丘砦とは? 田舎風豪華スープをどうぞ
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「そもそも丘砦と言うのは、黎明期のイリー人が作った遺跡です。しばしば円環砦と呼ばれることもあるように、円い形をしているのが特徴ですが」
ノクラーハ家の屋敷に戻る道すがら、ファイーはカヘルとローディアに向けて馬上から説明を始めた。
「どれもさほど旧いものではありません。デリアド西域にある≪はじめの町≫同様、建造されたのはせいぜい三百年前です」
――せいぜいって。俺には、いや……たいがいの人にとっちゃあ、三百年だって途方もない大昔だけどな~?? 姐さんにとっては、どうってことない新しい時代なのか……。
もじゃもじゃ毛深い胸のうちで、側近騎士は思う。ファイーが語る時間の感覚が、ローディアにはいまいちぴんと来ない。
「ですがイリー人が到来した時、ここは既に数千年来の人工の丘としてそびえていた。表面を覆っていた石の数々は風雨にさらされ、ばらけかけていたのかもしれません。それを良いことに、イリー始祖らは自分たちの思うように石壁を組みなおして、砦を築いたのです」
「しかし、≪はじめの町≫のような住宅基盤は見当たりませんでしたね?」
ファイーを肩越しに振り返りつつ、カヘルが平らかに問うた。
「ええ、そうですね。丘砦は定住目的の集落ではなく、短期・中期的に滞在するための野営中継地点でしたから」
ファイーいわく、自然の丘陵が多いイリー世界において、始祖らはそれらを大いに活用した。小集落の建設とあわせて、東進のための拠点としていったらしい。
「イリー街道にある、宿場町みたいなものでしょうか?」
「その通りです、ローディア侯。実際に大多数の丘砦は、現在のイリー街道ぞいにあります。イリー街道の東端終着点、テルポシエ市のすぐ北側にも、大きな丘砦がありますよ」
うぐっ!
ふかついた栗色ひげの内側で、ローディアは唇をかみしめた。
――俺それ、知ってます! テルポシエ市のすぐ北……≪東の丘≫って、あれがそうだったのか~!!
カヘルに伴い参加した、春のテルポシエ戦役。そこで見たものを思い出して、ローディアはぞぞぞ、と震え上がった。ファイーが言う、まさにその丘から出てきた恐ろしい怪物……巨人!!
「これから拝読するノクラーハ家の古文献の中に、その変遷に関する記述があればと期待します。持ち出された≪王の石≫の利用価値なども、そこから読み取れたら良いのですが」
ファイーの言葉に、カヘルは馬上にてうなづく。
――そうなのだ。犯人はそりを用意していた! さらにその先、何かはわからぬが足のつきにくい運搬手段を周到に準備してまで、≪王の石≫を持ち出した。その手間に見合う何らかの価値を、犯人は見出だしていたのかもしれない。
ここに来てカヘルは、窃盗犯に単純ならぬ強い動機があったであろうことを確信している。つけもの石にしたくて拝借した、というわけでは絶対になさそうだ。
持ち出した石の軌跡は、現地ではもう確かめようがなくなっている。あのファイーですら追跡を断念しているようなのだから、状況は複雑だ。ひとすじ縄では行きそうにない。
――やはり、増援を頼んでおいて正解だった。
ひゅう……。
カヘルの額を、曠野の涼風がなでるように過ぎてゆく。
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ノクラーハ邸に着く。ちょうど昼過ぎ、一行はノクラーハ若侯夫人の用意してくれた昼食をとった。
「お手数をおかけします」
「いいえ。こちらこそ田舎のこと、お粗末なもので申し訳ございません」
慎ましく言うノクラーハ若侯夫人ではあるが……どっこい、実にうまい。具だくさんの豪華菜湯である!
――うッまーーい! でっかい燻製豚の味が、たまなと薄切り秋かぶに激しみ~!!
――これは良い。こういう軽いものはたくさん食べても、午後眠くならないのだ。じつに良い。
無言で咀嚼を続けるファイーも、心持ちしみじみした眼差しである。彼女は豚が好きだ。
こうして全員の胃袋が温かく満たされ、頭脳にも余裕が出たところで、カヘルはさっそく古文献に取り掛かることにした。