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東域クルーンティ郡への旅

 

・ ・ ・ ・ ・



 翌日。カヘル、ローディア、ファイーの三騎は、ほの暗さが残る空の下をデリアド東市門から出立した。まずはイリー街道を東進してゆく。


 だいぶ寒くなってはきたが、生粋のデリアド人にとっては涼しい・・・くらいの気候だ。この後に来るてつく冬に比べれば、どうと言うことのない秋の冷え込みである。



「今回、ノスコ侯は留守番なのですか」



 道すがら、ファイーがローディアに問う。今日の女性文官は、白地に黒ぶちの散る公用馬を駆っていた。



「まさか、経過が良くないのですか?」


「いえいえ、もう元気になってます。変なことも口走らなくなりましたから、ご心配なく」



 ファイーが低い声にて気遣ったイアルラ・ナ・ノスコ侯とは、デリアド騎士団本部勤めの衛生文官である。まだ二十代半ばながら、医療に関する深い知識と才覚を有しているため、カヘルは事件捜査によく同行させていた。



「今回の事件はノクラーハ侯の逝去がきっかけになりましたが、不審死があったわけではありません。よってノスコ侯は、本城待機扱いにしました」



 ひと気のない街道上、カヘルも軍馬の歩みを少々緩めさせて会話に加わる。



「プローメル侯と、バンクラーナ侯もですか?」


「彼らには、同件で別の仕事を頼んであります。あとで合流するでしょう」



 さほどのない視線でカヘルを横に見てうなづき、ファイーは特に疑問を持たないようだった。


 カヘル自身、今回は静かなる捜査になるだろうと予測している。王の沽券こけんにかかわる問題なのだから、むしろ極力静かに事情を調べなければならないのだ。


 すいと周囲を見渡してから、ファイーがぴしぴししたいつもの口調でカヘルに言う。



「昨日渡された資料を読みました。ノクラーハ侯の所有地にある遺跡は、少々複雑な背景を持つ可能性がある、と推測しています」



 カヘルはファイーをじっと見る。



――遺跡・・? 



 声に出さないカヘルの問いに、ファイーはうなづいて答える。



「ええ。今まで見たものと異なり、ずっと下がった時代の遺跡なのです。ただ……おっと、ここを右折ですね」



 頭の中にデリアド領内地図がまるまる入っている(とローディアは思っている)地勢課文官は、イリー街道からの準街道分岐点を正確に察して言った。


 ≪遺跡≫に関してファイーは何やら引っかかった言い方をしたが、それは尻切れとんぼの形になる。いずれ改めて解説してくれるのだろうと信じて、カヘルは突き詰めて問わなかった。


 デリアド市を中心とした首邑圏を境にして、デリアド領土は西域と東域にわかれている。


 マグ・イーレやガーティンロー、遠くはテルポシエへ。南の沿岸部をつたってイリー都市国家群をつないでいる≪イリー街道≫が通っているのは、ここデリアド東域だった。


 準街道を北上して到る北域に比べるとずっと森が薄く、土地の起伏もなだらかである。人口も領内で一番多かった……これは当国比の話であって、人間より牛馬ひつじ・いのししの方が多いことは依然として変わらない。


 三騎が今進んでいるのは、枯草色の野につぎはぎ農地の連なる中を通る、田舎の準街道だった。


 季節は嵐月じゅうがつの上旬、これからどんどん日が短くなってゆく。それを惜しむかのように、青い空から今日も温かい陽が落ち始めていた。


 デリアドは、位置としてはイリー世界の西端にある。幾重にも連なる森深き山脈を隔ててはいるものの、その向こうにある≪白き沙漠≫に湿気を吸われ、イリー諸国のうちでは最も乾燥が強い。しかし南海にせり出したデリアド岬を含む東域は、微気候の恩恵を受けて冬季もやや温暖、過ごしやすい。王族が保養地を有しているのも、それが理由とされている。



「あっ。ここを曲がると、エルメン村ですねー! ファイー侯」


「そうですね、ローディア侯。何だかずいぶん昔のことに思われますが、≪巨立石メンヒル事件≫があったのは、ほんのふた月前なのですね」



 ローディアとファイーは、気楽な調子で話し合っている。



――そうか、ふた月も……いや、まだ二月。まだまだ、たったの二か月なのだ!



 側近と女性文官の話を聞きつつ、カヘルは黙ってうなづいている。ファイーの良さに気付いたばかりの二か月前であったなら、なぜだか女性文官に親しまれているローディアに対して、少なからず嫉妬を燃やしていたところだ。しかし、今のカヘルは理解している。


 四人の男児の母たるザイーヴ・ニ・ファイーは、年少の男性に対してそれこそ兄貴分か、教師のように接することが多かった。恐らくファイーにとっては、毛深い側近もにきび衛生文官も、やまぶき外套を着た準騎士も農耕馬を引くわんぱく小僧も、ぜんぶ引っからげて舎弟……違った、ごほん、弟分みたいなものなのだろう。要するに男性として見ていない。


 ならば水平に切り込まれるようなをもって、びしーと見られているカヘル自身は、がっつり恋情対象に含まれているに違いないのである!


 この独善的判断をもとに、内心ははんと余裕を持ちつつ、カヘルは二人の会話を気やすく聞いていた。



・ ・ ・



 目的地のあるクルーンティ郡までは、馬の常足なみあしにて一刻もかからない。


 デリアド岬の内部へと進むにつれて少々幅が狭くなってきたが、手の入った平坦な道はよくはかどって、一行はモイローホの町を遠景に見た。


 なだらかな丘の南側に、石家の集まりが灰色っぽくかすんで見える。その向こうには確か、湖があったはずだ。



「あれがモイローホの町ですね。湖のほとりに王族保養地、さらに西側の遠くないところに東域第五分団の副拠点があります」


「ファイー侯、いらしたことがあるんですかー?」



 すらすら述べる女性文官に、ローディアは何気なく問う。



「いいえ、地図上で眺めまわしているだけです。カヘル侯、地域管轄の第五分団へ寄って行かれるのですか?」



 軍馬上から、カヘルはファイーに首を振った。



「今回の調査は地方分団に対しても内密案件ですので、寄りません。このままノクラーハ家の所有地へ向かいます。……この道を進み続けていいのですね、ファイー侯?」


「ええ、そうです。そうして次の角を左へ曲がるのです」



 落ち着き払ったびしびし声の経路案内。黙って最後尾を歩みつつ、毛深き側近ローディアはもじゃもじゃと震撼していた。



――眺めてるだけで、道すじってそんなに頭に入るものなの? ……相変わらずすごいなぁー、ねえさんはー。








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