悪役令嬢、貴族牢にて刑罰執行待ちなう
貴族の牢というのは、快適でいけない。
朝昼晩と食事が用意され、体を拭く下女も、部屋を掃除するメイドも、暇を持て余さないよう、本の差し入れまである。
リビングのすみには、ピアノも置かれ、楽譜が用意されていた。
窓には鉄格子がはめられているし、ドアも一つ開けたらもう一つある構造になっていて、絶対に牢の外には出られないが、部屋自体は寝室とリビングの二部屋と広めだ。
どうかしてると思う。
昔いた孤児院なんて、これより狭かったんじゃないかと思うほど。
(こんなに上等な場所で裁かれるのを待つなんて、貴族様はすごいわね)
私の罪は何になるのか知らないけれど、実父と実母が二度とエドワーズ伯爵家の屋敷に足を踏み入れることが出来ず、できるだけ酷い罰が与えられ、あの伯爵家の正当な跡継ぎであるアデリーヌ様が損なわれなければ、なんでもいい。
今日もいつもの取り調べがあるのだろうか。
私はこれ以上話すことはないのにな。
窓の外は良い陽気だなと、ソファーに寝転がって欠伸をしていたら、ガチャリと鍵の音が聞こえてくる。
今の音は、一つ目のドアの鍵の音だ。
今度はすぐ近くのドアから、ガチャッと鍵が外れる音がした。
そして、ノック音。
すごいな。牢に入ってる相手に敬意を払うって、意味が分からない。
「コンスタンス・アンダーソン、聴取の時間だ」
ドア越しの最近聞きなれた真面目な声が聞こえて、起き上がってソファーに座り直す。
四角いメガネのお兄さんが、本日もやってきたようだ。
「どうぞ、お入りください」
そう声を掛ける。
そうすればドアが開き、四角いメガネのお兄さんが書類を手にやってきた。今日に限っては、助手もついてきている。ご丁寧なことだ。
今日で1週間だよ。
毎日同じ時間に大変だなって思う。
ちゃんとお休みあるんだろうか、この方。
そんなことに思いを馳せながら、今日も聴取の始まりです。
四角いメガネのお兄さんとソファーに向かい合って座り、助手は入り口側の簡易的な椅子に腰かけている。
「君は、コンスタンス・アンダーソン、年齢16、ダミアン・アンダーソン子爵、クラリッサ・アンダーソン子爵夫人の娘、間違いないか」
「はい」
すごいと思う。牢に入れられてから、毎日聴取の最初にこれ言うの。
知ってるじゃん?もう知ってますよね?
そう思うんだけど、必ず言うんだよね。
真面目だな。
そんな真面目な人の仕事の邪魔はする気がないので、私も真面目な顔で真面目に返事をする。
「今日の体調はどうだ」
「特に変わりありません」
しいて言えば、ちょっと眠いくらいです。
いい天気でウトウトしていたので。
しかし、こんなことを言っては真面目な人にご迷惑になるだろう。
だから、言わない。
こんなどうでもいい会話すら、後ろの助手もちゃんと聞いて頷いている。
この人も真面目だな。
こういう真面目な人がいるから、両親のようなどうしようもない貴族がいても国は回るのだろう。
有り難いことだ。
「それでは聴取を始める。宣誓から『偽りを述べず、真実を話すと誓います』」
「『偽りを述べず、真実を話すと誓います』」
この宣誓をするたびに思う。
偽りを述べず真実を話しても、人をだますのは簡単なんだよなって。
いえ、しませんよ。
真面目な人は別に仕事でいらしてるだけで、私の人生にかかわりないし。
あの両親さえどうにかできれば、それで、何もかもどうでもいい。
「まず、あなたはアンダーソン子爵ご夫妻が婚姻する前に生まれ、孤児院に預けられた。間違いないですか」
「赤ん坊なので記憶がありませんが、私の一番古い記憶は、孤児院の中です」
生まれたときのことを覚えてる人間がいたら、それはそれですごいと思うので、この質問を受けるたび、何て答えて欲しいのかな?って思う。
まあ、毎日答えていたので、最適解はこれだと思うんだけど、真面目な四角いメガネのお兄さんは特にジャッジしてこないのでわからない。
「その後、12歳まで孤児院で生活し、アンダーソン子爵ご夫妻に引き取られた」
「はい」
貴族が孤児を養子にするなんて、頭おかしいんじゃないかと思ったけれど、自分にそっくりな顔の男と自分の髪と目と同じ色の女に、間違いなく血のつながりを感じた。
そして、女の声と私の声は、そっくりだったのだ。
というか、孤児院の記録に、そもそも私の出生は残されていたので、疑いようがなかったのだけど、そんなことは知らなかったために最初は警戒を解かなかった。
その二人に、親と呼べと言われた。
どんな意図があるのかわからなかったが、生きるために二人が望むように振舞うことにした。
食べれなきゃ死ぬから。
それから、マナーを厳しく直され、言葉遣いや字の書き方、算術を休みなく叩き込まれた。
正直、それはあまり苦ではなかった。
むしろ、今まで字が読めず、計算ができなくて苦労することが多かったから、これでこの屋敷から逃げ出しても、食べていけるなとホクホクしていたくらいだ。
従順な私に、両親はとても満足していた。
実父は結婚後の子供を欲しがっていたようだが、実母は体のラインが崩れるのを嫌って、避妊薬を飲んでいたのを私は知っている。
だがそれを知らない実父は、なかなか子が出来なかったため、実子である私をわざわざ孤児院から引き取ったのだという。
「その後、15歳の時、エドワーズ伯爵家へ両親とともに転居」
「・・・・はい」
あれは、転居という言い方で正しいのか?
