副団長、ちょっと挫けそう
シウラーンとその部下、そしてバンクラーナとプローメルは、石工職人のもとへ仕事を依頼した者の目撃情報を探っていた。が、双方とも収穫なしと頭を振る。
「だめですね。大きなものだから、運搬中に周囲の住人が気付きそうなものですが」
やはり、夜の闇にまぎれての搬入・搬出では察知する者もいなかったようだ。そもそも石屋の工房は、ワレイール集落の外れにある。周りの民家からは離れており、店の裏手はそのまま曠野につながっているから、村の大通りではなくそこから運んで行ったのかもしれなかった。
田舎の四ツ辻にて、カヘルは腕組みをして考え込む。
――犯人は、用意周到に準備をして≪王の石≫を持ち出した。人目につかぬ経路をとって七日前の夜にここの工房へ石を持ち込み、≪王の石≫の目印とも言える線刻を削り取るよう加工させた。それを持って行ったのが四日前……。
カヘルは奥歯を噛みしめた。四日もあれば、いかにかさばる石でもとっくに遠方へ運ばれてしまっているだろう。それこそ何の変哲もない石材として、驢馬二頭立ての荷車に揺られ、イリー街道を通過していったかもしれない。
――万事休す、か?
ダーフィ王の命令は、≪王の石≫を見つけて取り戻すか、あるいは悪用されぬよう破壊せよ、だった。線刻を削られ、もはや権威の象徴たる聖なる石と識別できない石材に成り果てているのなら、王命はすでに実質的になされていることになる。感情をまじえないのなら、これにて捜査終了とすることもできるのだ。しかし――ここで立ち止まれば、大きな無念がわだかまるだろう。それは到底、カヘルの受け入れられる結末ではなかった。
――何と言う狼藉。奪って行った者は、石の真の価値を知らぬままに搬送し、再販あるいは再利用を試みようとしているのか。
まだ見ぬ愚か者の犯人に対し、カヘルの腹底からふつふつと怒りがこみ上げてくる。冷静沈着で何ごとにも激せぬ慎重派の我らがデリアド副騎士団長は、……忘れないで欲しい。彼も人間だった。
同じく人間である父のいとこのダーフィ陛下を、神聖視こそしていないが尊敬している。国内外さまざまの問題に向かい合い、解決を目指して自分なりの静かな努力をしている人、慕うべきいとこおじなのだ。彼の騎士となってから、カヘルは老王が見えないところで悩み迷っていることも知るようになった。
そういう陛下を泣かす輩は断じて許さんという憤りが、カヘルの胸中に冷えびえと広がったのである。
形のよい額にカヘルが青すじを浮かせているのを見て、直属部下らはその辺おおよその上司の心理をおしはかった。
「カヘル侯。もし犯人が転売を考えているのなら、国外へ持ち出す可能性がありますね?」
バンクラーナに言われ、カヘルはきらりと部下を見やる。
「農作物と違って、石材や資材の持ち出し・持ち込みは、デリアド国境で検閲を受ける必要がある。犯人と石がマグ・イーレかフィングラスに向かったのなら、記録も残るはずです。これからプローメルとひとっ走り、街道検所へ行って確認してこようと思いますが、どうでしょうか?」
すだれのような長め金髪の隙間から、バンクラーナの切れなが双眸がカヘルを見ていた。その横プローメルが長い鼻をひくつかせて、渋くうなづいている。二人の言いたいことは、カヘルに伝わった。≪まだまだ終わりじゃないぞ、副団長≫。
「ええ、お願いします。バンクラーナ侯、プローメル侯」
「ではっ!」
軍馬に飛び乗ると、二人の騎士はあっという間に北へ向かう辻道を行ってしまった。
秋半ば、だいぶ日が短くなってきている。イリー街道を急ぎ東進しても、マグ・イーレ国境前の検所まで今日中にたどり着けるかどうか……というところだ。しかしその前に、東域第九分団基地がある。軍馬を換えられるし、何よりバンクラーナとプローメルの二人だ。たいていの障壁はやすやすとかわしていくから、心配は要らない。
「では我々は、日の続く限り地元捜査にあたるとしましょう!」
疲労の色をつゆともにじませない調子で、東域第五分団警邏部長シウラーンも力強く言った。
「ええ、そうですね」
「石は特徴をなくした。もはや盗品とはばれないだろうと犯人がたかをくくり、いけしゃあしゃあと当郡内で転売するということも、大いに考えられますからな」
カヘルは初老のシウラーンにむけてうなづく。やはりこの人に応援を頼んで正解であった、と思う。
――そうだ。愚かなる盗人を見つけ出し、不敬罪にて一発かっ飛ばしてやらねばならぬ。
腰にさげた自前の得物、いぼいぼ鉄球のついた戦棍のことをカヘルは考えた。その胸の中に、再び冷やっとした気合がみなぎる。我らがデリアド副騎士団長に、捜査の道半ばで挫けるなんてことはあり得ないのだ。頑強なり、キリアン・ナ・カヘル。