12.挨拶
「昨日越してきましたGと言います。これからどうぞよろしく」
しばらく前から隣の空き家が工事をしていたかと思っていたら、突然老人が挨拶にやってきた。耐震化?内装工事?見た目の変わらない工事に興味を持ちつつも、こんな工事をするのだから若い夫婦が越してくるものと思っていた。
「あらあら、ご丁寧に…」
引き戸を開けて挨拶を返したが、その先声が出ない。
私は彼を知っている。
「元々、この辺りの出でして。余生は地元で静かにと思っていたものでして」
黙る私に彼はなんでも無い挨拶をしている。
この声を聞き間違えるはずがない。彼の声だ。何度も聞いた、いや聞いている。
孫からは「へ~。ばあちゃん、こんなのも聞くんだ」とからかわれるが、棚には彼の作品が並んでいる。
「あ、はい。よろしくお願いします。町内会長さんの家は向かいの右手に…あ、ちょうどゴミ捨てに行くところだわ。会長さーん。新しく越してきた人よ~」
「わざわざすいません。では、会長さんにもご挨拶してきます。よろしくお願いします。コレつまらないものですが」
「あらあら、すいません。こちらこそ末永くよろしくお願いします。」
変な返事になってしまった。彼は笑いながら、会長の方へ走って行く。地味なシャツに、短パンにサンダル。でも彼だ。彼が隣人になったのだ。しばらく後、名前を伝え忘れたと気づいた。




