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田舎ごちそう定番! 黒ソーセージ

 

・ ・ ・ ・ ・



 カヘル、シウラーン達の奮闘むなしく、その後の捜査でも芳しい情報は得られなかった。クルーンティ郡の南部にある集落を数か所まわったが、不審な資材搬送や転売のけはいは全く見つからない。


 切り上げてシウラーン達を第五分団拠点へ帰し、カヘルとローディアはノクラーハ邸へと帰還する。とっぷりと闇の落ちた中に、明るく浮かぶ旧家の(あか)り。


 ノクラーハ若侯夫人と、……出迎えたファイーの様子を見て、カヘルは少々面食らった。あごの辺りで切り詰めた金髪が何となくもしゃついて、女性文官は珍しくよれよれ(・・・・)の雰囲気なのである!


 だいぶ遅くなったにもかかわらず、ノクラーハ若侯はいまだに帰宅していない、と夫人が言った。


 昼同様、広間の長い食卓の端で三人はノクラーハ若侯夫人とともに晩餐をとる。



「おや、これは」



 中年の女中が、湯気のたつ皿を前に置いた時。それまで疲れ切った様子だったファイーの声が、少し高く弾んだ。



――これは。


――こ・れ・はーッッ!!



 カヘルとローディアの胸中も、かなり高めに弾んだ!



「黒腸詰ですか。もう、そんな季節なのですね」


「ええ。今秋はじめてのを、いただいて参りました」



 新鮮な豚の腸に、これまた新鮮なる豚の血と刻んだ(きのこ)を入れたもの。


 まっ黒々なる邪悪な見かけに反して、中身はじわりとこく(・・)のあるまろやかさ。冬場のごちそう定番である。つけ合わせは、もちろん一緒に蒸し焼いた旬の林檎(りんご)だ。肉汁がしみ込み、ところどころにこんがり焼き目のついたとろける果肉を口いっぱいに含んで、三人は無言だった……。



――美味。実に美味、首邑デリアドでここまで新鮮な黒腸詰はなかなか賞味できない。地方出張ならではの役得であるッ。


――あ~、幸せ! うますぎ! 皮まで食べたーい、いや食べちゃいけないんだけど! あ~~美味しいいいい。



「こんなにおいしい黒腸詰をいただいたのは、本官は初めてです」



 食後の菩提樹(てぃゆうる)乾皮の香湯(こうゆ)を前にして、一同を代表するかのごとくファイーが堂々と感想を述べた。好きな豚を食べて、だいぶ疲労回復したらしい。声がびしっと決まっている。カヘルとローディアはぐっと深くうなづいて、全面的な同調を表現した。



「お口にあいましたか。安心いたしました」



 ノクラーハ若侯夫人はどこまでも謙虚、菩提樹(てぃゆうる)湯のように滋味深い人である。


 繊細な話題をさけるべき頃合も過ぎたところで、カヘルは若侯夫人とファイーに午後の捜査進展を話した。


 ワレイール集落に≪王の石≫が持ち込まれ、死んだ職人によって線刻が削られた可能性が大きい。そう告げた時に、女性文官の青い瞳が(かげ)る。


 自分の話でファイーが気落ちするだろうことが、カヘルには何となくわかっていた。石が、巨石記念物が損壊されたことをファイーは悔やんでいる。人が傷つけられた、と聞いたかのような無念を顔に浮かべて、女性文官は静かに目を閉じていた。


 そういうファイーからそっと視線を外し、カヘルはノクラーハ若侯夫人に向かい伝える。直属部下を国境検所に派遣したこと、明日以降の捜査の拡大について……。


 一通り話したところで、ファイーが「カヘル侯」と声を上げた。気を取り直したように、いつものぴしっとした調子である。



「本官からも、調査報告をしてよいでしょうか」


「ええ、どうぞ」


「古文献、およびノクラーハ老侯の遺した丘砦(ラース)と≪王の石≫に関する詳細資料を拝読しました。また夕方に再度丘砦(ラース)現地に赴いて、測量を行いました」



 ノクラーハ老侯の資料は、ファイーの簡易測量と完全に一致する精緻なものだった。いずれ複写をしてデリアド市庁舎の地勢課に保存したい、ともファイーは付け加える。



「しかし肝心の≪王の石≫について、いまだ理解(・・)に到っておりません」



 読み通しはしたものの、≪王の石≫が実際にどういう役割を担ってきたのかが、はっきりしないのだとファイーは言う。


 午後初め、一緒に読んだところからの続きとしては、当時のデリアド王は≪石の祝福を受けた≫後、しばらく丘砦(ラース)に滞在した。丘の上で(めと)った初代ノクラーハ侯の妹を伴い、やがて東方開拓に向けて出立していったと言う。



