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異世界金融再建録 ― 税と貨幣と黙認の王国 ―  作者: しずか


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6

第6話|ギルドは何を恐れるか

(時系列:クズ市成立から約1年後/クレド13歳)

 王都商業ギルドの会議室は、いつも古い。

 古い紙。古い埃。古い油。

 扉を閉めれば、外の光は薄い窓硝子で濁り、昼のはずの空気は夕刻のように沈む。棚に詰められた帳簿は皮表紙の匂いを吐き、机の上の燭台は、火を点ける前から煤の影を落としている。

 ここは、市場の心臓であり、同時に棺桶でもある。

 円卓に並ぶ幹部たちは、誰も怒鳴らなかった。声を荒げるのは、まだ相場が人のものだと信じられる者だけだ。彼らの前にあるのは、怒鳴っても動かないものだった。

 最年長の幹部――ベルンハルトが、紙束を二本の指で摘まみ上げた。

 手袋はしていない。彼の指先は、真っ黒だ。銀粉とインクと、信用の滓が、皮膚の溝に染み込んで落ちない。


 「安売りではない」

 低い声が、壁の石に吸い込まれる。

 「値崩れでもない。奪い合いでもない」

 彼は、紙束の一枚目を机に広げた。取引の写し。欄が少ない。余白が多い。

 「問題は、“相場”が立たないことだ」

 若い幹部が、喉を鳴らした。

 「相場は立っています。噂によれば、銀は——」


 ベルンハルトは首を振った。

 「相場とは価格のことではない」

 彼は、円卓の中央に置かれた秤を指した。秤は、ここでは象徴だ。金属の重さではなく、迷いの重さを測る道具。


 「商売は摩擦だ」

 その言葉は、祈りのように静かだった。


 「売り手が迷う。買い手が疑う。信用が揺れる。時間が伸びる。そこに熱が生まれる」

 ベルンハルトは、指先で紙の端を撫でる。乾いた音。

 「我々の手数料は、その摩擦熱の上に生きている。迷いの間に、利益が生まれる」

 誰も頷けなかった。頷けば、自分たちの終わりを認めることになる。

 ベルンハルトは紙束の次を開く。


 「だが、あそこには摩擦がない」

 言い方は淡々としていた。淡々としているほどに恐ろしい。

 「迷いがない。疑いがない。値切りがない。信用供与がない」

 別の幹部が、口の端を硬くした。

 「……それは良い取引では?」

 ベルンハルトは笑わなかった。

 「熱のない取引は、死体と同じだ」


 彼は紙の一節を読み上げる。

 「『酒も飲まず、世間話もせず、顔色も窺わない』」

 次の行。

 「『ただ荷が置かれ、銀が渡され、終わる』」

 さらに次。

 「『まるで機械である』」


 会議室の空気が、ひとつ冷えた。

 クズ市の報告書は、交易の記録であるはずなのに、人間の臭いがしなかった。

 荷が置かれる。

 銀が渡る。

 終わる。

 そこにあるべきは、駆け引きだ。嘘だ。笑いだ。恨みだ。――摩擦だ。

 それがない。


 「我々は、商売をしていない」

 ベルンハルトは言った。


 「我々は、“摩擦”を売っている。秩序の名で、遅さを売り、迷いを売り、信用の時間差を売っている」

 誰かが息を飲む。


 「だが、あそこは——」

 ベルンハルトは続けた。


 「あそこは、摩擦を剥がした。裸の交換だけがある。生身の商いの皮を剥いだ骨格だけがある」

 机の上の燭台に火が点いた。誰かが勝手に点けたのではない。暗くなっていることに気づいた者が、無意識に灯りを求めただけだ。

 灯りが増えても、部屋は明るくならなかった。


 「潰せばいい」

 若い幹部が言う。声は強いが、根は薄い。


 「無許可市場だ。闇市だと訴えれば——」

