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異世界金融再建録 ― 税と貨幣と黙認の王国 ―  作者: しずか


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3/17

プロローグ3

第3話「否決という名の真空」

二〇〇八年九月二十九日、月曜日。午前八時三十分。

東京・大手町。月曜の朝に特有の、わずかな湿気を含んだ空気が高層ビルの谷間に滞留していた。週末という緩衝材を挟んだにもかかわらず、街は回復していない。むしろ、二日分の恐怖が沈殿し、踏み固められたような重さがあった。

ディーリングルームの照明は、いつも通り白い。しかしその白さが、今日はやけに暴力的に感じられる。光は安心を与えるものではない。逃げ場を奪うためのものだ。

鷹司恒一は、まだ誰もいないフロアの中央に立ち、ジャケットを着たまま端末を起動した。椅子に座らない。座れば、身体が「待つ」姿勢になる。今日は待つ日ではない。

モニターに最初に映し出したのは、株価指数ではなかった。CDS、LIBOR、OIS。金曜日の夜から、数字は一段階、深い色に沈んでいる。市場は週末を越えなかった。

午前八時四十五分。ニューヨークからの速報が、静かに走った。

――米下院、金融安定化法案を否決。

文字列は短い。短いが、重い。音もなく、フロアの空気を切断する。

鷹司は画面を見たまま、瞬きを一度だけした。予感が、事実になった瞬間に人は驚かない。驚くのは、希望が裏切られた時だけだ。彼に希望はなかった。


「否決……?」


背後から、誰かの声が落ちた。疑問形だが、問いではない。現実を言葉にして確かめているだけだ。

九月二十九日。月曜日。米国時間ではまだ日曜の夜だが、市場は曜日を選ばない。恐怖に暦はない。

端末の右上で、日経先物が点滅を始めた。売り。売り。売り。価格は階段ではなく、滑り台のように落ちていく。板が薄い。誰も受け止めない。


「……止まらない」


若手の佐伯が、ほとんど独り言のように呟いた。

鷹司は答えない。止まらないのではない。止める主体が存在しないのだ。週末に人は戻らない。信認だけが消え、数字だけが残った。

電話が鳴る。ロンドン。続いてニューヨーク。回線が重なる。


「Margin update. Immediate」


即時。言い換えの余地がない単語だった。

鷹司は受話器を肩に挟み、別の端末で担保一覧を開く。ヘアカット率が、金曜の数値を嘲笑うように書き換えられていく。昨日まで資産だったものが、今朝には数字でなくなっている。


