ガリヤ王国〜プロローグ
四季のあるこの世界、今、季節は秋、道端にはシュウメイギクが揺れ、どこからともなく金木犀の香りが漂う……。などと詩的な話をしている場合ではない。なぜなら私はコンコルド広場に罪人として引かれて行っているからだ。
輝く黄金の長髪が首切り斧の妨げにならぬよう、私の頭にはターバンが巻かれている。地下牢で過ごした一ヶ月、裳すそ切れたる衣は、純白のシルクサテンドレスに着替えさせられた。裾には私、聖女を象徴する白百合の刺繍が金糸で施されている。
隣りを見れば、歳の頃は私と同じ、長身でスラリとした体躯、我が想い人も鎖に繋がれ引かれていく。そう、私はこれから最愛の人と二人仲良く、斬首刑となる運命にある。
どうしてこんなことに……。
日本の中学生だった私はこの世界、剣と魔法の異世界に転生した。そして、聖女たる私は、勇者とともに魔王を倒し世界を救う存在だった。だから、聖女のみに許された魔法の歌「聖歌」が歌える。
私は平凡な農家の娘として生まれた。五歳ごろのことだと思う。ハイタカに襲われ傷ついたナイチンゲールを両手に包み泣いていた、私。
心のどこかで声がした。
「歌え!」
訳も分からず、挙中にある小さな命の回復を願い、小さな声でハミングした。
すると……。奇跡が起きた!
死を待つばかりだった小鳥はみるみる回復し、大きく翼を広げ蒼い空に飛び立ったのだ。
一部始終を見守っていた母が、悲鳴にも似た歓喜の声を上げる。一億人ほどいるこの異世界でただ一人、聖女誕生の瞬間だった。
私は貴族だけが通うことが許される魔法学校に特例で入学、めきめきと魔法の力を上げていった。
魔力を回復させる稀有な魔法バラード、防御力を上げるミンネ、攻撃力はメヌエット、命中率を上げるマドリカル……。
卒業後は勇者パーティに招かれ魔王討伐、救世主となり世の耳目を集めた私は、ここガリア王国の王に養女として迎え入れられた。
その直後、王が急死してしまい、なぜか王位継承権七位だった私が女王に即位した。
なぜか? ではなかったのだろう。魔王との百年に渡る戦いで、この国は疲弊していた。崩壊した経済を立て直し、再び豊かな国にする。だれがどう見ても艱難辛苦に満ちた道のりだ。自ら手を上げて王となろうなどという者は、酔狂と言える。
だが、私には火中の栗を拾い、成功する確信があった。聖女としてのカリスマ性、そして何より私は転生者だ。二十一世紀日本の知識は、この世界において大いに役立った。
さらに、私には同じ転生者である心強いパートナー、勇者がいる。経済が破綻した国にはありがち、ややもすればクーデターを起こしてしまいそうな軍部を勇者が抑え、私は祭りごとに専念する。二人の弛まぬ努力により、わずか十年でガリア王国はかつての輝きを取り戻した。
大成功! 私は歴史に残る女王として長く語り継がれるであろう……。などと、思い上がったのがいけなかった。
この国は、カルトじみた宗教、アルカムラ教を国教としている。
「宗教はアヘンなり」
ヘロインは凶悪な麻薬だが、モルヒネは末期がん患者の鎮静効果など、とても有用な鎮痛鎮静剤だ。カール・マルクスの意図とは違う解釈だが、宗教は使い様で毒にも薬にもなる代物だ。
アルカムラ教の教義に基づく法律、シャリーアに定められている、「同性愛は罪」。それも一切の情状を認めず死刑に処せられる重罪である、と。
私と勇者は二十年の付き合い、魔王討伐の死戦を潜り抜け、国の再建に二人三脚で尽くしてきた。そんな二人に恋が芽生えぬはずもない。ところが一つ大きな問題があった。そう、勇者は女なのだ。
誰にも内緒で、警戒の上にも警戒を重ね、二人は逢瀬を重ねてきた。なのに、ちょっとした気の緩みということだろう。二人が木陰でキスしているところを、こともあろうに、かつて王位継承権一位だった王子に見咎められた。
王逝去の際には、責務を放棄しコソコソ逃げ出した怯者のくせに、大いなる成果を納めた私たちを嫉妬の目で見ていたらしい。
彼は、
「二人はベッドで性行為をしていた」
などと、見てきたような嘘を宗教審問官に訴え、ついに私たちの死刑が決まった。
刑台に引き据えられた二人。こんなにも近くに想い人、最愛の勇者様の息遣いが聞こえる。なのに後ろ手に縛られ、手を握ることさえ許されない。
せめて……。
「最後のお願いです。処刑人さん、二人の目隠しを外して」
見つめ合う二人の瞳に銀の粒が光り、流れて消える。
ついに、死の斧が振り下ろされた。
それにつけても、今日の空は、なんて蒼いの。