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声音の魔術師、ずどんと登場

「ああ~ッ!」


「いけない」


「おのれぇッ」



 ローディア、カヘル、ファイーがぎりりと奥歯を噛みしめた……その時。



♪ ……俺ぁ、東の土地うまれ……



 風がそよいだ。


 わずかに揺らいだ視界全体に、灯色ひいろの光が瞬時に照った気がして、カヘルはぴくりと目を細める。


 いや、光ではない。それは……。


 途端、頭上にあふれていた鳥たちのぎゃん声と騒々しい羽ばたきが止まって、世界は凍りついたかのように静まり返った。


 ばさっ……ぼた、ぼたたたた……!!


 豆畑の中に、その手前の曠野あらのに、鳥たちは次々と落ちてゆく。



「えっ……あれ? えええっ?」



 ローディアが困惑して立ち上がり、畑の方を見回した。



「食べあさっているんじゃない……! うぇっ、死んでる!?」



 路傍から、三人は豆畑へと駆け寄った。


 屈みこんで凝視すると、ふかし鳥たちは畝のあいだで、ぴくぴく・びくびくと羽や足を震わせている。死んでいるわけではなさそうだった。気を失っているのだ。



「こっちのも……これも、それも……。群れ全体が、のびて・・・いますね? カヘル侯」



 ファイーが言ったが、その声に驚愕がにじんでいた。



「一体、なにがあった……?」



♪ ……きれぇなあの子をとりこにすんのさ……



 ファイーと顔を見合わせたその時、カヘルの耳に触れた何か・・がある。



――歌??



 きッと顔を上げ、その声のした方向をカヘルは見る。いなか道のかなた、越し方から駆け寄ってくる一騎の姿があった。ずっと後方のもう一騎は、黄土色外套を着ている。



「もう一隊、後続が来るよぉー」



 妙にはっきりした声が近く通って、カヘルとファイー、ローディアは顔を空に向けた。うぐっ、と同時に喉を詰まらせる。


 南から……黒い波のような幕が、青空を覆いつつあった。先ほどの群れの比ではない。


 つまり畑の手前にのびているのは、ただの先行隊……斥候だったのだろうか? 何たる巨大なふかし鳥・本隊!


 カヘルはしかし、顔色を変えなかった。再び戦棍を手に、デリアド副騎士団長は千本打撃のっくの構えを取る。


 相手が大自然の脅威だろうが、何だろうが。キリアン・ナ・カヘルには退くという選択肢はない。今年の収穫を、国産有機豆を、デリアド領民の食糧を、騎士として守らねばならぬ!


 と、そこへ土ぼこりを上げて駆け寄ってきた鹿毛馬上の男が言った……。



「だーいじょうぶ、俺にお任せー!」



 男は手綱たづなを持ったまま、片手で自分の顔の脇をぽんぽんとはたく仕草をしてみせる。



「とにかく皆さん! 両耳、ふさいでて~!!」



 そしてくるりと馬頭を回すと、男はカヘル達に背を向けた。迫りくる空中の黒い大波に向かい合う。



「――――――――」



 男の広い背中、白い山羊毛皮の上っぱりを着たその背が、ゆがむように灯色ひいろに輝く。カヘルとファイーは、思わず両手のひらを耳にあてた。


 ぎぃぃぃぃぃぃぃん!!!


 カヘルの周りの空気が揺れる、振動が通り過ぎてゆく。


 のように感じられたものが、だったのだと一瞬おいてからカヘルは理解した。


 押し当てた手のひらの厚みを通しても、そのすさまじい圧が耳奥に入りこんで来る。カヘルは目を細めて、その不快感に耐えた。



「――――――――」



 馬上の男は、続けざまにを放っていった。


 宙の大波、ふかし鳥の大群が次第にどよめき、うぞうぞと間をあけて広がり、やがて退き始める。やってきた方向、南へ向かって飛び去ってゆく。



――何……? ふかし鳥たちが南へ、海の方向へと戻って行く!?



 暗くなりかけていた空が、再び青くひらけた。


 カヘルはファイーと、再び顔を見合わせる。ほぼ同時に、そうっと両耳から手を外した。周囲は静まり返っている……先ほどまでの喧騒が、夢だったかのように。



「あぶないとこでしたー。騎士の皆さん、お疲れさまでーす」



 ぴょこんと鹿毛馬から飛び降りて、その大男はにこッとカヘルに笑いかける。



「……あなたが追い返したのですか? あの、ふかし鳥の大群を」


「ええ。方向感覚をねじまげて、ついでに帰巣本能をぐいぐい刺激してやったのでー、これから≪白き沙漠≫に帰ってくと思いまーす!」



 灰色の麻衣上下に、白い山羊毛皮の袖なし上っぱり。首もとにあざやかな藍色の布をたらした男は、山で働く者のようななりをしている。声と表情のひょうきんなおじさんは、剃ってしまって髪色こそわからないものの、明らかに東部ブリージ系であった。