「現金を回せ」


声は低い。だが、フロアの全員に届く音量だった。


「為替、株、関係ない。動くものから切る。動かないものは、もう資産じゃない」


命令ではない。定義だ。資産の定義が、たった一行で書き換えられる。

外では、サイレンの音が遠くに響いた。救急か、警察か、判別できない。だが、東京の朝は、もう日常ではなかった。

ディーリングルームのモニターに、海外市場の動きが重なる。欧州株式市場、軒並み急落。為替は円高へ一方向。キャリーが逆回転を始める。


「円、買われすぎだろ……」


誰かが呟く。だが、その呟きは意味を持たない。理由があろうとなかろうと、円は買われる。返済通貨だからだ。

鷹司は、画面の隅でプットの評価益が膨らむのを見た。黒い数字が増えていく。保険が効くということは、世界が壊れているということだ。

彼は、胸の奥で一度だけ息を整えた。

――来た。

それだけだ。勝ったでも、当たったでもない。ただ、来た。

午前九時。東京市場、寄り付き。

寄るという表現は、もはや適切ではなかった。値段が付いただけだ。付いた瞬間に、壊れた。

売り気配。全面安。指数は数字を失い、速度だけを持つ。

鷹司は椅子に座らず、画面を見続けた。座れば、判断が遅れる。今日は、身体を休ませる日ではない。

誰かが言った。


「これ……リーマンの次だろ」


次。連鎖。言葉は軽い。だが連鎖は、軽く始まる。

鷹司は、その言葉を否定しなかった。

次ではない。続きだ。

この崩壊は、金曜日に始まっている。いや、もっと前だ。信用が疑われた瞬間から、すでに始まっていた。

ディーリングルームに、電話とキーボードの音が重なり、空気が震える。人間の声は減り、機械の音だけが支配的になる。

市場は、人間の手を離れた。

鷹司は、フロア全体を一度だけ見渡した。若い顔、青い顔、無表情な顔。誰もが、数字に殴られている。

彼は、低く言った。


「今日は、英雄はいらない」


誰も応えない。


「生き残れ。それだけだ」

その言葉だけが、朝の白い光の中で、かろうじて意味を持っていた。




「否決という名の真空」

二〇〇八年九月二十九日、月曜日。午前十時四十分(東京時間)。

大手町の空は、奇妙なほど澄んでいた。世界が壊れる朝に限って、天気は無関心だ。台風一過でもないのに、雲の輪郭は過剰なほどくっきりしており、秋の光がガラス張りのビルの谷間に鋭く落ちている。

東京・大手町の外資系ヘッジファンドのディーリングルーム。 照明はいつも通り白く、空調は一定の風量を保っている。だが、人間だけが違っていた。誰もが自分の席に深く沈まず、椅子の縁に腰を掛けたまま、画面との距離を測り続けている。立つ者と座る者の境界が、曖昧になっていた。

鷹司恒一は、中央の通路に立っていた。腕は組まない。組めば思考が閉じる。彼は両腕を自然に垂らし、背筋だけを伸ばしている。視線は一点に定まらない。複数のモニター、複数の時間軸、複数の市場を同時に追うための視線だ。

壁面の大型モニターには、米国議会の映像が映し出されていた。下院本会議。議員たちが着席し、紙をめくり、低いざわめきが続く。字幕が走る。

《U.S. House of Representatives》 《Emergency Economic Stabilization Act》

TARP法案。七千億ドル。不良資産救済。 世界の金融システムの延命装置。


「採決、来るな」


誰かが呟いた。声は願いであり、呪いでもあった。

鷹司は、画面の端に表示されている別の数値を見ていた。VIX。恐怖指数。すでに異常域に片足を突っ込んでいる。だが、まだ跳ね切ってはいない。恐怖は、決定を待っている。

