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36.冥利

各テーブルをめぐって彼らがあいさつにやってくる。当たり前に全国ツアーをしてる彼らがこんなに近くに。とりあえず、髪や衣服を手早く整え、今か今かと待っていた。

「「「ありがとうございました」」」

「こちらこそ、昨日も今日もとてもよかったです」

「昨日も来てくれてたんですね、ありがとうございます」

「特に今日の最後の新曲は、素敵で」

「まだ、固まり切ってないので、このまま出すかはまだ悩んでるんですけどね。でも、喜んでもらえてうれしいです」

「あの、あたし学生のときからファンで、最初のころのオカルトのやつも好きだったんですけど…」

言うやケンさんとカズさんが大爆笑した。

「お前ら笑うな。そんな昔から?うれしいなあ。握手させてもらってもいい?」

「いいんですか?喜んで!」

意気込みすぎたのか「力、強いですね」と言われてしまった。


「ところで、間違っていたら申し訳ないんですが。ウェイトレスさんですか?」とカズさんに尋ねられた。

「…はぃ…」

「ええ?本当だ、ウェイトレスさんだ!」

「いままで全然気づきませんでした。昔は大変お世話になりました」

「いえいえ、いつもご利用いただいてありがとうございました」

そろそろとマネージャーが口添えするのが見えた。

「これからも夫ともども応援してます」

「ありがとうございます。旦那さんも、今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします」


行ってしまった。

その後も各テーブルから懐かしみ、思い出を語る声が聞こえてくる。帰ってきたのだと実感した。

ライブハウスを出るときには各自に紙袋一杯のグッズがお土産として用意されていた。


後日マスターからメールで呼び出しを受けた。帰宅途中によると「はいこれ」と包みを渡された。

中には「ウェイトレスの○○さんへ」と私の名前入りサイン色紙とDVDが入っていた。

「お客皆さんが帰った後もあなたのことが話題になってね。うちのテープやビデオをダビングした話とかもしてたのよ。そうしたら、こないだのライブ映像も『どうぞ』って。素材用にいくつかのカメラで撮ってたんだけど、正面カメラからの固定映像をその場でマネージャーさんに確認して、スタッフがさっさとコピーしてくれたの。ケースにサインもしてたわよ。日付とクレジットも彼らの手書き。うちのコースターにメッセージも書いてたわね。うらやましいわ。後、『申し訳ないけど喫茶店にも色紙を届けて欲しいです』って。お願いしてもいいかしら」

「はい、どうぞ」と手渡された。

天にも昇るとはこんな心持ちかと思った。

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