理術士VSデリアド騎士feat.声音の魔術師
「やばい、これ攻撃理術とかってやつじゃないの!? カヘルさんたち、何とかどついちゃってっ!
♪ おお、ろう! 帰りきたれ 流浪の子ら
♪ みどりの夏を引き連れて いま故郷へ」
魔術師らしくなく少々焦って、ディンジー・ダフィルは≪歌≫をカヘルたちに差し向けた。歌は流れて行って、カヘルの戦棍先端についたいぼいぼ鉄球、バンクラーナの片刃刀、シウラーンの長剣に灯色の光がまとわりつく。
「おい、お前! 俺のしまで、でかい面してんじゃねぇぞ!?」
とんでもすさまじいどすの利いた声を響かせ、東域第五分団の警邏部長が突如猛攻を始めた!
灰色の頭をぐわっとふり立て、ずいぶんと大仰に振りかぶるような上段打ち下ろし。半透明の壁の向こう、ちょうど男の目線にあたる辺りをがしがしばしばし、シウラーンは長剣でめった打ちにしている。
「出て来てさしで張らんかい! ごるぁぁぁ」
ちょい悪の初老警邏部長は、戦法まで特攻不良流であった!
「――白き氷の華をまといて……」
実際の損害よりも挑発、びびらし目的のシウラーン斬撃。その合間に、男の言葉が微妙に揺らいでいるのを察知したカヘルは、そこで思い切りの気合を入れる。
「ふんッッ」
ごいいいいいいいん!!!
どこぞの時鐘が鳴るような大音響で、カヘルのいぼいぼ鉄球が男の前の壁に正面衝突する。光る壁に小さく無数の星が散った、百八つほどもあるかもしれない! 煩悩よ去ね!
「てぁぁぁぁッ」
ぎぃん、ぎぃぃぃぃん!
バンクラーナも片刃刀の背を打ち付けて、派手なみね打ちを始めた。切る目的でないのだから、抜かりなく刃こぼれ対策もしている!
♪ おお、ろう! 帰りきたれ 流浪の子ら
♪ みどりの夏を引き連れて いま故郷へ
♪ 運命に奪われた いとしき故郷の地へ
♪ みどりの衣をひるがえして 帰りきたれ
どん、ばん、ぐわん!!
ディンジーの力強い歌が、たえまなく流れてくる。灯色の光に包まれた戦棍、長剣、片刃刀で、一同は壁に打ち込み続けた。その剣戟に飲み込まれ、もはや男の紡ぐ言葉などは聞こえない。
ぱきん!
大々的に踏み込んで打ったカヘルの戦棍に、手応えがあった。何かの壊れる、微かな音。
ぱきぱきッ!!
バンクラーナ、シウラーンとその部下たちも、それぞれの打ち込みで何かを壊したことを知る。
「――敵のその身を凍みくだけ……が、うぁぁぁッ」
ぱきぃぃぃぃぃん!!
鋭い音がして、見えない壁の向こうにいる男が一瞬、びくりとする。
信じられない、と言いたげな表情で男は自分の脇腹を見下ろしていた。そこに深々と、イリー突剣の一撃が……灯色に輝くファイーの木剣先が、めり込んでいた。
半透明の壁の輝きが、大きく揺らぐ。
――今だ!
ぐいん、ばこぉおおおん!
下向きぐるりと回転させた戦棍を振り上げる形で、カヘルは男の胸を強打した。
「若僧、てめぇ」
しかしその一撃は、男を場外にぶち抜くには至らない。驚くことに、男は両手でいぼいぼ鉄球を受け止めていた。その拳が白っぽく、光っている。
「デリアド副騎士団長、キリアン・ナ・カヘルだ」
戦棍を間に、顔を突き合わせるようにして二人は睨み合った。
「私の同僚への侮辱罪にて、貴様を現行犯捕縛する」
氷点下の青い眼光で相手を射抜きながら言うカヘルに、男はにやりと笑う。
「俺はお前の王になる男、ベアルサだ。殺してやるまで憶えとけ、若僧カヘル」
「私の王は唯ひとりだ」
「石にすがってるじじいが、かい?」
ぐるん!