 「理由がない」

 ベルンハルトの声が、刃物のように落ちた。

 「不正の証拠がない。密輸の証拠がない。暴力の証拠がない」

 彼は紙束の末尾を叩く。

 「税が、増えている」

 その一言で、古い権威が、息を詰めた。

 王都にとって、税は神だ。神の前では、ギルドも慣習も膝をつく。


 「我々は“秩序”を名乗っているが」

 ベルンハルトは言った。

 「王都が欲しいのは秩序ではない。金だ。金が揃うなら、秩序は沈黙する」

 その沈黙が、いま会議室の壁に染みついている。

 扉の外で足音が止まった。

 使いの者が、そっと顔を覗かせる。


 「ヴァルデン領主レオンハルトより、書状です」

 封蝋は新しい。刻印は深い。紙は乾いている。王都の空気より、よほど乾いていた。

 ベルンハルトが封を切り、読み下す。

 書状の内容は、短い。

 ――本年分、および向こう三年間の予定納税分を、全額金貨にて納付済みなり。

 机の上の誰かの指が、ぴくりと動いた。

 声が出ない。

 予定納税。

 それは、税を払う宣言ではない。王都の未来を先払いする宣告だ。

 ベルンハルトの目が、紙の上で止まったまま動かない。

 彼は理解した。

 この書状が意味するのは、単なる忠誠ではない。

 キャッシュフローの暴力だ。

 ギルドが何年もかけて繋いできた信用の鎖を、金貨の重量で引きちぎる力。

 王都の財布を、正面から握ってしまう力。


 「……入り込む隙がない」

 誰かが、やっと声を絞り出した。

 政治は、隙間に宿る。融資の遅れ、徴収の不足、物資の滞留。そこに仲介が生まれ、取引が生まれ、恩が生まれる。

 だが三年分が前払いされた瞬間、隙間は塞がる。

 恩を売る場所が消える。


 「少年がやったのか」

 若い幹部が呟く。自分を落ち着かせるための言葉だった。

 ベルンハルトは首を振った。

 「少年は、ただの媒介だ」

 彼の声は静かだった。静かな絶望だった。

 「我々が恐れているのは、人ではない」

 紙の上に落ちた燭の光が、文字を白く浮かせる。

 「条件だ」


 ベルンハルトは言った。

 「人を前提にしない条件が、動いている。人間の迷いを踏み台にしない条件が——」

 彼は言葉を切った。

 その先を言えば、ギルドは本当に死ぬ。

 死ぬのは市場ではない。

 古い市場の作法だ。

 摩擦を食って生きてきた者たちが、摩擦のない場所で凍える未来だ。

 会議室の古紙と埃と油の匂いが、急に濃くなった。

 権威が窒息しはじめる匂いだった。

 ベルンハルトは、書状をそっと机に置いた。

 触れたくないが、忘れてはいけない。

 そして、誰も言わないまま、全員が同じ結論に辿り着く。


 ——潰し方が、ない。

 ——怪物は、違法ではない。

 ——むしろ、正しい。


 ベルンハルトは、ただ一度だけ、深く息を吐いた。

 その息は、燭火を揺らすほどの熱も持たなかった。

 彼は悟っていた。

 新しい時代が来る。

 それは革命でも戦争でもない。

 ただ、摩擦が消える。

 そして、摩擦で食ってきた者から、順に死ぬ。



 王都税務局のさらに奥、扉が二つ、石の廊下を隔てて並ぶ区画がある。

 そこは「会議室」と呼ばれていたが、実際は祈りの間に近かった。誰も祈らない。ただ、数字だけが祀られている。

 窓はない。

 光は、壁に埋め込まれた燭台の火でしか入らない。昼か夜かは関係がない。石は季節を覚えない。時刻は帳簿が決める。

 石壁は厚い。厚さがある、というより、重さがある。

 何百年分もの嘆きが吸い込まれている。徴税吏の靴底に付いた泥、納税人の口から漏れた言い訳、帳場で破られた紙、乾く前に滲んだインク。そういうものが石の肌理に染みつき、乾いて、また次の年の湿りを受け入れてきた。

