影のログを握る手(最高のSEの宣誓)
影のログを握る手(最高のSEの宣誓)
金曜の午後。大手アーステック社のシステムは、怒号のような警告音を上げ、血の色のような真っ赤な警告画面に凍り付いた。サーバー室は、不正の影に覆われ、熱気とオゾンの匂いが充満していた。
見習いの桜木 葵は、雑用係として隅に立っていた。壁に貼り付くように立つ彼の肩書は、役立たずの烙印**「卵」**だった。
「山科!この大混乱の責任は、最終管理者の貴様にある!解決できなければ即刻クビだ!」
横柄な早乙女SEの罵声は、ガラスを引っ掻くような鋭い音で、山科の尊厳を削り取っていく。彼は豪華なネクタイを緩め、額の脂汗を拭う。
山科の**「一人のSEとして尊重する」姿勢こそが、葵の技術者としての存在意義**だった。その山科が、今、早乙女の醜悪な不正の犠牲になろうとしている。攻撃の原因は、早乙女がキックバックのために低品質な外注に作らせた、不正なプログラムの欠陥だ。
葵は、そのコードの不格好な論理に、以前から**「致命的な非効率なループがある」と直感で確信していた**。だが、保身の恐怖に負け、沈黙を選んだ。
その**「技術者としての倫理に反した過ち」**が、今、師匠の人生を破壊しようとしている。サーバー室の怒号が、一瞬、遠のいたように感じた。
山科を救うことは、自身の過ちを清算し、真のSEになるための唯一の道だと、葵は決意した。
命を懸けた贖罪
山科が絶望に打ちひしがれているとき、早乙女はキックバックの証拠が隠されたログデータが入ったUSBメモリを、葵に投げつけた。
「おい、雑用。どうせ使わないから、適当に処分しておけ。誰にも見つからないようにな」
早乙女は、安物のプラスチックの塊のようなUSBメモリを、床に叩きつけるように葵に投げつけた。葵はそれを拾い上げ、冷たい感触を、命の重さとして強く感じた。
夜を徹した解析で、葵は不正な通信ログとキックバックの痕跡を掴んだ。翌朝、山科に頼まれてもいない書類を届けに行く際、彼は全てを懸けた。山科のデスクに近づき、震える手でUSBメモリを書類の下に忍ばせ、山科のデスクの木目と、その上に滑り込ませた小さな影に全神経を集中させた。
その瞬間、扉が開き、早乙女がフロアに入ってくるのが見えた。
「おい、雑用。何をモタモタしている!」 「す、すみません、書類の確認を…」 「いい。そのUSB、念のため私に返せ」 「申し訳ありません!昨夜、もう処分いたしました!」
嘘で早乙女を押し通し、冷や汗を拭った。
最高のSEの宣誓
山科は、デスクに落ちていた見覚えのないUSBメモリを手に取り、首を傾げた。
データを開き、ログの不自然なノイズ。山科の手が止まる。
そして**「Contract_Final」**というファイル名を見た瞬間、すべてを悟った。
この冷たい証拠の感触は、彼の恐怖と決意を同時に刻みつけた。山科は即座に動いた。証拠隠滅の時間はない。彼は徹夜で不正プログラムを隔離・解析し、上層部に時間稼ぎを伝えた。
翌日の緊急役員会議の場。山科は、葵が命懸けで用意した技術的証拠と、それを裏付ける金銭的な不正の証拠を提示した。
「このシステムダウンの原因は、私の管理の怠慢ではありません。この欠陥は、早乙女SEが私的なキックバックのために、技術的な倫理を破って仕込ませた不正なプログラムにあります」
早乙女は即時失脚。山科は濡れ衣を晴らし、セキュリティ部門の新責任者に昇進した。
山科は、新しい部門の正規SEとして、葵を迎え入れた。誰もいないオフィスで、山科は葵の手を握った。
「葵。君が私を救ってくれたのは知っている。ありがとう」
山科は、まっすぐ葵の目を見た。
「そして、もう一度言わせてくれ。君は、私にとって最高のSEだ。あの時、君が 『沈黙』 **の苦しみを乗り越えてくれたからこそ、今の私たちがいる。**君は、私にとって最高の技術者だ。肩書ではない、人としての 『優しさ』 と 『正義』 を持った、真の技術者だ」
葵は静かに言った。「山科さん。僕を一人のSEとして尊重してくれたのは、山科さんだけです。その**『優しさ』**を守るためなら、僕は何度でもやります」
組織を救ったのは、横柄な悪意に打ち勝った、誰にも壊せない**「師弟の絆」**だった。
それは、不正の「影」を打ち破った、最も温かい「証拠」だった。
二人のSEが見つめ合う窓の外、夕焼けの光が、新しく整備されたサーバー室を静かに照らしていた。