「いったい、どうやって……?」



 問いかけたファイーの言葉をさえぎるように、追いついてきた一騎から声がかかる。



「あーっ、カヘル侯にファイー侯! こちらに来てたのですかッ」



 黄土色外套をなびかせて軍馬を駆ってきたのは、カヘル直属部下のバンクラーナだった。



「うぇっ、カヘルぅぅぅ!?」



 それを聞きつけた東部系の謎おじさんは、バンクラーナとカヘルの顔とを交互に見た。


 さらに、ぐぐぐっとカヘルに迫る。まじまじ・じじじ~と、上から見つめてくる……でかい人だ。



「あなたが、輝ける御方ニアヴの甥御さん。キリアン・ナ・カヘル若侯ッ??」



 きらきらきら……! 切れながのあおい瞳を乙女のように輝かし、大きな口をにぃーっと盛大に笑う形にしながら、男はカヘルに問う。


 微妙に引きかけるも、カヘルは冷えひえ淡々と答えた。



「さようですが。あなた様は?」



 ぱーっっっ!!


 今度こそ、おじさんはめいっぱいに破顔した。左から右へ、眉間を横切って黒ぐろと濃ゆいまゆ毛がみごとに一直線である。いったい何がそんなに嬉しいのだろう……謎を通り越して不審である。あやしい。



「はいッ! 害虫・害獣の駆除はお任せ、専門業者のディンジー・ダフィルでーす!」



 きりっと張り切って言ったおじさんの脇に、下馬してきたバンクラーナが立った。



「違うでしょ、ディンジーさん。この場合は本業のほうでなくって……」


「はい~! 少し前までマグ・イーレのニアヴ・ニ・カヘル様に、お世話になっていました。≪声音こわねつかい≫のディンジー・ダフィルです! すてきな叔母さまから、あなたのお話は常々うかがってますぅッ」



 恐らくはもう六十代……。かような年代のおじさんから、星の飛びそうなあいきょうを振りまかれたことのないカヘルは、内心さらに引きまくった。が、男の言葉の後半部分を耳にして、ようやくいつもの冷えひえ眼光を双眸にみなぎらせる。



「≪声音こわねつかい≫? では、あなたが叔母の……巨人対策・特別顧問! ≪声音こわねの魔術師≫のディンジー・ダフィル様ですか!」


「やだぁ、ディンジーって呼んでくださぁい」



 きゃはッと嬉しそうなディンジー・ダフィルを見上げ、カヘルはわなわなと目じりを震わせた。



――何たることだ、東の魔術師・・・・・が降ってわいたッッ!



「カヘル侯、ちょっとした偶然がありまして……って、うわぁああああ!? どうしちゃったんだぁ、ローディア侯!」



 説明しかけてぎょっと声を上げたバンクラーナ、その視線をたどってカヘルもようやく側近の異変を知る。


 豆畑と道の境目あたり、かさばる巨躯をもじゃもじゃと横たえて、ローディアはのびていた。すぐ脇にしゃがみ込んだファイーが、黄土色外套をのけて鎖革の混合鎧をゆるめようと苦心している。



「ローディア侯!」



 地面近く、側近の顔をのぞき込んだカヘルに気付いて、ローディアは力なく上司に視線を向ける。



「うううう、カヘル侯……。何がなんだか、急に天地がぐるぐると回ってまして……!」



 あわれっぽい声でうめく側近の太い腕を、カヘルはがしッとつかんだ。



「あ~! だから、両耳ふさいでって言ったのにー」



 カヘルの背後から、困り顔でディンジー・ダフィルが言った。



「いるんだなぁ、けもの並みに耳がよくって繊細な人……。鳥の方向感覚まげる時に出した俺の声、もろに聞いちゃったんだね? 半刻くらいはげろげろが止まんないよ。悪いけど」


「……ローディア侯、耳をふさがなかったのですか」



 こじ開けた側近の鎧の中に手を入れながら、ファイーが問うた。



「うう……。耳脇の毛が厚いので、大丈夫だろうと思って……」



――ばかものッ。毛の力を過信してはいけないッッ。



 平生こまかいことで部下を叱らないカヘルであるが、今回ばかりは側近騎士に冷えひえ雷をぶち落としたい衝動にかられていた。


 女性文官に介抱され、背中をさすってもらっているローディアがうらやましくて血反吐が出そうだとか、そういうみにくい嫉妬心からではない。たぶん。




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