アデリーヌ様のご両親が船旅中の事故で行方不明になり、それに便乗して勝手に住み着いただけだ。
完全にお家乗っ取りである。
まあ、実父にしてみれば、兄が継いだ伯爵家。
勝手知ったる実家ではあったのだろうが。
子爵で十分贅沢三昧してたくせに、伯爵にまで手を出すのだから、人間の欲望とは恐ろしいものだと思う。
「その後、アンダーソン子爵ご夫妻とともに、エドワーズ伯爵令嬢のアデリーヌ様を学院に通わせる以外は部屋に閉じ込め、十分な食事を与えない等の虐待行為を行った」
「はい」
そう、あれはチャンスだったから。
あの両親を地獄に突き落とすため、お家乗っ取り騒動なんて最適だと思った。
とはいえ、アデリーヌ様に危害を加えるなど、もってのほかだ。
私は自分の復讐に、善人は巻き込まないと決めているので。
どうせ両親は毎日遊び歩いて、屋敷に戻って来ないことなど知っていた。
だから両親から、アデリーヌ様の食事を粗末なものに変えろと言われていた執事と交渉したのだ。
私は食事をアデリーヌ様と同じ部屋で食べたいと。
両親にもちゃんと報告した。
粗末なものを出されているアデリーヌ様の前で、私はゆったり食事をしたいの、と。
両親は大喜びだった。
おそらく、アデリーヌ様を精神的に追い詰め、心の病を理由に跡継ぎから外そうという魂胆だったのだろう。
そうはいくか。
私は毎食、アデリーヌ様と食事を交換した。
アデリーヌ様はビックリしてたけど、しょうがないでしょ?
いきなりこんなものを食べたら、アデリーヌ様はお腹を壊してしまう。
私なら粗末な食事の方が食べなれてるし、腹持ちもいいと知っている。
孤児院に居たときは、こんなにいっぱい食べられなかったから、むしろ豪華。
貴族の粗食など、粗食にあらず。
そうして学院の長期休暇は、外に出られないアデリーヌ様の運動不足解消と気分転換ができるように、両親に進言した。
アデリーヌ様にメイドのお仕着せを着せて、私の世話をさせたいと。
案の定、両親は喜んだ。
天気のいい日は、外に出て東屋で花を見ながらお茶を飲む。
もちろん、アデリーヌ様が。
メイドのお仕着せを着てるのは私だ。
こんな上等な服で掃除とか、恐ろしくないのか貴族は。
ヤバいな。
「そして、アデリーヌ様の婚約者、ダドリー・ヒューズ伯爵令息を誘惑し、アデリーヌ様との婚約を破棄させた」
「・・・・はい」
いや、誘惑はしてない。
正直勝手に向こうが言い寄ってきたのだ。
貴族はみんなこんななのかとがっかりしたものだ。
ただ、今回の巻き込まれただけの被害者であるアデリーヌ様へ、慰謝料代わりにと思って、学院のパーティーで婚約破棄に持ち込んだよね。
あの男はホントに駄目だから。
二度とアデリーヌ様に近づくことが出来ないくらい、ちゃんとあることないこと噂をばらまいておいたので、もう大丈夫。
そもそも学院では、婚約者が確定していない王子殿下が、アデリーヌ様を何かと気に掛けていた。
あれは絶対、脈ありだと思う。
アデリーヌ様には王子殿下くらい、いい男が似合うよ。
そのタイミングで、両親のお家乗っ取りの証拠が手に入っていたので、婚約破棄の壇上で、王子殿下のいる前で言ってやったのです。
「アデリーヌ様、残念でしたね!もうエドワーズ伯爵家は私たち家族が正式に相続することになりました!明日から、平民落ちです。お疲れさま♪」
って。
出来る限り馬鹿っぽく。
本当は、正式に相続なんてしていない。
不正に相続する手はずが整ったので、きっと調べ直してくれるだろう王子殿下のいる前で言ってやったのだ。
案の定、王子殿下は「そんなことありえない。この国の法律では認められていない!」と、かみついてきたのでシメシメだったね。
さすが、選ばれしヒーロー。
近い未来、王太子決定だね!いや、知らんけど。
なんて、心で思いながらも、両親の悪事をべらべらしゃべった挙句、大事な書類もちゃんと抜き取って持ってきて、見せたとも。
そして、そのまま私はこの牢屋に直行したわけだが。
一応その場で拘束されたとき、王子殿下やアデリーヌ様のいる前では、「なんなのよー!」とかって、嫌がってみせたよ?
