遠慮がいらない―2
前島サンと喧嘩したのは、とってもくだらない理由だった。私の雑誌が食卓に置きっぱなしになっていたので、土鍋の鍋敷きにされてしまったのだ。もちろん、普段はちゃんと鍋敷きを使うんだけれど
ちょうどいい大きさの雑誌がそこにあるって理由で、前島サンは躊躇なく土鍋をそこに下ろした。表紙は私の好きなアイドルグループで、それに思いっきり円形の跡がついた。
「なんで私の本にお鍋置くの!」
前島サンはまず、ごめんと謝ったけれど、その後言葉を続けた。
「でも、大事なものをそんなところに出しっぱなしにしてる、てまちゃんも悪いと思う」
「雑誌と鍋敷きは違うじゃない、徹さんが不精したんでしょ」
「ちゃんと自分の部屋に持っていかなかったてまちゃんは、不精じゃないの?」
冷静に言い返されると、却って腹が立つ。
「じゃ、除けといてくれたらいいじゃない!」
「それに関してはごめんって言った!でも、食卓は本を置くところじゃない!」
水掛け論ってこれのことなんだろう。
「手毬、あなたも悪い。徹君、大人気ない」
母が途中で声を掛けてくれなかったら、テンション上がって余計なことまで言うところだった。
「兄弟喧嘩みたいなこと、しないの。ご飯にするよ」
兄弟喧嘩?親子喧嘩じゃなくて?そういえば、母には一方的に食って掛かるほうが多いかも。で、喧嘩した後に顔をつき合わせて食事するの?
ぶすったれた顔でいたら、前島サンが食器棚から出したお箸と茶碗を私に差し出した。仕方がないから、受け取ってセットする。その横で、炊飯器のふたを開ける母。
喧嘩した後に普通の顔で一緒にご飯食べて、しかもその後リビングで同じテレビを見る。前島サン、お笑い番組見て笑ってるし。友達同士だって軽い口喧嘩の後ですら、すぐには一緒に座ったりできない。
前島サンが和を抱いてお風呂に行ったとき、母に話してみた。
「徹さん、ナマイキだって怒ってないのかなあ」
「一緒に生活してる人に、いつまでも腹を立てても仕方ないでしょ。嫌ってないんなら、言いたいこと言って忘れちゃえばいいの。それで解決」
そんなものなんだろうか。
「お母さんとだって、そうじゃなかった?」
確かに、母にお説教されても翌日は普通に喋ってる。
「遠慮がなくなったってことだよ。お腹の中に溜めるより、ずっといいでしょ」
それはそうだけど。
「徹君が同じ土俵で言い返すとは思わなかったけどね」
母がくすっと笑った時、バスルームから母を呼ぶ声が聞こえた。和がお風呂を終えたので、母が受け取りに行ったのだ。そのすぐ後にやっぱりすごいスピードでお風呂を終えた前島サンが、髪を拭きながらリビングに戻る。
「てまちゃん、あの雑誌いくらだった?」
前島サンの言葉に吹き出したのは、母だった。