「周知の事実ですが、デリアドに限らず、植民初期のイリー正史というものは存在しません。イリー暦の導入される前、暗黒の世紀と呼ばれるこの時代の王統は知られておらず、断片的な伝承が各地に残るのみです。ノクラーハ家の古文献は百三十年前に複写されたものであり、原本が古イリー語で記述されていた分、信憑性は比較的高いと思われます。しかし実際にどの王が丘砦(ラース)に滞在し、石に触れたかなどは判断しようがありません」



 ローディアは小首をかしげる。そう、現王の血統だってさかのぼれるのはせいぜい二百年くらいなのだ。デリアドだけの話ではない。テルポシエもオーランも、イリー各国どこでもそういうもの、と一般的に認識されていた。



「その後、歴代デリアド王が時折あの丘砦(ラース)に滞在しては石の祝福を受けた、と文献内に書かれていました。しかし現代においてダーフィ陛下がマエル・ナ・ノクラーハ老侯に聞くまで、この話を全く知らなかったことから察するに……。王朝における伝統としても、(すた)れてしまったのだと考えます」



――と言うか……。石も伝承も、そもそもが王家にとってさほど重要視されていなかったのでは……?



 ローディアはそう思ったが、ノクラーハ若侯夫人のてまえ顔にも口にも、ひげにも出さないでおいた。


 その若侯夫人が、慎ましげに話を引き継ぐ。



「≪王の石≫について、ファイー様にもお話をしたのですが。わたくしにも夫にも、義父の体験談以上に詳しいことはわからないのです」



 マエル・ナ・ノクラーハ老侯は養子とその嫁に対し、≪王の石≫と家伝の古文献の重要性について常々言い含めていた。それに従い、老侯の書き連ねてきた丘砦(ラース)に関する覚書や資料を、若侯夫人は精読している。≪王の石≫の消失について、ダーフィ王に連絡したのも彼女だった。



「主人は、その……。義父が亡くなった直後、やはり動転してしまいまして。何度か促したのですが、なかなか筆をとってくれませんでした。それで差し出がましいとは思いましたが、デリアド宮城(きゅうじょう)のダーフィ陛下へは、わたくしがお知らせしたのです」


「……ではもしや。≪王の石≫が丘砦(ラース)の上からなくなっていたと気づいたのも、奥様なのですか?」



 ふと思い当たって、カヘルは問うた。



「はい、そうです。義父が朝の丘砦(ラース)散歩から戻らず、おかしいと思って行ってみたら、頂上に倒れておりました。その時は全く石に気がまわらず、使用人たちを呼びに行って義父を家へ運ぶのに精いっぱいでした。でもお通夜の時に、はっと思い出しまして……。それで丘に登ってみたら、石は跡形もなく消えていたのです」



 この辺は、カヘルが王づてに聞いたのと同じ経過であった。



「生前のお義父(とう)様は、このように≪王の石≫に危機がおよぶことを、予見なさっていたのでしょうか?」



 カヘルの問いに、ノクラーハ若侯夫人は小さく首をひねる。



「ええ……。していたからこそ、もしもの時には陛下に知らせるように、とわたくしどもに言っていたのでしょうけど……。ただ、あまり真剣ではなかったのです。言い含める時はいつも、さいごに笑い飛ばすような調子でしたわ。ええと……」



 こめかみに手を添えて、若侯夫人は古い記憶をたぐっているようだった。やがてふわりと、微笑する。



「そうそう。石の歌がわかるやつなんて、東西どっちかの魔術師くらいのもんだろう。そいつらがめいめいの王をかついで、デリアドを乗っ取りに攻めてくる事態なんざぁ到底ありゃしないんだから。ま~、僕の杞憂に終わるだろうさ! と。たいていそう言って、けらけら笑っていましたわ」



 にこにこと明るい笑顔で言う若侯夫人を見て、三人は少々あっけにとられた。


 老侯の口調を再現した夫人の言葉が、あまりに軽やかだったからである。






・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


※ううむ……黒腸詰が出ました! アイリッシュ・ブレックファストについてくるぷちぷち食感の白黒プディング、ブラックプディングかと思いきや!? デリアドのものはフランスの「ブーダン・ノワール」に近いようです。きのこも入ってなめらかムースっぽい食感が◎。いいですね、私もお相伴したいものです。(注:ササタベーナ)

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