素早く身をはがしての第二打、カヘルはそれを迷いなく男のこめかみにぶち込んだ――
ふ、いっっ。
いぼいぼ鉄球が空を切る。
「!!」
それこそ煙が風にまぎれる如く、ベアルサと名乗った男は立ち消えてしまった。
カヘルは、ばっと周囲を見渡す。しかし肩で息をつくファイー、バンクラーナたちがいるだけである。がしがしと冷え凍っていた汀の岩肌も、もとに戻っていた。
鏡のような湖面は、まるで何ごともなかったかのように静かなままである。
「カヘルさん、みなさん、大丈夫ぅー!?」
ディンジー・ダフィルが、ひょいひょいと大股に近づいて来る。
「ディンジーさん! 何なのですか、あれはッ!? とんでもまかふしぎー、なやつでしたな!」
かなり興奮した様子で、シウラーンが言った。
「と言うか、事件の主犯格らしいのがあんなまかふしぎーでは、とても捕縛できませんッ!」
シウラーンの部下も恐々として言う。
「あれでは、まさに魔術師ではありませんか!」
「……理術士、ですね? ディンジーさん」
突剣を振り下げたまま震えているファイーの肩を叩き、バンクラーナにうなづいてから、カヘルはディンジーを見上げて問うた。声音の魔術師は小さくうなづく。
一同にそれ以上の言葉は要らなかった。
イリー都市国家群の領地において、害をなす謎の理術士が出没した。これを有事、非常事態と言わず何と言う。重大にして極秘案件である!
――でも杖を持ってなかったし、普通のかっこうしてた。正規の理術士ではなくって、もぐりかな……?
デリアド騎士たちが押し黙るなか、≪声音の魔術師≫ディンジー・ダフィルは内心で思案している。
――にしても、危なかったぁ。俺の≪声音≫単体じゃあ、小技は防げても理術士のがち攻撃には太刀打ちできないんだもーん! カヘルさんたちの物理攻撃に足しても、きくもんじゃないと思ってたのに……。運よく撃退できたのは、何でなのかな~??
口に出したら皆が恐慌に陥りそうなことは、もちろん言わないディンジーである。彼はふと、作業衣を着た女性の文官騎士が、木剣を持たない左手のひらを見つめているのに気づいた。ファイーはざらついた手のひらを、こねるような仕草をしている。
――あ、そっか。石だ……!
滅ぼされてしまった≪運命の石≫は、粉塵となってカヘルたちの身に注いだ。心を持っていた石とディンジーの歌、ふたつの要素に重ねて護られ励まされたからこそ、デリアド騎士達は大陸最強の魔術に対抗することができたらしい。
太古の人間につくられた石は、最期まで今の人間を励ましていってくれたのだ。
「あの男は何やら不穏な目的のために石を求めた、裏の首謀者のようでしたが。実際的に石の窃盗を画策した共犯者が、別にいるような口ぶりでしたね」
淡々と言うカヘルに、ディンジー・ダフィルは顔を向ける。シウラーンもうなづいた。
「話がちがう……と言うようなことを、やつはぼやいていましたね?」
「誰か他の人物から、石にまつわる伝承を伝え聞いて、自分のために利用しようと企んでいたんだ。……じゃあ、王を見抜くというイリー観点の話を教えて、持ちかけてきたのが」
バンクラーナは言いかけて、語尾を飲み込んだ。一同が静かにうなづく中、カヘルが冷やっとした平らか口調で問う。
「すみません、皆さん。私は≪うらなり≫という罵倒表現を、初めて耳にしたのですが。これがどういう人物特徴を示すものなのか、知っている方は教えてください」
ファイーはカヘルを見た。デリアド副騎士団長は素で質問している。わからないことを聞くのは、彼にとって恥ではない。
どこまでもぶれない男なり、キリアン・ナ・カヘル。