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花つける堤に座りて  作者: 蒲公英
花つける堤に座りて
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新しい人を迎える―4

 あれこれ試行錯誤をして下絵ができあがったある日、家に帰ると誰もいなかった。母は買い物かなと思い、宿題を始めようとしたところで玄関の鍵が開き、祖母が入ってきた。

「お母さん、入院したからね。きっと今晩中に産まれるよ」

 祖母はにこにこしながら、スーパーの袋の中身を冷蔵庫にしまい始めた。

「前島サンは?」

 あ、また前島サンって言っちゃった。なかなか慣れないんだもの。

「病院に行ってるよ。徹さんが出産するんじゃないかってほどオタオタしてる」

 さもおかしそうに祖母は笑った。


 祖母が買ってきたお菓子を広げて、差し向かいでお茶を飲む。いつもの母の席に、祖母。

「おばあちゃん、聞いていい?」

 なに?祖母が私の顔を見返した。

「私が生まれた時、私のお父さんはどうだった?」

 こればかりは、今の母には聞けない。

「徹さんよりは落ち着いてた。でもね、手毬のお母さんにありがとうありがとうって何回も言ってね」

 祖母はちょっと目を細めた。

「毎日手毬をお風呂に入れるのを楽しみに帰ってきてたよ。手毬が寝てると、つついて起こしちゃったりしてね」

 笑いながら、聞かなければ良かったと思う。これから、前島サンが同じ事をしたとしても、それは私にではないんだ。


 夕食を終えた頃、電話が鳴った。

「五体満足ね?麻子も異常はないのね?」

 祖母が確認して受話器を置き、私を振り返る。

「無事に生まれたよ、手毬。徹さんもこれから帰ってくるって。明日、一緒に病院に行こう」

 祖母はいそいそした調子で言い、私にもそれが伝染した。そんなに小さい赤ちゃんを見るのは、初めて。


 小一時間で前島サンが帰宅した。リビングに入ってきたと同時に、右手を差し出して、握手。腕をぶんぶん振られて、よろけたところを脇から支えられた。ついでにそのままハグの体勢。

「きゃあ!セクハラ!」

 叫んでジタバタしてしまった。

「だって、嬉しいんだもん。てまちゃんにも一緒に喜んでもらおうと思って」

 わかったわかったと身体を引き抜いたら、祖母が呆れた顔をしてこちらを見ていた。


「徹さん、手毬も年頃だからね」

 祖母が言った言葉の意味はわからなくもなかったんだけど、私は別のことを考えていた。お父さんの感触ってあんな風なのか。もっと小さい頃、母にぎゅっとしてもらった感じと全然ちがう。私が黙り込んだのを見て、前島サンは誤解したらしい。

「ごめん、やらしい意味じゃないからね」

「わかってる。徹さんは嬉しくて踊りたいくらいなんでしょ」

 私は前島サンに向かってにっこりして見せた。

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