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冷々カヘル侯、王の依頼を受ける

 

・ ・ ・ ・ ・



「……陛下。ダーフィ・エル・デリアド国王陛下」



 はっ。


 耳元で低く囁かれて、老王はふと我に返る。


 石造りのひさしつき露壇、そこに持ち出された安楽椅子に、彼は沈み込むように座っていた。庭の樹々の緑に、少々黄色が混じり始めている。すぐそばにかがみ込んだ近衛もまた、デリアド騎士の正装である黄土色の外套をまとっていた。



「ああ、すまないね。ちょっと考え込んでいて……。カヘル侯が来てくれたのかな?」


「はい」



 近衛騎士は、すっと後ろにさがる。


 代わって王の前に進み出てきたのは、こちらもやはり黄土色外套を着た若い男。青年と言ったっていい。つるっとひげのない端正な顔をまじめに引き締めて、デリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘルは主君の前に立った。


 次いですいっと下げたその頭が、秋の晴天から降る陽にかがやく。


 ほとんど白金に近いような彼の金髪、その淡い輝き方が旧友に少しだけ似ていたから、王は目を細めた。



「陛下には、ご機嫌うるわしゅう。お呼びでしょうか」


「来てくれてありがとう。……少し歩こうか」



 椅子の隣に立てかけてあった白樫の杖を握り、王は立ち上がる。


 大股に歩き出す老王の横、ほんの少しだけ左後方について、カヘルも歩を進めた。


 市内側からは堅固な城塞にしか見えないデリアド城だが、その裏手の王邸は狭くない庭園に囲まれている。慣れぬ人が見れば、それは樫の茂る森。その小さな森には人の手が入り、閑静な秩序と平穏とが保たれていた。



「済まないね。副団長の君が忙しいのは重々承知の上だけれど、キリアン以外の誰に相談をしたらよいのかわからない」


「ご心配なく、陛下。幸いにして現在、領内に際立った不穏や騒動はございません。何か気がかりがおありですか?」


「……うん。実は先日、私の旧友が亡くなってね」



 カヘルは王の顔を見上げた。副騎士団長は決して小柄な方ではない。しかし王はそれこそ樫の老木のように、するっと上背がある。杖を使っても歩みは確かであり、背筋は伸びてこれっぽっちも曲がってはいなかった。


 だが肉の落ちた頬、カヘルを見返す双眸が、深い悲しみを帯びている。



「お悔やみを申し上げます」



 老王はカヘルにうなづいた。



「東域クルーンティ郡の在郷文官で、マエル・ナ・ノクラーハ老侯と言ったのだが。所有地内の丘の上で倒れていたのを、家人が見つけた。小さい頃から心の臓が悪くてね、最期もやはり発作を起こしたらしい」



 旧友というのは王と同年代だろうか、とカヘルは見当をつけた。それならいつそうなってもおかしくはない年頃だろう、とも思う。むしろ、年少からずっと病んでいたものが七十代まで持ち越して健やかに生きられたのだから、大往生と言えよう。



「この辺の詳細を、彼の家族が便たよりに書き送ってくれたのだよ。マエルは、……ノクラーハ老侯の逝去じたいは何も不自然ではなかったし、葬儀も滞りなく済んだ。……しかし、あとになってから家人がある異変に気付いた」


「異変?」



 カヘルはぴくりとする。



「マエルが亡くなった直後は、誰も気づかなかった。しかしよくよく見れば丘の上、マエルの倒れていた場所すぐのところにあったはずのものが……。≪王の石≫が、跡形もなく消えていた」



 ひときわ大きな樫の老木、その根元ちかくで王は立ち止まる。


 そこで王は若き副騎士団長に、はるか昔に起こった話をした。



「……マエルは生涯を通して、≪王の石≫を大切に守ってきた。石を、と言うより私の王としての正当性を、守ろうとしていたのだろうね。自分の死後もどうか石に害が及ばないよう気を配ってくれ、何か変事があれば私に伝えるように、と家族に強く言い含めていたらしい」



 知らせを受けて、老王は悩んだ。



――あんなもの・・・・・を盗んで、いったい何になると言うのだ?



