突然の森、突然のエルフ
唐突だが、俺こと富山城主・佐々成政は登山の最中である。
別に登山が趣味という訳では無い。
戦に備えた甲冑姿で、家臣たちとともに富山から立山・飛騨を抜けて、浜松に向かおうとしている。
季節は真冬で、当然ながら極寒の雪山である。
大嫌いな羽柴秀吉を相手に一緒に戦っていた同盟相手の徳川家康が、秀吉と和睦をするというので、それを止めに行くのだ。
しかし、寒い。寒すぎる。
家臣も唇を紫にしながら震えてるし、進もうにも吹雪で前が全く見えない。
やっぱ、やめとけばよかったかなあ。
でも、サルに頭下げるのは嫌だしなあ。
そんな事を考えながら少しずつ雪の中を進んでいると、片足が雪に埋もれる。
何とか足を抜こうとするが、抜けないどころか、次第に雪に沈んでいく。
これはまずい、と思っていると、ズボッと体全体が雪に飲み込まれ、どんどん雪の谷へ落ちてゆく。
「殿ー!」と家臣たちが叫ぶ声が次第に遠くなる。
折角生き延びてきたのに最期はこんな死に方かよ、ついてねえなあ、等と考えながら、俺の意識は途切れた。
◆◇◆◇
やがて、小鳥たちの囀りが聞こえ、木漏れ日が顔に当たる。
仰向けになりながら薄目を開けると、そこは深い森の中だった。
木々が生い茂り、初めて見る花がそこかしこに咲いている。
成程、これが基督教の宣教師たちが言っていた死後の世界かと勝手に納得する。
自分の姿を手探りで確認すると、行軍中そのままの状態でここに来たらしく、具足や太刀、鉄砲まで全てフル装備だった。
具足もそうだけど、太刀とか鉄砲ってものすごく重いんだよね。
もう少し身軽な格好が良かったな、どうせ死んでるんだし。
そんな事を考えていると、どこからか絹を裂くような悲鳴が聞こえる。
そんなには遠くないはずだ。
木々を掻き分けながら声の主を探すと、角が3つ生えた猪のような獣に、少女が襲われている。
見ると彼女は既に衣服を牙で裂かれ、あられもない姿になっているではないか。
まずい。太刀を持って駆けつけても間に合わない。
俺は、腰から鉄砲を外し、弾と弾薬を入れ、火縄に着火し、火蓋を切る。
猪のような獣の眉間に照準を合わせると、引き金を引いた。
ズドン、という音が響き、小鳥達が驚いて飛び去る。
猪(のような獣)は硬直すると、横倒しに倒れ、動かなくなった。
伊達に織田家の鉄砲奉行を務めていた訳では無い。
俺は、鉄砲については一家言あるのだ。
そして、少女の安否を確かめるために俺は彼女の方へ歩み寄る。
遠巻きに見ていたから分からなかったが、金色の髪に碧色の瞳を持ち、白く透き通るような肌をしている。
美しい、というのが率直な感想だった。
日の本の女とは比べようもない。
強いて言うなら南蛮人の女に似ているが、及ぶべくもない。
しばらく見とれていたが、我に返り、努めて武士らしく声を掛けた。
「娘、大事はないか」
決まった。
これは絶対俺に惚れるだろ。
しかし、その麗しい唇から返ってきた返答は予想外だった。
「誰も助けてなんて言ってないわ。
穢らわしい人間が、私に近寄らないで」
百年の恋も一瞬で吹き飛んだ。
俺は、元来気が短いことは自覚している。
若い頃と比べたら、随分我慢も効くようになった。
だが、今回は俺のキャパシティを遥かに超えている。
思わず、太刀の柄に手を掛けるが、ギリギリのところで踏みとどまる。
「神聖なるエルフの森を許可なく踏み荒らすなんて、やはり人間は下劣極まりないわね」
落ち着け。こんな小娘を手に掛けたとあっては武士の名折れだ。
何とか理性で刀を抜こうとする右腕を抑え込む。
「まあ、貧弱な腕と体でありながら私を魔物から助けようとしたその意気込みだけは評価するわ。
今回は見逃してあげるから、早くここから立ち去りなさい」
そう言い残すと、少女は去っていった。
俺は、顔を真っ赤にして立ち尽くした。
頭に血が上りきっているのが分かる。
少女が立ち去ると、「クソ」と何度も連呼しながら森の木々を刀で滅多切りにし、何とか溜飲を下ろした。
これによって枝と木の葉を大量に手に入れた俺は、簡素と言うにもあまりに簡素な小屋を建てた。
食事は、先ほどの猪(のような獣)がある。
よく見るとこの猪、角だけではなく目も3つある。
正直気味が悪いが、贅沢は言っていられない。
小刀で分厚い革を剥ぐと、脂肪たっぷりの肉が現れた。
火を起こし、肉を塊から少し外すと、小刀に刺し、そのまま火で炙る。
肉の焼ける、香ばしい香りが周囲に立ち込め、齧り付いた。
うん、味は猪と比べても遜色ない。
これだけの肉があれば、しばらく食料には困らないだろう。
腹が膨れたら今度は眠くなってきた。
具足を外すと、太刀と鉄砲だけ傍らに置いて小屋に潜り込む。
色々あって疲れていたのもあってか、すぐに寝入ってしまった。
しかし、この時、先ほどの少女が離れた木の陰からこちらを窺っていることなど、俺は知る由もなかった。




