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畏れることはない、行きましょう〜聖女の帰還  作者: 里井雪


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4/5

勇者様への想い

 季節は巡り新緑の頃、私のクラスでは体育祭に向けた選手選抜が行われた。なぜか私はリレーの選手、しかも、アンカー担当に選ばれてしまった。


 微妙に嫌な予感がした。私はスポーツ全般が苦手だ。体育の授業を見ていれば分かるはずなのに……。


 高校入学以来、中学時代の教訓に従い、目立たぬ行動を心がけている。なのに……。理由が分からず対策できない所で私は、皆の注目を浴びてしまう。そのことが虐めのリスクが高めている。


 体育祭当日、私はスタートラインに立ち、震える足に耐えながらバトンを待った。なんと! 第三走者はトップと競り合いながら、こちらに向かって来ているではないか。


 あーー、こんなところで醜態を晒したくない。


 と、その時だ。私の脳裏に、あの言葉が閃いた。異世界で幼いころ聞いた神の声。


「歌え!」


 歩行速度アップの魔法はマズルカだった。だが、マズルカを口ずさんでも、魔法が発動する気配はない。


 ここは異世界とは別の世界、もしかしたら、歌とイメージの対応が違う? ならば、私の好きなゲームのアレ? 藁にもすがる思いで、私は黄色いダチョウのような鳥の歌をハミングした。


 これだ! 湧いてくる、体の底から魔力が満ちてくるのが分かる!


 トップから十メートルほど離されてバトンを受け取った、私。


 速い! いや、待て! 速すぎる! 現世の私は魔法の力加減が、分かっていないようだ。十倍速映像が流れる、相対的に他の走者が止まって見える。


 瞬く間に陸上部の短距離エースを抜き去り、私は一位でゴールテープを切った!


「すごい! 白百合さん」


 災い転じて福ということか、以来、クラス中で私を見る目が変わった。もしかしたら、前世の最悪バッドエンドを気の毒に思った神様が、手を貸してくれたのかもしれない。


 体育祭の後もクラスのみんなと無難に付き合えている。カラオケやファミレスを一緒に楽しんでいる振りをする。少々、気疲れしてしまうが、この程度、どうということもない。


 あーー、なんて穏やかな日々。素晴らしい! これこそ、私が望んでいた人生、そうよね? そうだよね? そう、そうに違いない……。


 夏休み目前の放課後、日差しを避けて中庭で読書をしていた、私。空は青く澄み渡り、薫風が吹き抜ける。この空、蒼い空、あの時と同じ、何か重大なことが起きる予感がする。


「あれ? 楓ちゃん? 練習は?」


 どうしたのだろう、彼女は足を引きずっている。


「ドジっちゃった。足をくじいてしまったの。これじゃ、もう、インターハイは無理かな? ちょっと、一人になりたくて……」


「え! じゃ、私、失礼しましょうか?」


「大丈夫、隣り座っていい? お話し聞いてくれるかな?」


「うん」


 捻挫の原因は、突然、シューズの紐が切れたことらしい。シューズは下ろしたてで紐が切れるなんて不自然。一年生なのに、めきめき頭角を表した彼女、出る杭は打たれるということだろうか? 紐が切れやすいよう細工されていたのでは? と、楓は言った。


「ひどい! 誰がそんなことを」


「いい気になっていた私が悪いのよ……」


「でも、だって……。あっそうだ! 私、ちょっとした、おまじないをしてあげる」


「?」


 もしも、楓が勇者だったら……。


 魔法を使えば、私が元聖女だったとバレるだろう。二人が「元勇者、元聖女」を名乗り合うことは、破滅への第一歩、そう信じてきた。


 だけど、私には、どうしても楓を見捨てることができなかった。それは、もしかしたら、現世でも変わらず「私が聖女だから」なのかもしれない。聖女の性に、私は抗うことができなかった。


「足首に触れてもいい?」


「いいけど……」


 HP回復魔法ピーアン、現世でどう歌えばいい? うーーん、イメージ、イメージ……。何故、この曲が浮かんだのかは分からないが、私は『愛の挨拶(Salut d'amour:Elgar)』をハミングした。


「うそ……でしょう!」


「お役に立てた?」


「も、もちろん、ありがとう」


 楓は微妙な反応をした。「うそ……」という言葉は取ってつけたようだったし「ありがとう」は儀礼的で奇跡への驚きや感謝はない、一刻も早くこの場から立ち去りたいと、アンバーの瞳が訴えていた。なので、私は助け舟を出した。


「治ったんだし、また、少し練習行ってきたら?」


「そ、そうね」


 足早に楓は体育館に戻って行った。


 分かった。楓は間違いなく元勇者だ。だから、彼女は魔法を知っていた、今ので私が元聖女だということにも気付いたに違いない。


 だけど、私と同じ理由、もしも二人が結ばれれば、破滅が待っているという何の根拠もない「確信」が、彼女に逃避という行動をさせた。


 彼女の選択は正しい思う。二人はお互いの幸せのため、それぞれの人生を歩むべき。そう、それがいい。


 だけど、愛しい愛しい勇者様が、今、手を伸ばせば届く距離にいた事実は揺らがない。


 そのことに気付いた瞬間、読んでいたロマンス小説が突如難解な哲学書に変じた。文字を追っても文章が頭に入ってこない。もう帰ろう。私は肩を落として、家路についた。

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