冷えひえまとめ会議feat.ムーやんと愉快な初老たち
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その晩、マグ・イーレの理術士を連れてプローメルが帰還した。
ここはモイローホの町の酒商。例の小宴会用の一室において、最終捜査会議が行われているところである。
仕切りの向こう側には、ずいぶんと客が入っているらしい。しかしぎゅう詰めで卓子を囲む一同には、その賑わいのくぐもりくらいしか聞こえてこない。ようやく回復したローディアが合流して、カヘルの隣はいつも通りにもじゃもじゃと温かかった。
「……では。ノクラーハ若侯は罪に問わない、と?」
渋めのはっか湯、特大ゆのみを片手に握り、東域第五分団警邏部長シウラーンが声を上げる。
「ええ。罪も何も、オーネイ・ナ・ノクラーハがしたことは全くの過失でしかありません。父親の薫陶を受けて歴史に造詣の深い若侯が、書房記者を装った者の質問に答えた、というだけですから」
こともなげに淡々と、カヘルは言った。
町役場の書簡庫にて、ノクラーハ若侯の告げた彼の真実は、カヘルとファイーが知るだけである。その外に出す必要はない、とデリアド副騎士団長は判断していた。よってもちろんシウラーン達も、知る由がない。
「問題はそのようにノクラーハ若侯を引っかけ、石を悪用しようとしていた【ベアルサ】なる人物です」
ノクラーハ若侯に会いに来たイリー人の自称記者というのは、その手下だったのだろう。
何らかのきっかけでベアルサ一味は、ノクラーハ所有地内にある丘砦頂上の巨立石が特別な機能を有していると知った。その詳細を調べて回り、権力者の威信を証明するものとノクラーハ若侯に教えられて、横領を計画したのではないか?
――そう。ベアルサ自らの、支配者としての正当性を誇示するために!
「しかも、【スターファ】という名も口にしていました。我々が列石群事件で翻弄させられた、あのスターファと同一人物なのだとしたら。えらいことになります」
腕組みをしていたバンクラーナが、神妙な面持ちで言った。
「要するに今回の一件も、あの東部組織が一枚かんでいた、と言うことではないですか? カヘル侯」
「どころか、何枚もかんでいるのかもしれません」
バンクラーナの指摘に、カヘルはくっとうなづいた。
崩れた橋の修復工事に工夫としてもぐり込み、周辺経路を探っていたのもその一味だったのだろう。≪王の石≫の搬出路を用意していたのでは、と疑われた。
のどかなデリアド社会の裏で、音なく暗躍し得体の知れない活動を進めている組織。
その母体は恐らく、東部大半島のいずこかに拠点をかまえ、着々と勢力をつけているらしき武装集団。カヘルたちは、彼らを仮に≪蛇軍≫と呼んでいた。
――あの男、ベアルサは≪王になる≫などと言っていた。戯言に過ぎないが、そう言うからにはきゃつは≪蛇軍≫幹部である可能性も高い。そして私の王になる、とは? デリアド主権の……いや、イリー諸国の全主権の転覆を狙っているとでも言うのだろうか。油断できぬ!
「今までの、皆さんのお話うかがったとこですと。何をどうでも、ベアルサ言うのはティルムン理術士やと思います」
西方なまりの強く残るイリー語が耳に入って来て、カヘルは自分なりの対≪蛇軍≫考察をいったん脇に置いた。声を上げたのは、プローメルとともにやって来たマグ・イーレの理術士である。
「やはり、そう思われますか?」
聞いたカヘルに、壮年のティルムン人は小さくうなづいた。
「はい。年のころが五十代前後で、正規の装備品を持ってへん、ちゅうことはたぶん退役した人なんやろうと推測できます。でも聖樹の杖なしに、攻防両方の術を使うた、ゆうのが気になります……相当な腕前ですね」
実はこの人も、本当のことを言えば脱走兵なのである。九年前、イリーの窮状を訴えるマグ・イーレ妃たちの懇願に心を動かされて軍を離れ、≪白き沙漠≫を越えて加勢に来てくれた……いわば義兵の生き残りだった。
「人の丈ほどもあるでっかい石を、こそこそ持って回れたんが不思議ですけれども。恐らくは舟にのせて、草の原や曠野を走らせたんやないでしょうか」
理術士たるもの、風をつくり出すことも可能なのだと言う。舟でなくとも荷車の上に帆を張れば、そこに理術の風をあてることで、家畜を使わずに重いものの運搬ができる。道から川へ、経路の切り替えも柔軟だ。