 この部屋に「正義」はない。

 あるのは計算だけだ。

 正義は議場に置いてくるものだ。ここに持ち込めば、石がそれを砕く。

 長卓の中央に、帳簿が一冊置かれていた。

 ヴァルデン領。

 革表紙は妙に均一で、縫い目の間隔まで揃っている。角は欠けず、擦れもない。付箋がない。赤線もない。油染みもない。

 それは、帳簿というより——異物だった。

 会議室の空気は古紙と埃と油の匂いで満ちているのに、その一冊だけは匂いが薄い。インクの匂いさえ、しないように見えた。

 ハインリヒは、帳簿を開かなかった。

 開く前から、内容は知っている。知っているのに、目が離せない。人が見てはいけないものを、見てしまったときの視線だった。


 「美しい」

 言葉は、彼の口から落ちた。

 誰にも向けられていない。


 「……だからこそ、人間味がなく、気味が悪い」

 隣に座る監査官補佐が、手元の薄い報告書を一枚ずつめくっていた。紙の擦れる音が、石に吸われて消える。


 「違法性はありません」

 それは結論ではなく、事実だった。

 「税額は正確。納期は前倒し。金貨の品位は揃い、重量も均一。輸送経路は申告通り。検査印の順序にも矛盾なし」

 「帳簿としては、理想だ」

 ハインリヒは言った。

 理想。

 税務官僚が口にするとき、その語は皮肉にならない。理想とは、現場から血を抜いた形のことだ。

 若い書記が、椅子の上で背筋を伸ばした。

 まだ汗の匂いがある世代だった。


 「問題がないのなら、なぜ——」

 ハインリヒは、帳簿の背を指でなぞった。

 革が鳴らない。爪が滑らない。皮が生き物の痕跡を拒む。

 「良すぎるからだ」

 静寂が落ちた。

 静寂は、合意よりも重い。

 誰も反対しない。誰も賛成しない。ただ、部屋が沈む。

 税務とは、本来、ズレの学問だ。

 一日の遅れ。銅貨の削れ。袋の破れ。運び手の怠慢。盗賊の夜。嵐の道。権利の綻び。言い訳の紙片。

 そうした無秩序——エントロピーを前提にして、国家の血を集める。

 それが、この帳簿にはない。

 ズレがない。

 欠けがない。

 言い訳がない。

 無秩序が存在しない。

 それは、正常ではあり得ない。


 「この帳簿には、汗ではなく、論理が染み込んでいる」

 ハインリヒの声は乾いていた。

 監査官補佐が、視線を落とした。

 「……仕組み、ですね」

 「そうだ」

 ハインリヒは頷く。


 「人間の揺らぎを前提にしない仕組みだ」

 言葉の端に、冷えた刃が立つ。

 この国の税は、盗賊に奪われ、領主にねじ曲げられ、商人に運ばれ、民に絞られ、最後にここへ来る。

 途中で必ず汚れる。

 汚れない税は、税ではない。

 だからこそ、これは異物だった。

 そこへ、別の官僚が、資料を一枚差し入れた。

 薄い紙だが、封蝋の痕が重い。


 「商業ギルドの件です」

 ハインリヒは目線だけで受け取る。

 文面は整っている。だが、行間が荒れていた。筆圧が強い。焦りが紙に残る。


 「……焦っているな」

 彼は淡々と言った。


 「潰そうとして、理由が見つからない」

 監査官補佐が補足する。

 「訴状の草案が回っています。無許可市場、相場攪乱、慣習破壊。いずれも立証が難しく、現行の法令には噛み合いません」

 若い書記が言う。

 「ギルドは秩序を担ってきました。王都の商いを——」

 ハインリヒは、首を振った。

 「慣習は法ではない」

 石壁がその言葉を受け、反響を返さない。

 「それに、我々が守るのは秩序ではない」

 彼は続けた。


 「税だ」

 沈黙が、また沈む。

 国家の血。

 税務局の職員が扱うのは金ではない。血流だ。止めれば、国体が壊死する。

 監査官補佐が問いを置いた。

 「介入しますか」

 問いは短い。短いほどに、ここでは重い。

