【完】丘砦の上の僕の王さま
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「……陛下。ダーフィ・エル・デリアド国王陛下」
近衛騎士の呼び声に、老王は顔を上げた。少し肌寒い日ではあったけれど、あふれる陽光を求めて王は庇付き露壇にいた。読んでいた書類を卓上に置く。
「カヘル侯が、戻ってきたのかな?」
「ええ」
王が素早く察してかけた声に、近衛騎士が答えてすっと横に下がる。王は大きな白石の文鎮を書類布の上に置いて、座ったまま向き直った。
前に立った黄土色外套のデリアド副騎士団長は、両腕に大きな布包みを抱えている。カヘルは王に向かって、丁寧に頭を下げた。
「ただいま帰還しました。陛下」
「おかえり、キリアン」
「拝命した任務を、完了いたしました」
ゆっくりと差し出された包みを、老王は不思議そうな顔で受け取る。しかし膝の上にのせた時、はっとした。
「……開けて、いいかね?」
淡々とした面持ちでうなづくカヘルに不安そうな視線をやってから、ダーフィ王はもどかしげに布を解いた。
「……」
出て来たのは、表面に渦巻きふたつの浮いた石の破片。≪王の石≫であったもの……。
ワレイール集落の死んだ石工職人は、≪消すにゃ惜しいぐるぐる≫を、壊してしまうのは忍びなかったとみえる。目印となる渦巻きの線刻部分が削られたのでなく、割り取られていたことにファイーは注目していた。もしやと思い、シウラーン達ともう一度工房内を探してみたところ、この破片が石工の作業棚から出て来たのである。
「≪王の石≫本体は砕けてしまい、残ったこちらは破片でしかありません。古文献に記された伝承のような機能は、いっさいが失われているはずだと専門家たちは申しております。陛下におかれましては――」
淡々と説明しかけて、カヘルは中途で口をつぐんだ。
渦巻きひとつに右の手のひらをあてて、老王が微笑を……いいや。大きな笑顔を浮かべたのに、気づいたのである。
≪ダーフィ。君はほんとの王さまだ≫
今も昔も、石はダーフィには歌わない。けれどダーフィ・エル・デリアドの耳奥に、はるか彼方の時代からよみがえった声が響いていた。
緑の丘の上でいつまでも笑っていた、あの白っぽい友の記憶とともに。
≪君は僕の、皆の王さまになる!≫
ふいと顔を上げた王の双眸に、静かなる威があった。
「ありがとう、キリアン。これは私が保管しよう」
「はい」
「そうして、事件の全貌詳細を話して欲しい。……そこに、かけなさい」
腰掛を引き寄せつつ、カヘルは考えを改める。
副団長は王の心に支障のない部分を、かいつまんで報告するつもりだった。
……しかし目の前にいる老人は、いまデリアド王として、全ての真実を受け入れて飲み込む強さにあふれている。
――この人に、何ら心配は要らない。この人こそが、真の王なのだから。
「事件の裏に、不穏な組織の暗躍が見受けられます」
ダーフィ・エル・デリアドは、うなづいてカヘルの次の言葉をうながす。
そこではたと、デリアド副騎士団長は理解した。
マエル・ナ・ノクラーハは、≪王の石≫によってその人生を、運命を、括りつけられていたのでは決してなかったのだ、と。
カヘルの目の前にいる王、ダーフィ・エル・デリアドを、目に見えぬ力――その想いによってマエルは支えていた。
彼こそがデリアド王を、王たらしめていたのである。
緑の丘砦上にともに在ったその日から、長い長い年月のあいだを……今この瞬間も、ずっと。
【完】
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皆さまこんにちは! 作者の門戸です。
冷えひえカヘル侯の巨石事件簿・第四弾、「ラース/丘砦の上の僕の王さま」をお読みいただき誠にありがとうございました。よろしければページ下部分にて☆評価やブックマークなどをお願いいたします。
巨石コージーミステリーをテーマにすえた、本シリーズ。これまではメンヒル・クロムレク・列石群、と新石器時代に製作された記念物をみてきましたが、今回は『丘砦』でした。現実世界においては青銅器~鉄器時代くらいに作られていった砦なので、だいぶん若いということです。本来ならば『巨石』の範疇には入らない史跡ではありますが、わたくしが好きでたまらないという、その理由だけで登場してもらいました。丘はよろしい。緑の丘は本当によろしい。その上に石がいろいろ乗っかっていれば、もうぶっちぎりで本当にすばらしい、そういうことです(主観)。
そして明日からはいよいよ、カヘル侯シリーズ最終作を更新してまいります。そうです、泣いても笑っても冷えてもファイナル! というわけで大トリは巨石記念物のスーパースター、『ドルメン』。もも色みかんのナース騎士ががっつり復帰する他、同窓会よろしく盛り上がりますので、どうかお付き合いいただければと思います。
それでは皆様、次回カヘル侯の冒険「冷えひえカヘル侯の巨石事件簿(五)今宵あなたとドルメンの向こうへ」にてお会いしましょう。ありがとうございました!
♪かっ飛ばせ~、♪♪カ・ヘ・ル~~!!
(門戸)