30.点火
「じゃあ、いくつか適当に」
彼は暮れなずむ街を背に、椅子に腰かけ、ギターを抱えた。
テープで聞いたのとは少し違う。
「弾き語り用に、アレンジしてるんですよ」と、メガネのケンさんが言う。
バンド用に編曲したものをそのままギターパートだけで演奏するとどうしても音が薄くなるらしい。
演奏する彼には先ほどまでのオドオドとした雰囲気はなく、心持ち大きく見えた。
「この曲はもともと、古代ムー大陸にあった超古代文明のことを歌っていたんですが…」
ちょっと何を言っているかわからない。
ケンさんカズさんは大笑いしている。
彼は再度正面から私を見たあと、深呼吸をした。
「次は井上陽水さんの少年時代です」
私は聞いたことはなかったが、父や母、姉は喜んでいた。
「どうしてもオリジナルばかりだと、聞き手が離れちゃいますからね。あいつなりにお父さんやお母さんに気を遣ってるんでしょうね」
くくくっと笑いながら「あいつも気に入られようと、必死ってことです」とカズさんも言う。
その後も数曲彼の演奏は続いた。
「ヒューヒュー、お姉ちゃん妬けちゃうよ」
演奏を終え、拍手を送りながら姉が冷やかす。
気付いたが、これは公開処刑では?
頬から耳が熱くなる。
先ほどの態度は鳴りを潜め、とたんにたじろぐ彼。あなたももっと堂々としていなさいよ。
席に戻ってきた彼が「どうでしたか?」と、聞いてきた。
ニヤける姉を一睨みしつつ、まっすぐ彼を見つめた。
「すごく、素敵でした。ありがとうございます。こんな風に演奏が聴けてとてもうれしいです」
ケンとカズが両側からバンバン背中をたたいてくる。痛えわ!
シオリさんやエリカやマキがキャーキャー言ってる。彼女はまたシオリさんをにらんでいる。
直接聞いてもらえた。
喜んでもらえた。
それだけで満足だ。
パッと煌めき、ドンと響く。花火が打ちあがった。




