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ディンジー・ダフィル

 

「湖……」


「そうそう。この辺にあるでしょう? そこそこでっかくて、わりと水の澄んでる湖が。そういう水ん中からの嘆き声が聞こえます」



 この一帯で湖と言えば、モイローホの町の横、デオラ湖を置いて他にない。


 まだまだ目が回るというローディアを豆農家の居間に残し、カヘルとディンジー・ダフィル、ファイー、バンクラーナの四騎は一路モイローホへと向かった。



「てっきり遠方へ持ち出されたと思っていたのに。回りめぐって、再びノクラーハ家の所有地近くに戻っていたとは」



 黒ぶち馬の上で頭を振りつつ、ファイーが言った。



「しかし、石はひとりでは動き回れません。どんな人物がノクラーハの丘砦ラースから石を持ち去り、湖に沈めたのかはわからないのですか? ディンジーさん」


「そこんとこも変なのです、文官さん! ああ言う特別な音には周りの音もひっついてくるから、たいていは何がどうなっているのか、おおざっぱな状況もわかるのね。けれど今回は、石がかなしげに鳴くばっかりで、他は全然わかんない」



 太い一本まゆ毛の端をぐーッと下ろし、困ったような顔でディンジー・ダフィルはファイーを見た。そのあおい切れ長瞳を、じっと圧をこめて女性文官が見返す。



「ディンジーさん。……あなたは≪声音こわねつかい≫の末裔、ということでしたが。東部大半島において、このように巨立石メンヒルを引き回したり、動かしたりする風習はあるのですか?」



 二人のやりとりを後ろに聞いていたカヘルは、ファイーの質問にぴくりとした。


 ディンジー・ダフィルは変人ではあるが、生粋の東部ブリージ系。東部社会の重要地位にあった≪声音つかい≫である。この役職を世襲していた一族が、イリー社会における王族のようなものであったらしいことは、叔母ニアヴの親書でこれまでにもカヘルに伝えられていた。


 そしてファイーは、東部大半島に関する学術書も多く読んでいるはずだ。書物の中でのみ言及されていた稀有けうな存在と現実に相まみえている今、話して聞きたいことは山ほどあろう、とカヘルは察していた。



「いえいえ、あーりません! あんな昔っからあるもの、へたに動かしたら何があるかわかんないじゃない!? そんなおそれ多いこと、誰もしようと思わないよ。色々お供えをして、まわりでお祭りはしたけどね? 動かしたり傷つけたり、粗末にしたりってことはなかったよ!」



 と、と、と……。カヘルは少しだけ軍馬の歩みを緩めさせ、ファイーのぶち公用馬とディンジーの鹿毛馬のそばへ寄った。



「ファイー侯。以前≪エルメンの傭兵≫について、貴侯あなたはあの巨立石メンヒルが地下水脈に及ぼす影響を説明されましたが」


「はい?」


「今回≪王の石≫を何者かが動かしたことで、現実的にふかし鳥襲来と言う自然災害が起こりました。これも巨石記念物全般に通じる、環境影響の一つとみなされますか?」



 ファイーはきりっとカヘルを見すえたが、唇をぎゅっと結んで正直に困惑をもあらわしている。



「はい、本官はそう考えます。≪王の石≫は巨立石メンヒルとしては小型でしたから、さほど周辺への影響はないだろうと予想していました……。これは大きな間違いでした」



 カヘルはファイーに向かってうなづいた。



「誰も予想し得なかったことです。もちろん貴侯あなたに責はありません」


「はい。……そしてあの石が丘の頂上に在していたのには、やはり何らかの意味があったのです。丘砦ラースのもとの姿、積石塚ケルンを建造した人々は、はっきり意図をもって巨立石メンヒルを置いたに違いありません」


「あのうー。先ほどディンジーさんは、いま石が水底で機能・・を失いかけている、と言いましたが……」



 最後尾、しんがりにて進むバンクラーナが言ってよこした。



「何なんですか? その、石の機能って。ファイー侯の言う、石の置かれた意味・・と関係するものなんでしょうかね?」



 ディンジー・ダフィルは小首をきゅきゅっとかしげて、後方のバンクラーナを振り返った。後頭部にわずかに残った短い髪が、それで陽光にちらちらちらっと輝く。もとの髪色は何なのだろう、カヘル直属部下はふと不思議に思った。金髪のような、赫毛あかげのような……。いや東部の人というのはたいてい暗色髪ではなかったか、とバンクラーナは内心で首をひねりかける。



「あ~。それは直接きいてみないと、わかりませーん」


「はぁー? いや、人間じゃないんだし……。石と直接話せるもんなんですか??」


「場合によるかなぁ。石だけにあったま固いだろうし、頑張って機嫌とってみまーす」



――何なのだ、それはッッ。



 バンクラーナの問いに、ひょうきん声でほいほい答えている声音の魔術師は、どこまで本気なのだかよくわからない。カヘルは煙に巻かれているような気になった。しかし実際に突っ込むことはしない……冷えひえな両眼を、少し細めるだけにとどめた。


 プローメルとその軍馬がどれだけ頑張ったとしても、マグ・イーレのニアヴ叔母から借り受けるティルムン理術士が到着するのは明日以降だ。それまでは、この声音おじさんが≪王の石≫を探す唯一の有効手段になる。


 わらをもつかむ思いで、デリアド副騎士団長はディンジー・ダフィルのに賭けていた……。




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