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石工職人の死

 

・ ・ ・ ・ ・



 ワレイール集落。石工職人の夫を失って間もない若い寡婦は、憔悴しきった様子でカヘル達の質問に答えた。



「お辛い時に、本当に申し訳ないのですが。旦那様の亡くなられた状況について、詳しく教えていただけますか」


「はい。……ほんとにあの人、どこも何も悪くなくって、元気だったんです……」



 石工職人は、亡くなる前日まで急ぎの仕事をしていた。三日のあいだ自分専用の小工房に見習も同僚も入れず、妻にはいつもの差し入れもするなと言い置いて、こもりっきりで作業をしていたらしい。


 今から四日前、それが終わって一挙にくつろいだ様子になった。そして三日前、夕方だいぶ早めに帰って来て、妻と一緒に食卓を囲んだ。酒に弱いイリー人の典型、晩酌をするでもなく石工職人は煮込みを皿に半分ほど食べ進める。今日も疲れたでしょうと妻がねぎらうと、昨日までのがとんでもなくってよ……と職人は答えた。



≪あんなに超特急で削らされたのは、おいらの石工人生で初ってもんだ≫



 もぐもぐ秋かぶを咀嚼しながら、夫は何気なくぼやいたと言う。



≪しかも消すにゃ惜しい、きれえなぐるぐる・・・・でよう≫


≪ふうん?≫



 妻は水さしを取ろうとして、右手を卓子の橋に伸ばしかけた。その瞬間、かちゃんと音がして夫の手から木匙きさじが落ちる。


 ぱたん、と夫は椅子の背にもたれかかり――――絶命した。


 何のまねだろう、新手の冗談かと思い、妻はきょとんとしてしばらくそのまま自分の皿のものを食べた。


 やがて夫が動かないことに不安を感じ、取りすがり、恐慌して若妻は叫ぶ。隣人が駆けつけて村の治療師が呼ばれてきた時、夫の石工職人は既に椅子の上で冷たく固まっていたらしい。


 話しているうちに蒼白になり、震え出した寡婦を案じて、カヘル達はその場を辞す。近所にある石屋の工房に行き、そこで死んだ職人の同僚たちに話を聞いた。



「亡くなったあいつのことを、悪く言いたかないんですが」



 声をひそめながら、年輩の職人二人が話し出した。



「あいつが直前に受けた仕事の色々が、帳面のどこにも見当たらないんですよ」


「どうも、闇に流して……って種類だったらしい」



 死んだ職人が石を削った・・・・・、と言ったと知れた瞬間から、カヘルの身体のまわりにぎんぎん冷気がまとわりついていることに、ローディアは気づいていた。側近は震撼しつつ、職人たちの話に耳をかたむけている。



「皆さんは、依頼人の姿を見なかったのですか?」


「いいえ。石材がいつ運ばれてきたのかも、俺らは知りません」



 カヘルは小首をかしげる。死んだ職人の妻の話によるなら、依頼の仕事が終わったらしいのは四日前である。



「石材加工が仕上がったのは四日前とみられますが、その後で誰かが引き取りには来なかったのですか?」


「その晩は、あいつが残業して店を閉めるって言ったんです。なので俺たちは先に帰りました」



 カヘルとローディアは、古文献の中でファイーが注目していた≪王の石≫の挿画を思い返していた。横倒しになった石の右端部分には、たしかに円いぐるぐる・・・・線刻があったはずである。ダーフィ王も、≪うずまきのようなもの≫として記憶していた。


 特徴である表面の線刻を削らせて、石の正体がわからなくなるよう加工を依頼したとするなら……石工職人のもとを訪れた者こそ、≪王の石≫の盗人である!



 カヘルとローディアは、亡くなった石工職人の元へ駆けつけて、脈をみた治療師にも会いに行った。この人は医師ではないが、それに準ずる薬知識と治療技術を持った専門家である。



「ええ。何かものを喉に詰まらせたり、毒のたぐいを口にしてしまったりと言うのではありませんでした。心の臓が突然とまって、それっきり……と言うやつです。あんなに若くて元気な人には、珍しい話ですけどね。まぁ、ごくたまに起こることもありますから」



 誰にでも起こり得る、よって誰もが注意するに越したことはない……というその中年治療師の言葉が、なんだか自分への忠告のように思えて、ローディアは内心めんど臭く思った。具体的には、何をどう備えればよいのだ? そんな青天の霹靂へきれきみたいな不幸に。



「何らかの劇物を間違えて飲んでしまった、と言うことはないのでしょうか?」



 カヘルは少々食い下がって確認する。



「お嫁さんの話を聞いたけど、あんな風に死んでしまう毒だの劇薬だのってのは、まずないんです。たいていは死ぬ前に、上から下から汚いものをぶちまけて身体が抗おうとするし、外側にも影響は出ます。さくっと死んじまうのは一種の杏仁毒だけど、あれは口からの酒臭さですぐわかる。むくみを取るのに使う≪妖精の手袋≫も、ちょっと量を越えると心の臓が止まりますが……」


「亡くなった方の身体に、服毒の証拠である黒い斑点はなかったのですね?」


「ええ」



 何だ兄ちゃん知ってんじゃないか、そう言いたげな視線で治療師はカヘルを見た。カヘルは彼に名乗っていない。よって治療師は、目の前にいるのがデリアド副騎士団長とは全く気付かないでいる。いろいろ殺人とりもの・・・・を扱ってきた、坊ちゃん見かけの巡回騎士なんだろうと思って気安く接していた。



「あとは……。即効性の毒として≪蘭毒≫というのもあります。でも、あれはとんでもなく希少で高いから、一般にはまず出回っていませんよ」



 カヘルは両眼を細めてうなづいた。


 中年治療師の言う通り。事情を知らずに≪王の石≫窃盗に巻き込まれた石工職人の死は、実に奇妙な頃合ではあったものの……不審ではなかったのである。


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