モイローホの町広場
湖畔の町は、優しげな秋の陽光の中でひっそり静まっていた。午後のさなか、古い石だたみの路地をゆく者は少ない。幼な子の手を引いた老婆が、小さな商店街の店先をゆっくりと通り過ぎていく。
カヘルとローディアはモイローホの町中心、広場に出る。プローメルやシウラーンとの合流地に指定したその一画へ歩み寄りながら、カヘルはごつりと無骨な石造りの建物を横目に眺めた。モイローホ町役場である。
実子のなかった故マエル・ナ・ノクラーハ老侯の後継者であるオーネイ・ナ・ノクラーハ若侯は、遠戚から迎えられた養子なのだと言う。老侯同様に文官騎士であり、東域第五分団に属しているが、実際には幹部職員としてモイローホ町役場に勤務している。
中央から来る自分たちを屋敷で待たず、通常通りに出勤するようにと若侯に指示したのはカヘルだった。シウラーンが駆り出されていることから、第五分団内では暗黙の了解がなされているのだろうが、やはり捜査は非公式に行われなければならない。捜査協力のために欠勤すれば、ノクラーハ若侯が事件の当事者であることが周囲に知れる。カヘル副騎士団長がなぜモイローホに滞在しているのか、と疑問をいだく者が出てくるだろう。できるだけ隠密のうちに捜査を進めたいカヘルとしては、それは望まぬ事態である。
――今夜にでも、その辺を含めて話を聞かなければならない。若侯に、あるいは故老侯に、そういう周囲からのやっかみを受ける材料はなかっただろうか……?
考えているとカヘル直属部下のバンクラーナとプローメルが、間を置かずにシウラーンとその二人の部下が、楡の木陰にあらわれる。
「カヘル侯。運送配達業者のところを回って来ましたが、それらしい搬送案件はどこでも皆無でした」
本日も渋みが利いている、プローメルが言った。
「少し前、橋の修繕工事のためにドロエド村へ大量の石材を運んだのが、ここ一番の大荷物だったそうです。以降はとりたてて重量案件の運搬はなかった、と」
バンクラーナの言葉に、カヘルはうなづく。造園石工に聞いたのと一致する話だ。続いてシウラーンが声を上げた。
「我々はもう一軒の石屋にて、妙な話を聞きました」
一同はシウラーンの顔を見る。第五分団警邏部長とその部下は、モイローホの町外れにある別の石屋へ聞き込みに行っていた。
「そこの店では、不審な来客や仕事依頼というのはなかったのですが。ワレイールの集落にある支店の石工職人が、三日前に急死して取り込み状態だったらしいのですよ」
「ワレイール……」
頭の中にあるおぼろげな東域地図を、カヘルは思い出そうと努めた。モイローホの町から、ノクラーハの所有地を挟んでずっと反対側に行ったところにある、比較的大きな村の一つだ。
「我々が話を聞いたところの店主が昨日弔いに行ってきたのですが、全く変な死にざまだったらしくて。奥さんと食事をしている時、直前に受けた仕事の話をしかけて突然倒れ、そのまま死んでしまったのだそうです。まだ三十代半ばの元気な男性で、病気などは全くしなかったのだと」
「確かに妙な話ですね」
既往歴のある場合は別だが、三十代半ばと言えばカヘルとほとんど変わらない。何となく引っかかりを感じて、カヘルはシウラーンに続けて問う。
「心身に負担のかかるような、重大な仕事でも引き受けていたのでしょうか。死ぬ間際に話していた、その内容と言うのは?」
「話してくれた店主も、それははっきり知りませんでした。ただ亡くなった職人と言うのは、石材加工が得意だったと言います。その道ではちょいと名が知られていて、羽振りのよい依頼もずいぶんあったとか」
カヘルはうなづいた。この頃合での突然死……なにか匂う。
「シウラーン侯。そのワレイールの石屋に行こうと思います」
「ええ、在所を聞いたのでご案内します。向こう側に行かせた私の部下と、合流することになるかもしれませんが」
言うなり、一行は黄土色外套を翻して歩き始めた。