1.墓前
老爺が墓の前で手を合わせている。
早朝の墓地に線香の匂いが漂っている。
目を開きしばらく墓石を眺めたかと思うと、バケツを片手に立ち上がり駐輪場に歩き出す。
前籠にバケツを掘り込むや、スタンドを蹴り、サドルに跨りペダルを踏み込む。
シャーッ、ギシギシと自転車は坂を下っていく。
老爺の1日の始まりで終わりの時間だ。
「Gさん!今日の公民館来るでしょう?」
坂の下でババアが声をかけてきた。
要領を得ない話の多いババアだが、日頃から何かにつけて声をかけてくる。
親しい連中があの世に行った今となっては、なんだかんだ言って会話できる数少ない知り合いの1人だ。
「今日何かありましたか?」
「やだ、今日なパワーランチですよ。楽しみねー。来るでしょう?」
忘れてた。
今日は水曜日だったか。
毎週水曜の昼はパワーランチの会と称する、年寄りが集まって昼飯を食う日だ。
なんの意味もない会話がやたら人間であることを押し付けてくる。
別に不快感はないが、目的もなく話し、頷くのが面倒だ。
ただ、飯はなかなか洒落たものもあり、自分なら絶対作らない食い物は楽しみでもある。
まあ、ありきたりな老人の週一のイベントだ。
「何時からでしたっけ?」
「あらやだ!ボケるには早いわよ。11時からよ、11時。迎えに行きましようか。」
「そうだった、そうだった。いえいえお迎えは大丈夫ですよ。ではまた後ほど。」
ほどほどに惚けた会話も、ご近所付き合いでは大切だ。
ご機嫌なババアに礼を言いつつ、ペダルを蹴った。
「今日も暑くなりそうだ」




