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そば粉クレープを片手に

 

・ ・ ・ ・ ・



 湖畔の町、モイローホに着く。


 折しも捜査本部の酒商には、シウラーンとその配下たちが帰還したところだった。捜査要員の大部分が合流する。


 ディンジー・ダフィルを紹介されて経過を聞くうち、東域第五分団の警邏けいら部長とその部下は、≪声音の魔術師≫を見る目をどんどん丸くしていった。次いでふかし鳥の一件を知り、青ざめて行く。



「……それではこのまま≪王の石≫が見つからず、あるべき場所に戻らなければ。異常発生したあの山賊鳥どもの襲来が、今後また続くかもしれん、ということなのですか?」



 初老の警邏部長の、危惧する通りなのである。


 デリアド東域に複数の鳥群が引き寄せられ、最悪ここで繁殖されてしまえば、農産物に壊滅的な被害が出る。この国の食糧事情は、数年ももたずに崩壊してしまうだろう。デリアドの主食糧たる穀類の七割方は、東域にて生産されているのだから。



「うーん。そうなる前に、俺がどうにか駆除しますけど。やっぱり石を静かにさせないと、根本の解決にはなんないでしょうね。輝ける御方ニアヴの祖国を守るためには、何とかして石を引き上げて……。もともとあった場所に戻すのが、最善だと思います」



 塩豚べいこん乳蘇ちーずを薄焼きそまぱんで包み棒のようにした軽食を、もりもりと頬張りながら≪声音の魔術師≫は言った。


 ぐるぐる杣焼包みを大盛りにした皿を一同の間にまわしてすすめつつ、酒商おやじが不安そうな顔になる。



「何てこった……。すげえやばいことになってんのか? ムーやん」


「俺が何とかするから、お前は安心しとけ。他の客に言うんじゃねえぞ」



 ちょい悪な初老たちがごそごそと言い合っている間、卓子反対側にいたシウラーンの部下の一人が、控えめに声を上げた。



「カヘル侯、シウラーン侯。直接≪王の石≫事件には関係ないのかもしれませんが、少々不穏な話を聞き込みました。共有のため、ここでお伝えしてもよいでしょうか」



 頬いっぱいに杣焼を咀嚼中、カヘルはうなづいた。



「今年翠月はちがつの雨で橋が壊れてしまった、ドロエド村で住民が話していたことなのですが」



 もともとがかなり古かった石橋は、全壊に近い損害を被ったらしく、修復工事も大規模なものになった。


 村長がモイローホ町役場を通して各種専門業者に依頼し、すぐに工事が始まったが、派遣されてきた工夫こうふの中に東部系の男性が数人いたという。



「地元住民によると、その東部系工夫たちの言動がどうも妙だったと。……こんな風に言って、本当に申し訳ありません。ダフィル様」



 話しつつ、シウラーン配下の巡回騎士はまっこうから声音の魔術師にわびた。



「あ、いいんです、いいんです~。こっちじゃ東部系は少ないでしょうから、そりゃ目立ちますよねー!  で、何がどうおかしかったんです?」



 どうも妙どころか、明らかに妙な東部系おじさんディンジー・ダフィルは、杣焼を握らないほうの手をひらひら振って先をうながした。



「はい。東部系の労働者じたいはさほど珍しくないのですが、その工夫たちは作業の合間に、村民に話しかけては色々なことをたずねていたそうです」



 ここから街道に出るにはどう行くのか良いか。なるべく平らな道はどれか。橋のかかったこの小川は、どっち方面へどう伸びているのか。よその人々だから周りの地理にうといのだろう、と村人たちは気に留めずに答えていた。



「しかし工事が終わって彼らが去った後、複数の村人が同様のことを聞かれていたのだとわかって、気味が悪くなったと言っていました」


「……そういう時こそ、地域管轄の第五分団に相談しなくっちゃ、だよなあ? ムーやん」



 小宴会用の個室、卓子に居座る酒商おやじが、鼻の頭に額同様のしわしわを寄せながらシウラーンに言った。



「ああ。盗人組織の斥候が、下調べにやりそうなこった。……しかしだ、今現在クルーンティ郡で空き巣や強盗の被害は出ていないはずだが……?」



 シウラーン同様、カヘルも小首をかしげた。


 ドロエド村民が不審を感じた経験は、山間路に接するデリアド北域の過疎地にて、じわじわと増えつつある窃盗被害の前兆によく似ている。


 平穏無害な態度の東部民に地元事情を詳しくきかれて答えると、数日後に空き巣に入られている……。ああ、だから村役場での塩配布がいつか、なんて聞いてきたのか……! 住人があとから気づいても、もう遅い。


 デリアドに先んじて、ファダンやガーティンローの山間地では被害が多発し問題になっていた。しかし。



「ドロエド村の橋の修復工事があったのは、翠月はちがつ中でしたね? 今は嵐月じゅうがつ、だいぶ間があいている」



 カヘルは淡々と指摘した。窃盗団は、行動の速さで追手をかわし続けるものだ。何か月もかけて悠長に犯罪の下調べをしているとは考えにくかった。ドロエド村に来ていた工夫たちが軽犯罪を行う組織の斥候役だったとしたら、その工事の終わった直後にでも何らかの被害が出ているはずなのである。



「……何もるものがないと、諦めて他へ行ったのだろうか」


「いや、ムーやん。そこまでしょぼかねぇぞ? うちの郡は」


「そうだなぁ。いずれにしてもカヘル侯、これについては分団長に別件報告しておきます」


「そうですね。注意喚起をするに越したことはありません」



 シウラーンがまじめに引き取り、報告をした部下に詳細を聞いている傍らで、カヘルはばくりと杣焼を口にした。


 咀嚼を重ねて、……ごくり。


 杣焼は静かに喉を通り過ぎて行ったが、脳裏に何かが引っかかる。ちらりと投げた視線が、卓子の角にいたファイーの視線と交差した。


 頭の中にデリアド領内地図、および主要経路のすべてが入っている女性文官もまた、腑に落ちないと言いたげな表情を浮かべている。


 謎と、それを取り巻くまゆのようなわだかまり……。


 同じものに手をのばしている二人の視線は、照れも逸れもせず、ひたすらに一直線であった。







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