葛城が近づいてきた。ネクタイは締め直され、髪も整えられている。だが、目の奥にある焦点だけが、わずかに揺れていた。


「共和党、造反は出るが……」

言いかけて、言葉を止める。続きを言えば、希望になる。


「否決までは行かない」

それは分析だった。願望ではない。過去の米国政治の統計、ロビイストの動線、選挙区事情。すべてを加味した合理的結論。

鷹司は、ゆっくりと頷いた。


「合理的だ」

葛城の表情が、一瞬だけ緩む。


「だが」

鷹司は、言葉を切った。


「今日は合理性が、票を持っていない」

葛城は反論しなかった。できなかった。

モニターの音声が大きくなる。議長の声。電子掲示板に、票数が刻まれていく。

賛成。 反対。

数字が増えるたびに、ディーリングルームの空気が薄くなる。酸素が、抜けていく。


「……おい」

誰かが言った。

「反対が……」


反対票が、伸びる。予測レンジの上限を、静かに超えていく。

鷹司は、プライムブローカーの画面を見た。マージン。ヘアカット。条件変更。すべてが、まだ“未確定”のままだ。市場は、決断を待っている。


「まだだ」

鷹司は呟いた。


「市場は、否決という言葉を理解していない」

次の瞬間だった。


《RESULTS: YEAS 205, NAYS 228》


否決。

一秒。

ディーリングルームから、音が消えた。歓声も、怒号もない。真空だ。

そして、二秒目。

アラート音。 赤。 赤。 赤。

ダウ先物が、崖から落ちるように滑る。板が消える。消えた板の向こうに、次の板はない。

「売りが……」

誰かの声が裏返る。


「違う」

鷹司は言った。


「売りたい奴はいない。逃げたい奴しかいない」

負のガンマ。

オプションの売り手が、デルタを保つために、先物を売る。 下がれば下がるほど、売らなければならない。

数式が、意思を持った瞬間だった。

追証。 強制換金。 マージンコール。

言葉が追いつく前に、価格が消える。

葛城が、画面を見たまま呟いた。


「……通ると思ってた」

鷹司は、視線を動かさずに答えた。


「通る可能性が高かった。それだけだ」

NYダウ。 ▲500。 ▲600。 ▲700。

史上最大の下げ幅という言葉が、ニュース欄に踊る前に、数字はそれを達成していた。


「佐伯」

鷹司は、声を張らない。


「現金ポジションを確認しろ。今この瞬間の数字だ」

「はい!」


佐伯の声が、震えを含みながらも、即座に返る。

鷹司は、クレジットの画面に切り替えた。

LIBOR-OIS。 さらに、開く。

CDS。 跳ね上がる。

心臓が、完全に止まったことを、世界がようやく理解し始めた。

葛城が、ゆっくりと椅子に座った。座ったというより、崩れ落ちた。


「俺たちは……」

言葉が続かない。


「生き残っている」

鷹司は言った。

「それだけだ」


生き残る。 それは勝利ではない。

だが、この日、この瞬間において、それ以上の成果は存在しなかった。

鷹司は、モニターに映る赤い数字の奔流を見つめながら、静かに確信していた。

これは底ではない。

これは、底に至るために、すべてが一度、真空になる瞬間だ。

そして、この真空を埋められるのは——

政治ではない。 理論でもない。

ただ、無制限の流動性だけだ。

それが来るまで、世界は血を流し続ける。

鷹司は、次の一手を考え始めていた。

時間を、どう買うか。

それだけが、次の章のテーマだった。





「無制限という名の夜明け」

二〇〇八年十月十一日、土曜日。午後七時四十分。

東京・大手町。週末のディーリングルームは、普段よりもさらに無機質な空気を帯びていた。照明は半分落とされ、フロアの奥では清掃員のワゴンが低い音を立てて行き来している。市場は閉じている。だが、世界は閉じていなかった。

鷹司恒一は、自席ではなく窓際の小さなデスクに腰を下ろしていた。ネクタイは外し、シャツの第一ボタンも留めていない。胸郭の奥が、浅く、断続的に痛む。心臓ではない。疲労だ。だが、その区別が曖昧になるほど、身体は限界に近づいていた。

壁のモニターに、ニュース速報が静かに流れる。


「日本、IMFへ最大一千億ドルの融資を表明」


誰も声を上げない。フロアにいる数名のトレーダーは、それぞれの端末に視線を落としたまま、あえてその見出しを読まないふりをしている。週末だ。反応するには早すぎるし、考えるには遅すぎる。

