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花つける堤に座りて  作者: 蒲公英
花つける堤に座りて
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リビングに出る―6

 いつの間にか、梅雨に入っていた。雨が降ると、運動部の活動のない校庭はとても静かになる。図書室の出窓からは、なんだか寂しい眺めだけれど、キライじゃない。部活が休みのみゅうと図書室で本の話をする楽しみがある。教室でそんな話してると「暗い」なんて言い出す子がいるし。

 どんな話なら明るいんだろう。アイドルの話、好きな男の子の話、先生の悪口。ペットの話、家族の話・・・まさかね。


 美術部では、ずっと石膏デッサンをしている。ヴィーナスの頭部じゃなくて、卵かなんか掴むような形の手だけど。光の当たり方によって違う絵になっちゃうなんて、初めて知った。

 クロッキー帳は2冊目になった。初めの頃より、鉛筆を柔らかく使えるようになったのが自分でもわかって嬉しい。自分にできることが、少しずつ増えてゆく。たいした変化じゃないけど。


 最近、前島サンがリビングにいても、あんまり緊張しなくなった。でも、私から話しかけたりはできない。あいかわらず、なんて呼びかけたら良いのか、わからないから。蒸し暑くなってきて、ダサいジャージからダサい半ジャージに変わった前島サンの足はやっぱり見たくなくて、Tシャツから出ている太い腕も嬉しくはなくて、目を逸らしちゃうけど。

 お風呂からシャツを着ながら出てくるのもやめて欲しい。最後までちゃんと着てからにして欲しいんだけど、それはまだ言えない。母は気にしてなんかいないようなので、母に言ってもらうのも躊躇われるし。


 前島サンが帰宅する前に夕食の支度を手伝っていたら、母は手を動かしながら言った。

「手毬の声、お母さんと似てるんだってね。自分たちじゃわからないけど」

「うん、顔は似てないのにね」

そう返すと、母はちらりと私の顔を見た。

「手毬はパパ似だから」

さらっと言われた言葉が、却って興味を引いた。

「どんな人だった?」

母はさすがに答えにくそうに、言葉を選びながらゆっくり言う。

「優しい人、だったよ。真面目でね、ちょっと抜けてて」

それから、私しかいないのに少しだけ声をひそめて続けた。

「徹君とよく似てた。徹君の方がちょっと元気がいいかな」

 ナイショねと笑った母は、前の「友達みたいなお母さん」だった。そうか、父はあんな感じの人だったのか。一度でいい、記憶に残る場所にいてくれたら良かったのに。



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