二次使用の遺跡
「……ここの斜面を、降りて行ったのです」
平行なる二本のそり板の跡。持ち去られた≪王の石≫の行方を示す草上の軌跡が、カヘルの目にも明らかに見えた。それを追って歩き出すファイーを先頭に、カヘルとローディア、ノクラーハ家の下男が続く。
――誰かが≪王の石≫をそりに乗せて、運び出したってこと!? 確かに巨立石なんて、あんなもの運ぶにはそうするしかないだろうけど……!
ローディアの目には、ファイーの言うそり板の跡、二本の平行線は途切れがちではっきりと判別できなかった。しかし女性文官は迷いなく、ゆるやかな勾配をくだって行く。とうとう、登ってきたのとは反対側の丘のふもとに着いてしまった。
「ここで跡が消えている」
びしぃぃぃっ! 腹に響く調子で、ファイーは低く言い切った。その横、カヘルが冷やりと推理する。
「丘砦の頂からそりでここまで石を降ろし、別の運搬手段に切り替えたのでしょうか。平坦なところに馬車を待機させていたのかもしれない」
「あの、カヘル様。丘のこちら側、ここから東に向かっては土に石が混じって、だいぶ地が悪くなります。馬なら何ともありませんが、車を引かせるとなったら一苦労です」
下男が恐る恐る、と言った風に口を添えた。
「本当ですね。今までの道も、ずいぶん石くれが混じっていた……と言うことは。仮に荷車に乗せたなら、必然的にノクラーハ家の屋敷近くを通ることになりますね?」
「はい、さようです」
しかし、そんな不審な通行者はいなかったはずなのだ。
カヘルとファイー、ローディア、下男の四人は手分けをして周辺の草地に目をこらしてみたが、途切れたそり板の跡以外に痕跡は見つからなかった。
「この先、東の方向には何があるのです?」
やがて女性文官は、背中の筒から周辺地図を引っ張り出した。ファイーはそれを両手で広げつつ、下男にたずねる。
「はい、あの先に見える小さな樫の森の向こうは、さらにひどい荒地ばかりで。山羊を放している農家がありますが、それっきりです」
「ルイールの支流が横切っていますが、そこへ到るには? 起伏は多いですか」
「いいえ。ずっとこんな感じで、ゆるやかです。ただ道らしい道もありませんし、あの大きな石を引っぱって行くにしても……相当きついし、時間もかかるでしょう」
北側の斜面から再び丘に登りかけて、カヘルはふと見落としていたものに気付く。来た時は死角になっていた。
「あそこだけ、灌木が茂っていますね」
丘砦のある周辺一帯は低い草々ばかりだが、はりえにしだか何かが、そこだけもっさり繁っていた。
「ああ、小さな泉があります」
カヘルの聞き方が何気なかったから、下男も何気ないように答えた。
「折り重なった岩の割れ目から、水が少し湧いているのです」
「岩」
びしぃぃぃッ。ファイーの周りの空気が、気合に満ちた……とローディアには感じられた。
「ちょっと見て行きましょう」
言うなり、ずかずかずか……。女性文官は、どえらい速足で突き進んでゆく。すかさずデリアド副騎士団長もついてゆく。二人とも尋常ならぬ速度だが、これでも確かに歩いているのである。走ってはいない。
あっという間に灌木の手前に近寄った。そこには確かに、いくつかの岩が折り重なっている。
はりえにしだの線のような葉枝をのけて、その岩にのぼろうと片足をかけたまま……ファイーはびしっと固まった。
「……」
横目にのぞくカヘルの目にも、ファイーの驚きは見てとれた。
あまりの驚愕に、呼吸まで止めているらしい。はたから見ればいつも通りの冷静沈着な横顔だが、青い眼だけをめいっぱいに見開いて、女性文官は足元を凝視している。
「カヘル侯」
呼びかける声も、わずかにかすれていた。
「はい?」
「この丘砦は、二次使用遺跡です」
顔を上げて横に立つカヘルを見つめながら、ファイーは囁くように言った。
「数千年前から、ここには巨大な積石塚があった。それをイリー始祖らが作り変え、円い砦として利用したのです。……この岩場は、」
かけていた片足を岩から下ろし、そこをのぞき込むようにしてファイーは続けた。カヘルが見下ろすと、岩の重なりあったところに水が小さくたまって澄んでいる。
「この岩場は、露出し倒壊してしまった塚の入り口……。あるいは通路部分の名残りでしょう。泉が後から湧いたのか、元々ここに水場があったから石をかぶせて補強としたのかは、不明ですが」
「ではここも、れっきとした≪巨石記念物≫ということになる」
カヘルをゆっくり見返すファイーの目が、青い叡智圧に輝いている。
「その通りです、カヘル侯。丘砦の上に巨立石があるなんて、どうも妙だと思っていましたが……。やはりここの土地には、何かがあります」
「どうしたんです~? 大発見でも??」
ようやく追いついてきたローディアの声が、やたらのどかに曠野をよぎった。