ムーやんひみつ基地へようこそ
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翌日。モイローホの町にある一軒の酒商、板で仕切られた小宴会用の室にて、カヘルとローディア、ファイー、東域第五分団警邏部長シウラーンとその部下たちは卓子を囲んでいた。
窓から日光の入る明るい場所だが、そこにいる者はみな神妙な面持ちで、帰還したプローメルの話に聞き入っている。
「……と言うことで。ここ一週間において、該当しうる石材・資材のマグ・イーレへの搬出はありませんでした。イリー街道ではなく、山間路から直接フィングラスへ持ち出された可能性を考えて、いまバンクラーナが北方口の検所を回っています」
「山間路……。さらにありえそうにないですがねぇ」
腰掛に座ったシウラーンが、腕を組んで渋い表情をつくった。いや今さら作る必要もないのだ、この人はすでに十二分に渋い。
やはり腕を組んで考え込むカヘルも、東域第五分団警邏部長に同意している。隣接する山国フィングラスへの道は勾配が多くなるから、荷車を使うとしても石の搬出は難儀となろう。
「搬出経路が見えてこない以上、≪王の石≫はそう遠くへは行っていない気がします。青みがかった灰白の縦長花崗岩、という特徴の石を、まずはクルーンティ郡内で洗い出した方が良いのかもしれません」
淡々と言ったものの、自分の発言に一同が内心げっそり来ているであろうことが、カヘルにはよくわかった。言うはやすし、とんでもなく手間のかかる探索になる。
「そして使える時間に限りがある以上、やむを得ません。個人的な伝手を頼って、超常の専門家に援助をあおぐことにします」
シウラーンがきょとんとした。
「超常?」
「カヘル侯、まさか……」
プローメルが、はっと驚いた眼差しでカヘルを見る。
「ええ。プローメル侯、折り返しですみませんがマグ・イーレへ向かってください。叔母に支援要請の親書をしたためますので、正規理術士を一人連れて来てもらえますか」
がこッ!!
シウラーンとその部下らは、口を四角く開けた。ファイーも目を大きく見開いている。
――うおおおおお! やっぱりここで使っちゃうのか、虎の子のニアヴ叔母さん頼み~!?
――まぁ、一番効率良いっちゃ良さそうだけどな……。
側近ローディアと直属部下プローメルは、カヘルの決断を何となく予想はしていたものの、やはり驚きを隠せないでいる。
「故ノクラーハ老侯の言葉によれば、石の歌を感知できるのは東西どちらかの魔術師くらい、ということです。ならばそのものずばり、西の魔術師たる理術士に来てもらい、≪王の石≫の探索に手を貸してもらいましょう」
カヘルの叔母――すなわちカヘルの父の妹であるニアヴ・ニ・カヘルは隣国マグ・イーレ元首ランダルの正妃であり、病気療養中の夫に代わって現在かの国の宮廷を取り仕切っている。軍事担当の第二妃グラーニャと組んで、二人は実質的なマグ・イーレの元首と言えた。その軍属にある三人の≪理術士≫、もとティルムン軍の正規兵士をどうにか一人、拝借しようとカヘルは考えたのだ。
――今こそ使え、身内の縁ッ!!
常日頃からニアヴ叔母と内々に連携しているカヘルだが、さすがに軍属の援助要請には思い切りが必要だった。しかしニアヴ叔母にとってもダーフィ王はいとこである。デリアド王の威信があってこそ、ニアヴの権威もマグ・イーレで強みを増すのだ。ダーフィ王の正当性を守るためとあらば、叔母はこころよく援助してくれよう。カヘルはそう信じていた。
ローディアにしたためさせた書を持って、プローメルはさっそくマグ・イーレに向け出立する。シウラーンはクルーンティ郡の地図を広げ、昨日の捜査からもれた小集落への聞き込み配分を始めた。
その時、大きな水差しと空の湯のみを満載した盆を持って、酒商のおやじが小宴会室に入ってくる。
「一応、ここに水を置いときますけど。温いのが欲しい時は、なんぼでも長台に声をかけてくださいよ」
「ご主人。ご協力に感謝いたします」
カヘルは酒商おやじに、丁寧に礼を言った。日中この店の個室を捜査本部として使えるよう、シウラーンが話をつけてくれたのである。モイローホの町からさらに先に行かねばならぬノクラーハ邸より、ずっと便利であった。
「いえいえいえ! ムーやんには、しょっちゅう貸してるんですから。どうぞご遠慮なく」
「……やめろい」
初老の警邏部長は、目を細くして酒商おやじをじろりと見る。酒商の主人は、本名ムードゥ・ナ・シウラーン侯の幼なじみにして長年の友、と言うことだった。実際、ちょい悪風の不良中年という雰囲気が二人に共通である。
バンクラーナが帰還した時のために留守番役の巡回騎士をひとり酒商に残し、一行は数名ずつに分かれて捜査を開始した。
シウラーンと部下はそれぞれデリアド岬を南下し、カヘルとローディア、ファイーは準街道沿いに北上する。
モイローホの町厩舎から出て、今日も黄土色の騎士たちは軍馬を駆った……。