まあ、パーティーやってる大ホールを出た途端、すたすた無言でついていくから、拘束した騎士の方が驚いていたけど。
いやだって、真面目に仕事してる人に、迷惑かけたくないじゃない?
「では、エドワーズ伯爵家の乗っ取りを、アンダーソン子爵ご夫妻とともに画策したのだな」
「・・・はい」
まあそうだよね、両親を地獄に突き落とすには、それに加担するのが一番早かったし確実だったし。
とはいえ、私のやったことなど、屋敷の中でアデリーヌ様への虐めを装うことくらいだが。
一応加担はしただろう。たぶん。
私の聴取を終えて、真面目メガネさん・・・じゃなかった、四角いメガネのお兄さんは息をついた。
「どうして、言い訳しない」
1週間続いた聴取で、初めてそんなことを言われた。
いや・・・言い訳と言われても。
「特に、ないので・・・?」
ないというか、言い訳の必要性がそもそも感じられないというか・・・。
(別に、もうどうでもいいし)
だって、私には帰る家はもう、どこにもないのだから。
首を傾げながらそう答えたら、四角いメガネのお兄さんがおでこを押さえた。
「孤児院連続放火事件」
そうボソリと呟かれたので、思わずメッチャ睨みつける。
気分は、ああ?やんのか、こらぁ!である。
その単語は禁句なんですよ。
立札立ててないけど、私の前では言ったら万死に値するレベルで。
私が毛を逆立てた猫のように、警戒し始めると、四角いメガネのお兄さんが眉をひそめた。
「やっぱりそうか。君は知っていたんだな。3年前、アンダーソン子爵ご夫妻が君の出自を隠ぺいするために、君のいた孤児院だけじゃなく、いくつもの孤児院に放火するよう指示したことを」
久しぶりにその話題を持ち出されて、目の前が真っ赤になりそうなくらい怒りに震える。
そうだ。
あいつらは、自分たちが婚姻前に子どもを作っておいて、世間体が悪いからと孤児院に入れたくせに、周りには私が虚弱体質で、ずっと領地で静養していたんだなんて話にすり替えた。
そして、記録が残っている孤児院は、自分たちに都合が悪くて火をつけたんだ。
でも、一つだけ燃えると、自分たちが疑われかねない。
だから、いくつもの孤児院に火をつけた。
その上で火をつけた実行犯を、麻薬漬けにして・・・。
孤児院連続放火事件が新聞に載った日、夜中にあいつらがそう話してたんだ。
絶対に許せなかった。
許せるわけがなかった。
そして決めた。
私の家族たちを殺したこの貴族どもを、絶対に地獄に落としてやる、と。
そのためなら、私など、どうなったっていい、と。
怒りで頭がくらくらしていると、四角いメガネのお兄さんが慌てる。
「落ち着いてくれ、あれはとても不幸な事件だったが、事故の詳細は知らないのか?」
言われて、私は「まだ、字が読めなかったので」と横を向く。
残念ながらあの頃、まだ文字をちゃんと読めたわけじゃなかった。
新聞の内容で理解できたのは、私のいた孤児院が焼け落ちたということくらい。
でも、それで十分だ。
詳細も何もないと思うが。
四角いメガネのお兄さんは、私の言葉に息を呑んだ。
「そうか、すまない」
なぜか深く頭を下げられる。
意味が分からない。
四角いメガネのお兄さんは、申し訳なさそうに言う。
「言い方が悪かった。あの事件、幸い死者は出ていないんだ。建物が燃えたりはしたんだが、ちょうど雨が多い時期だったおかげもあって、建具が湿っていてな。ぼや程度の被害ばかりだったんだよ」
え・・・?