「そう言や東部にはねぇ、軽ーい皮舟があるよ。真っ黒い舟を使って、闇夜を進んで行ったんじゃないかな? 使わない時は折りたたんじゃえるから、陸の上に舟があるって目立つこともないし」
「東西の要素いろいろをまじえて、応用しとりますな。小賢しいやつらだ」
理術士とディンジー・ダフィルの話を聞きながら、シウラーンがあごをしごいてうなった。その隣では、酒商おやじが三白眼をぎらつかせながらうなづいている。
「あと、ですね。ほんまにこれは、取り越し苦労なのかもしれへんのですけど。今回亡うなった二人の方……、ノクラーハ老侯と、それから石を削らはった職人はん」
「?」
一同の視線が、理術士に集まる。
「元気やった人の心の臓がいきなり止まってまうのは、自然にもようけあることです。けど、お年やったノクラーハ老侯はべつとして……。職人はんの死に方が、≪言呪戒≫によう似とるのですよ」
「ごじゅげ?」
「なーに、それ」
ちょい悪酒商おやじと、ディンジー・ダフィルの声が重なる。
「はい、契約執行に使われる事務系理術のひとつなんですけれども。例えば何か秘密を守る約束をとりつけて、お互い約束を破らんようにってかける術なんですよ。言っちゃいかんことをしゃべってもうたら、即で心の臓が止まるちゅう……まぁ、呪いですね」
その場がしんと静まり返って、仕切りの向こうのくぐもり声だけが小さく響く。
「石工職人はん、ベアルサに仕事を受けたことを言うたらあかん、と呪いをかけられたんかもしれません。せやから嫁はんにうっかり喋った時に、言呪戒発動で命を落としてもうたのかも」
「な、何それ。怖……! ちょっとムーやん、殺人事件だったのか!? これ」
「黙っとけ……。つうかお前、店の方に出てなくていいのかよ? かき入れ時だろうが」
「今日の売り上げよりデリアドの命運だ。いいんだよ」
ちょい悪初老たちのもそもそ会話だけが続く中、マグ・イーレ理術士は落ち着いた声でまとめた。
「言うても、可能性ちゅうだけです。今となっては確かめようもあらしまへん。ベアルサをひっ捕らえて吐かさん限りは、本当のことを知るんは無理でしょう」
「……ちょっと。ちょっと待って下さいよ……? カヘル侯!」
理術士の横に座していたプローメルが、こめかみに手をやりつつ声を上げる。渋い。
「何ですか、プローメル侯」
「その、≪言呪戒≫という呪い。もしかして、アヌラルカの人さらい一味とフォルターハ郡の人身売買業者も。自白直前で急死した被疑者たちは、同じ方法でベアルサに呪い殺されていたのでは!?」
今度こそ、全員が絶句した。
夏からこちら、デリアド各域で起こっていた奇妙な事件のそこかしこに、【ベアルサ】の息がかかっていた可能性を突きつけられて、誰も異論を唱えることができない。それほどに、≪言呪戒≫の呪いですっぱり説明がつけられた。
沈黙を破ったのは、マグ・イーレ理術士である。乾いた調子、しかし一同の動揺をおだやかに鎮めるような声調にて、西の魔術師の一員は言った。
「マグ・イーレ帰還後ただちに、事件全貌とおよその背景をニアヴ様に報告します。よろしおすか?」
「はい。そうして下さい」
淡々とカヘルが答えたその瞬間、腰掛からディンジー・ダフィルが跳び上がった。
「はッ、俺もマグ・イーレへ同行いたしますッ。もと特別顧問として、事件当事者として、輝ける御方に直接対面で熱い報告をするのです! カヘルさん、一生のお願い! 国境こえる通行証になるようなの、一筆かいてもらっていいッ!?」
カヘルは左横の毛深き側近を見上げた。
「ええ。ローディア侯、ディンジーさんの特別渡航許可証を書いて下さい。最後に私が署名を入れます」
「はい副団長、ただいま!」
カヘルの右横では、ファイーがびしびし響く低音でうなっていた。一応ひとり言のようである。
「あの悪党め。……まさか他の巨石記念物にも、手を出して利用する気ではあるまいな……? そんな狼藉は、本官が断じて許さん」
にわかに騒然と沸き立つ一同を前に、シウラーンの幼なじみ酒商おやじは、たるみ頬ぺたをきりっと持ち上げた。
「何てこった。≪王の石≫事件は解決したが、裏で悪事をあやつっていた闇の組織が明るみに出て来たぞ……! おいムーやん、俺たちの戦いはこれからだ!」
「お前は何とも戦ってねぇだろがよッ」
「冗談こくなよ。こちとら物価上昇・人手不足とかって逆境と、日々善戦中でぇ。つうわけで皆さん、お疲れさま~! つまみと一緒にめし系の料理を持ってくるんで、今夜は大いに食ってってくださいよー? 泡酒いける人は~~??」