 ハインリヒは帳簿を開かないまま、しばらく目を落とした。

 計算の余地。

 制度の余地。

 政治の余地。

 そのどれもが、この一冊の前では薄かった。


 「止める理由がないものを止めるのは、政治だ」

 彼は言った。

 「だが、止めれば税が詰まる」

 税が詰まる。

 それは議論ではない。災厄の予告だ。

 すでにヴァルデン領からは、本年分に加え、向こう三年分の予定納税が金貨で入っている。王都の金庫は、久しく忘れていた“余白”を得た。

 余白は甘美だ。

 そして、麻薬だ。

 若い書記が、言葉を選びながら口を開いた。


 「……ギルドを、どう扱うべきでしょう」

 ハインリヒは、しばらく黙った。

 黙ることが、この部屋では答えになる。


 「国家に友人はいない」

 彼は、ようやく言った。


 「あるのは利害だけだ」

 それは残酷な断言ではない。税務官僚にとっては、常識の確認だった。


 「ギルドは、これまで利害だった」

 「信用を繋ぎ、相場を立て、徴税の流れを補助した。だから、黙認されてきた」

 「だが——」

 ハインリヒの視線が、帳簿に戻る。


 「いま、この帳簿が利害になった」

 言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が変わる。

 古い友を切る。

 新しい血を選ぶ。

 それは冷酷ではない。組織の生存本能だ。

 監査官補佐が言う。


 「黙認する、ということですね」

 ハインリヒは、首を横に振った。


 「見て見ぬふりをするのではない」

 彼は言い直した。

 「見届けるのだ」

 静寂が、合意よりも重い。

 それが、この部屋の決裁だった。


 「記録を残す。監査を続ける。数字が崩れた瞬間だけ、触る」

 「ギルドの訴えは、慣習の範囲で扱う。法の席には上げない」

 「ただし——」

 ハインリヒは、視線を上げた。


 「税に触れた瞬間、こちらが出る」

 それが聖域の境界線だった。

 若い書記が、唾を飲み込む。

 彼は理解した。黙認とは、何もしないことではない。

 怪物に餌を与え続けることだ。

 税という餌を、これからも流し続ける。

 餌を止めれば国が死ぬ。だから餌をやる。

 それが共犯という言葉に近いと、誰も口にしない。口にすれば、石壁がそれを記録してしまう。

 ハインリヒは立ち上がった。

 帳簿を両手で持ち上げる。

 重い。

 紙の重さではない。余白の無さの重さだ。無秩序の不在が、重量になる。

 彼は棚の最奥へ歩き、帳簿を戻した。

 そこは、触れにくい場所ではない。

 歴史を収める場所だ。

 戻す動作は、仕事ではなく儀式に見えた。

 棺に蓋をするように。

 過去の作法を閉じ込め、未来の不可逆に封をするように。

 ハインリヒは、棚に手を置いたまま、言った。


 「覚えておけ」

 声は小さい。だが、石はそれを逃がさない。

 「これは事件ではない」

 一拍。


 「時代だ」

 その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一段、冷えた。

 誰も頷かない。

 誰も否定しない。

 ただ、税務局という聖域が、静かに合意した。


 ——見届ける。


 それが、国家の決定だった。





 王都の朝は、白かった。

 冬ではない。霧でもない。ただ、光が薄い。雲が低く、石畳に落ちる影が淡い。音が吸われ、声が遠回りをする朝だった。

 商業ギルドの建物から出てくる幹部たちは、外套の裾を揃えて歩いた。革靴の音が、石に吸われる。誰も話さない。吐く息が、わずかに白い。

 王都の大広間は、高い天井を持つ。だが、広さは安心を与えない。光は上から落ち、下へ届くころには温度を失う。柱は人の目線より太く、古い。何世代もの嘆願と却下を受け止めてきた石だ。