私が四角いメガネのお兄さんに顔を向けたら、お兄さんが笑ってくれた。
「君のいた孤児院は、だいぶ焼けはしたが、みんな避難して無事だったんだ」
無事・・・?
みんな?
「そうだよ、コニー姉ちゃん。みんな、元気だよ」
え・・・・?
ぱっと、助手を見る。
背が伸びているから、全然気づかなかった。
「ルカ・・・なの?」
思わず立ち上がれば、ルカも大きく頷いて立ち上がる。
「ルカ!」
お兄さんが座ってる向かいのソファーを土足で乗り越えて、ルカに思いきり抱きついた。
生きてる、失ったと思った家族が、生きていた!
しがみつき、わんわん泣いた。
ルカもわんわん泣いていた。
そして、私たちが泣き止んだ頃、ゆっくり振り返れば、四角いメガネのお兄さんも目を真っ赤にして泣いていた。
それを見て、私はつい笑ってしまった。
心から笑えたのは、孤児院を出て初めてだった。
四角いメガネのお兄さん的には、あまりに淡々と全部の罪を認めてしまう私に、これは何かあるぞと察して、わざわざ私の過去を洗ってくれたらしい。
真面目だ。
そして、今日、ルカを面会人として連れてきたらしい。
それ、最初に言ってくれたら、直ぐぺろったのに。
私はすぐ、心の中だけで収めて声に出してなかった事柄を全部話した。
私の話を聞きながら、四角いメガネのお兄さんとルカは、一緒に両親を怒ってくれた。
ナニコレ、幸せ。
それに笑いながら、私の学院のロッカーに溜めておいた、両親のヤバそうな書類の存在を伝えておいた。
てっきり、そういうものは全部押収されているかと思ったけれど、貴族様はそんな目には遭わないそうだ。
そして、肝心の両親だが・・・
「まあ、頑張ってもエドワーズ伯爵家の領地で謹慎くらいだろうね。社交界に戻るのは無理だろうから、質素な暮らしにはなるんじゃないかな」
さすが貴族様である。
孤児院放火連続事件も、賠償金を払って終わりなんだとか、マジふざけんな。
「それにね、気づいてないから言うけど、君は正当なアンダーソン子爵家の跡取りなんだよ」
やっぱり、子爵家そのもののお取り潰しまではいけなかったか、ちっ。
「ふふ、コニー姉ちゃん、悪い顔してるな」
ルカの笑顔に癒される。
「先代のエドワーズ伯爵、つまり君のお祖父様はご健在だからね。長男ご夫婦であるエドワーズ伯爵ご夫妻が船旅中の事故で行方不明になり、必死でお二人の捜索してる最中、次男ご夫婦が大変なことをしでかしたんで、大慌てて王都に戻っていらしたよ」
なるほど、それならアデリーヌ様も心強かろう。
私にとっては、一度も会ったことのないお祖父様など、他人よりも他人だけどね。
「あと、アデリーヌ様が、あの婚約者に何もされてないかって心配してました」
相変わらずアデリーヌ様は良い人過ぎるな。
家を乗っ取りに来た叔父一家の娘なんて、断罪まっしぐらのゴミよりのゴミなのに。
「大丈夫、何もされてませんよ。婚約出来たらいっぱいしようね!って言って、手を出そうとしてくるたびに、実父の隠してたエロ本を一冊ずつ渡していたし」
私の返事にルカが大笑いして、四角いメガネのお兄さんは「エロ本!?」って顔が真っ赤になってる。
純情か。
「あと数日待ってくれれば、ここから出してあげられるから。もう少し我慢してほしい」
真面目な四角いメガネのお兄さんは真剣にそう言うけど、私は首を振って言った。
「いえ、ここかなり快適なので、そんな急がなくていいです」
ルカがまた笑い、四角いメガネのお兄さんはびっくりしてた。
この時の私は、意外とすぐにここから出ることになることを知らない。
そして、私を迎えに来たアデリーヌ様には泣きながら抱きしめられてびっくりしたり、一緒にいた私たちのお祖父さまが、私が孤児院にいた頃たまに遊びに来て優しくしてくれた、金持ちのエディおじいさんだったと知って涙があふれたりすることも、知らなかった。
なんならその後、子爵家の立て直しに奔走することになって、四角いメガネのお兄さんが手伝いながらわかりにくくアプローチしてきたり、王子殿下にいつの間にかおもしれー女枠として認識されてて、これまたわかりにくく口説かれたり、再建された孤児院を訪れて、家族立ち位置のルカにいっぱい甘やかされてドキドキしたりするなんてことも、全く知らなかったのだった。