だが、鷹司はその一文から目を離さなかった。

一千億ドル。

金額の大きさではない。向きだ、と彼は思った。国内ではない。米国でもない。IMFという、国境の外側に向けた矢印。

鷹司は、独り言のように呟いた。


「……手付金だ」


隣のデスクで端末を閉じていた葛城が、顔を上げる。


「何だって?」と、葛城は尋ねた。

「救済じゃない」鷹司は、言葉を選ばずに続けた。「これは手付金だ。新興国を抑えるための」

葛城は眉を寄せた。


「また日本がATM扱いされた、って話じゃないのか」

「違う」鷹司は首を振った。


「裏口を塞いだんだ。新興国という裏口を、日本が金で塞いだ。だから、正面の敵だけを見て戦える」

葛城は、しばらく黙っていた。週末の空気が、二人の間に沈む。


「……つまり」葛城が慎重に言葉を選ぶ。「週明け、中央銀行が本気で来ると?」

鷹司は頷いた。


「枠を外す」

その言葉は、誰にも向けられていない。だが、言葉が空気を切った。


「上限付きのスワップは、もう意味がない。椅子取りゲームは終わらせるしかない」

葛城は、窓の外に目を向けた。夜の大手町は、静まり返っている。

「……それができるのか」


「やらなきゃ終わる」鷹司は静かに答えた。「中川は、そのための時間を買った」


その名を口にした瞬間、鷹司の脳裏に、記者会見で見た中川昭一の瞬きが蘇る。眠っていない人間の、短く、焦点の合わない瞬き。身体の限界と引き換えに、政治家が市場に差し出したもの。

「高い席料だ」葛城が呟く。

「安い」鷹司は即答した。


「世界恐慌を書き換えられるなら、安い」




二〇〇八年十月十三日、月曜日。午前六時四十分。

週明けのディーリングルームは、夜明け前の緊張に包まれていた。全員が席にいる。だが、誰も喋らない。モニターに表示されるのは、共同声明の速報だった。

FRB、ECB、日本銀行、イングランド銀行。

数行下に、その単語があった。


「Unlimited」


鷹司は、呼吸が一瞬止まるのを感じた。

繋がった。

中川構想。IMF。裏口封鎖。正面突破。

「枠を外させたんだ」鷹司は、誰にともなく呟いた。


「政治生命と十兆円を人質にして」


葛城が、モニターから目を離さずに言った。


「……言い訳は、もうできないな」

「させなかった」鷹司は答えた。「それが防波堤だ」

市場は、まだ反応していない。だが、空気が変わった。誰もが同時に理解した。必要なだけ刷る、という宣言は、恐怖そのものを殺す。


午前九時。

市場が開く。

ボラティリティが、崩れるように落ちていく。恐怖指数が、音もなく沈む。プット・オプションの価格が、急速に痩せていく。

「ヘッジを外せ」鷹司は、明確に指示を出した。「これからは管理相場だ」


佐伯が、確認するように問い返す。

「全部、ですか」

「全部だ」鷹司は答えた。「中央銀行が、最後の買い手になる」

それは勝利ではない。集中治療室のモニターが、正常値に戻る音に似ていた。




午前十時半。喫煙所。

葛城が煙を吐きながら言った。

「日本のおかげで、世界は助かったな」

「誰もそうは言わない」鷹司は答えた。

「構わないさ」葛城が肩をすくめる。「防波堤ってのは、そういうもんだ」

鷹司は、しばらく黙っていた。中川昭一の顔が、脳裏に浮かぶ。


「あんたは時間を買った」鷹司は、心の中で語りかける。「俺たちは命を拾った」


だが、その代償を払うのは誰か。

答えは、分かっていた。

防波堤は、いつも泥を被る。

鷹司は、煙草を消した。胸の奥に、妙な空白が広がっていく。勝った実感はない。ただ、生き残ったという事実だけが、冷たく残っている。

窓の外で、朝の光がビルの隙間に差し込む。夜明けだ。だが、それは祝祭の光ではない。

管理された平和の始まり。

鷹司は、ゆっくりと席に戻った。その背中に、誰も声をかけない。

この数年後、彼がこの世界を去ることを、まだ誰も知らない。

ただ一つ確かなのは、崩壊を防ぎ、次の一日を繋ぐという流儀が、彼の中に深く刻まれたということだった。

そして、その流儀は――やがて、別の世界で、別の形を取る。

夜明けは、終わりではない。

ただの、始まりだ。




官邸・非公開閣僚会議室。

深夜を回っていた。窓の外の永田町は、昼間の喧騒を嘘のように沈黙している。照明は落とされ、長机の上に置かれた資料だけが、白い光を反射していた。勝利を祝う酒も、拍手もない。あるのは、紙の重みだけだ。