 曠野あらののど真ん中、丘の上に何百年だか横たわっていた石である。確かに、老王と旧友にとっては大切な、意味のある石だった。しかしその他の人間に価値のあるものでなし……そこまで考えた時。まさか、と不安が王の胸中をよぎったのである。



――石の意味・・・・を知っている者が持ち去って、何らかの悪用を企てているのでは? 例えばデリアド王の……自分の元首としての正当性をおとしめるため。それこそマエルが、人生をかけて守り通そうとしていたものではなかったか。



 王の顔を神妙に見上げてうなづきつつ、カヘルもまた納得していた。


 そう、これは王の沽券こけんにかかわる問題なのだ。確かに地方分団に通して捜査を頼める案件ではない。絶対的に王家を守護する立場の騎士団幹部、その中でもダーフィ王が全幅の信頼を寄せるフォーバル騎士団長……あるいは副団長のカヘルにしか委ねられない。


 そして王と同年代、関節痛に悩むフォーバル騎士団長に、現地調査はどだいが無理な話だ。



「キリアン、どうか頼まれてくれないだろうか。君自身でなくとも、君が信頼を置く直属部下や専門家がこの事件を探ってくれるのであれば、私は彼らを信じる。失われたノクラーハ所有地の≪王の石≫を見つけ出すか、……あるいは悪用されないよう、破壊するかして欲しい」



 カヘルの青い双眸が、老王を見すえた。



「陛下。お話をうかがいますに、その≪王の石≫と言うのは巨大な石……。横倒しになった≪巨立石メンヒル≫だったと考えて、よろしいのでしょうか?」



 普通の人ならあまり、どころか全然使うことのない≪巨立石メンヒル≫という語を口にしたカヘルを、老王はきょとんと見下ろした。



「ええと……メンヒル? そういう風に呼ぶものなのかな……?」


「具体的にうかがいます。灰青色ですべっとしていて、さらに表面に何やら文様の刻まれた跡があったと。石の大きさは憶えておいでですか?」


「大きさ? うーん、君くらいのものだったと思うけど」



 カヘルは王にうなづいた。妙に力のこもったうなづき方である。



「陛下、この一件は私と直属部下にお任せください。さらに全幅の信頼を寄せている専門家を一人知っておりますので、あわせて現地へ調査に向かいます」



 ぱさ!


 その時、老王とカヘルの間に何か軽いものが落ちた。


 ひょいと屈みこんで、カヘルは足元から拾い上げる。風に揺れ落ちた小さな樫の枝先に、濃緑、淡緑、そして黄土色の葉が連なっていた。



「ご心配は要りません。キリアン・ナ・カヘルが樫葉の国章にかけて、陛下の威信と正当性をお護りいたしますゆえ。どうか、心安らかにお待ちください」



 デリアドは、その名も≪ながき樫の森≫を意味する国である。祖国の象徴たる樫葉の枝を右手に、副団長は低くはっきりと言い切った。


 老いた王は、じわりと胸の中に安堵を感じる。思わず目を細めて、微笑した。



――あの、小っちゃかった男の子が。何と頼もしく、たくましくなったものだろう!



 王は、キリアン・ナ・カヘルの幼少時を知っていた。カヘルの父親と王とはいとこ・・・同士、いくぶん血の繋がりもある。そのいとこ、現カヘル老侯に手を引かれて、キリアンがよちよちおぼつかない足どりで自分のところへ≪ごあいさつ≫に来た時のことを、王はちゃんと憶えていた。


 宝石のような青いひとみと、ぴかぴか白金に光る髪を持ったその子を抱っこして、背の高い王はこの樫の森を歩いてもいた……。



「ありがとう、キリアン。本当に助かるよ」



 キリアン・ナ・カヘルは笑わず、あくまで神妙な面持ちにて主君にうなづく。


 うなづかれて、王はしみじみと思った。



――にしても、まあ……。何とも切れきれの、やっこい至宝に育ったものだ! デリアド副騎士団長、キリアン・ナ・カヘル!




〇 〇 〇


 皆さまおはようございます! 作者の門戸です。

 

 冷えひえカヘル侯の巨石事件簿も第四弾、ラース編の冒頭をお読みいただき誠にありがとうございました。ここから本シリーズに触れていただく方もいらっしゃると思いますが、まったく問題ございませんのでお付き合いいただければ幸いです。これより毎日朝7時に更新してまいりますので、よろしければブックマークやご評価などをよろしくお願いいたします。


(門戸)

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