 この場所で交わされる言葉は、常に軽い。

 理由は単純だ。重い言葉は、ここまで運ばれない。途中で削られ、磨かれ、計算に変えられる。

 ギルド幹部たちは、所定の位置に並ぶ。正装。徽章。形式は完璧だった。形式だけは。

 ベルンハルトは一歩下がっていた。前に立つのは若い幹部だ。まだ秩序が“守れるもの”だと信じている者の役目だった。


 「我々は、秩序の破壊を看過できない」

 声はよく通る。広間に反響し、天井で折り返す。言葉の輪郭が、磨かれている。

 「無許可市場の存在」

 「相場攪乱」

 「商業慣習の破壊」

 並べられる語句は、どれも長年使われてきたものだ。商業ギルドが国家に自らの存在価値を説明するときの、定型文。


 だが王都側は、身じろぎもしない。

 文官たちは椅子に深く腰掛け、机の上の紙に視線を落としたままだ。議事録係の筆も動かない。誰も否定しない。肯定もしない。

 沈黙が、広間に落ちる。

 沈黙は、否定よりも冷たい。

 ギルドが問題にしているのは、価格そのものではない。

 安売りではない。値崩れでもない。銀の量が減ったわけでもない。

 問題は、“相場が機能しなくなっている”ことだった。

 商売とは、本来、時間と不確実性を扱う仕事だ。

 売り手は迷う。今売るべきか、待つべきか。

 買い手は疑う。この価格が妥当か、明日下がるか。

 その迷いと疑いが交差する時間差に、仲介者の仕事が生まれる。信用供与、手形、口約束。すべては「遅さ」を金に変える装置だ。

 だが、クズ市ではそれが起きない。

 即断即決。

 前金。

 保証付き。

 価格は結果でしかなく、交渉の余地がない。迷う時間が存在しない。

 ギルドにとって、それは市場の死を意味する。

 市場が死ねば、仲介も死ぬ。信用も、相場情報も蓄積されない。

 だから彼らは、それを“秩序の破壊”と呼ぶ。

 だが王都の論理は、別の場所にある。

 王都が見るのは、価格ではない。

 流れだ。

 税の流れ。

 一人の文官が、ようやく口を開いた。

 「税務上の問題点を」

 声は低い。問いではなく、確認だった。

 ギルド代表は、喉を鳴らす。


 「……税に関しては」

 言葉を探す間に、時間が滑り落ちる。


 「むしろ、前倒しで納付されております」

 文官は頷く。


 「金貨で」

 「品位も重量も、規格通り」


 その一文で、議論の余地が消える。

 国家にとって、税は血流だ。価格は末端の体温に過ぎない。

 血が流れている限り、国家は生きている。


 「我々は、秩序を守ってきました」

 ギルド代表が、なおも言葉を重ねる。


 「商業とは、信用とは——」

 「承知している」

 王都側の声は、冷えた金属のようだった。

 「だが、国家が守るのは流れだ」


 一拍置く。

 「止めれば、国が死ぬ」


 光が、柱の影をわずかに伸ばす。

 ベルンハルトは、静かに息を吐いた。白い息が、一瞬だけ見え、すぐに消える。


 「現時点で、違法性は確認されていない」

 文官の声が続く。

 「よって、王都としての介入は行わない」

 それは裁定ではない。

 数字の確認だ。

 「ただし」

 声が落ちる。

 「秩序を理由に、税流を阻害する行為は看過できない」


 刃は振り下ろされない。

 すでに首は落ちている。

 この瞬間、立場は反転する。

 秩序を守る側だったギルドが、国家の血流を妨げる存在になる。

 ベルンハルトは理解していた。

 彼らは負けたのではない。

 役割を失ったのだ。

 広間を出るとき、彼は一度だけ振り返る。

 文官たちは、すでに次の書類を開いている。光は紙の上で止まり、人の顔を照らさない。

 ギルドは、議題から外れた。

 それが、この国における敗北だった。

 石段を降りながら、ベルンハルトは思う。

 秩序とは、守るものではない。

 数字に従属するものだ。

 そして、数字を揃えた者が、秩序を名乗る。

 クズ市の名は、一度も出なかった。

 だが全員が知っていた。

 あの場所は、もはや市場ではない。

 条件だ。

 止められない、条件だ。

 ベルンハルトは、最後に小さく息を吐いた。

 怪物は、吠えない。

 ただ、正しい。


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