麻生太郎は、資料の束に目を落としたまま、しばらく黙っていた。誰も急かさない。急げば壊れることを、ここにいる全員が知っていた。


「……世界は静かになったな」


誰に言うでもなく、麻生が口を開いた。声は低く、乾いている。


「株は戻った。為替も落ち着いた。銀行間の金利も、数字の上ではな」


“数字の上では”という言葉が、部屋の空気を重くする。

中川昭一は椅子に深く腰を下ろし、指先で資料の端をなぞっていた。そこに並んでいるのは、政策の名前ではない。空売り規制の条文案、政府系機関への売却停止通達、預金保護の再確認文、日銀との共同オペ資料、IMF向け融資枠の数字。

どれも、選挙のポスターには載らない。


「売らせなかっただけです」


中川が言った。


「買ったわけじゃない。金を出したわけでもない。ただ――売るな、と命じただけだ」


金融担当大臣の声は、疲労でかすれているが、言葉は正確だった。


「空売りを止めた。裸は潰した。貸株の動きを縛った。政府系も年金も、株を売るなと止めた。値段を支えたんじゃない。値段が消えるのを止めただけです」

財務官僚の一人が、思わず息を吸う。


「市場原理を壊した、と言われるでしょうな」

麻生は口の端だけで笑った。

「壊れてたんだよ、もう。原理が機能してりゃ、あんな速度で値段は蒸発しない」

中川が続ける。

「本当の狙いは、時間です。市場じゃない。政治の時間を買った。米国が議会を通す時間、欧州が銀行をまとめる時間、その間、日本が盾になる」

誰も反論しない。全員が理解していた。IMFへの融資枠――あれは慈善でも、忠誠でもない。


「裏口を塞いだんだ」

麻生が言った。

「新興国が倒れりゃ、次は本丸だ。日本が金を置いたのは、連中に“逃げ道はない”と示すためだ」

沈黙が落ちる。

その沈黙の中で、誰かが“請求書”という言葉を思い浮かべていた。

「国内じゃ、どうなる」


麻生が視線を上げた。

中川は即答しなかった。代わりに、資料の一番上に置かれた世論調査の紙を指で叩く。

「叩かれます。必ず。『なぜ外国を救った』『なぜ日本の金を使った』と」

「空売り規制もな」

「市場操作だと」

二人の言葉が重なる。


麻生は椅子にもたれ、天井を見た。

「英雄はいらん」

低い声だった。

「必要なのは、静かな請求書を引き受ける役だ」

中川は、ゆっくりと頷いた。

「世界を救った代償は、国内で払う。そういう役回りです」

誰もが、その“国内”が何を意味するか分かっていた。選挙。支持率。責任。スキャンダル。歴史の評価。


官僚の一人が、言葉を選びながら口を開く。

「……政治生命への影響は」

麻生は、即答した。

「織り込み済みだ」

中川は、苦く笑った。

「時間を買う仕事に、感謝はつきません」

机の上の資料が、静かに片付けられていく。世界を救った痕跡は、すべて紙の中に押し込められる。



こうして、世界は“安定”した。

無制限供給という名のモルヒネが、市場に打ち込まれた。痛みは消えた。悲鳴も止んだ。だが、それは治癒ではない。神経を麻痺させただけだ。

価格は存在するが、意味を失った。リスクは消えたのではなく、中央銀行のバランスシートに移された。市場は生き延びたが、自力で立つ力を削られた。

それを一番よく知っていたのは、救った者たち自身だった。


その夜、誰にも祝われない決断が、静かに世界を繋いだ。

そして同じ夜、遠く大手町の片隅で、鷹司恒一はモニターを閉じ、椅子に深く身を沈めていた。

時間を買う者は、必ず何かを削る。

彼は、それを知りすぎていた。

次に目を開けた時――

そこが、同じ世界である保証は、もうどこにもなかった。



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