私もトオルさんのことなんて何も知らないから。

 だから、もしかしたら会っても会わなくても、何も変わらないのかも知れない。


 一度目は、駅で偶然に会った。私は学校帰りの制服姿で、トオルさんはお友達と一緒だった。

「あれ、手毬ちゃんの制服姿ははじめてだね。正統派高校生って感じ」

 正統派高校生って表現は、良いほうに受け取るべきかどうか微妙だな。紺色のブレザーに同じ生地のボックスプリーツで、胸に結んだリボンだけがスカイブルーの、地味な制服だ。髪だってハーフアップにしてるだけで、可愛くなんて作ってない。「真面目そうな」って形容詞は、あんまり嬉しくない。

 お友達が待っているので長く話せるわけじゃなくて、トオルさんは、メールを送るからと言っただけだった。



 メールが来たのは翌日の晩。

――休みの日に、紫陽花でも見に行こうか。

 数人で行くのかとか、どこに行くのかとか、肝心なことが抜けてる。それでも、とりあえず「はい」と返事すれば、トオルさんと会うことはできるのだ。私の指は、「是非行きたいです」と返信した。


 男の人とふたりで出かけるなんて、徹さん以外とははじめてで、前の日は緊張して眠れなかった。お喋りは上手じゃないし、特別に綺麗なわけじゃないのに私なんか誘って、トオルさんは後悔しないだろうか。選んでおいた木綿のワンピースは、大学生から見たら子供っぽいんじゃないかしら。

 夜中、そんなことばかり考えていた。クラスの男子とですら、あんまりお喋りなんてしたことはない。まして大人の男の人なんて、知っているのは学校の先生と親戚のおじさんと、徹さんだけ。

 少々寝不足のまんま、トオルさんとの約束の場所に着いた。



 紫陽花が綺麗な場所と言っても、観光地の名所ではなく、たくさん紫陽花が植えられている公園で、付き合っているわけでもない私とトオルさんが歩く場所にはふさわしいように思われた。トオルさんがのんびりしたペースで喋ってくれるので、気詰まりじゃないのが嬉しい。紫陽花の花は綺麗に色付いていて、一緒に公園の中を二周した。ぽつりぽつりと続く会話は、気詰まりなほど噛み合わなくはない。


 と、雨が降ってきた。私は小さな折り畳み傘を持っていたのだけれど、トオルさんは傘を持っていないので、小さな傘に並んで入る。

 いやだ、肩が触れちゃう。ちょっとだけ離れて並んだら、自分の肩に雨の雫が落ちてきた。

「そんなに離れたら、肩が濡れちゃうでしょ」

 トオルさんが私の肩に手を置いて、軽く引き寄せるようにした。どきんと大きく鳴った鼓動に驚いて、顔が火照る。トオルさんは私が濡れないようにと、そうしてくれただけなのに。


 どうしよう。緊張して、上手く歩けない。

 トオルさんの手はすぐに離れたのに、自分の肩に触れた感触がずっとそこにあるような気がして、動けなくなってしまった。こんなに近くにいたら、心臓の音が聞こえちゃう。

「雨も降ってきちゃったし、お茶して帰ろうか」

 トオルさんがその日、楽しいと思ったのかどうかは私にはわからない。

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