造園石工ききこみ
・ ・ ・ ・ ・
「旦那ほどの丈の石ですか……? さいですね! 驢馬二頭の荷車で十分でさ!」
モイローホの町の石工おやじは、こともなげに言った。
「何ぞ、庭に風流造作でもご要りようですかい? みかげ石の良いのがござんすよ」
「いえ、探しものをしておりまして」
和やかに営業をしかけてくるおやじを涼やかにかわしつつ、カヘルは石屋の作業場兼庭先を見回した。もこもこときのこ型に刈り込まれた松木の間に転がっている、いくつかの石材を指さして副騎士団長は問う。
「だいたいあのくらいの格好の灰青石が、この近辺で搬送されたという話を聞きませんでしたか?」
「うーん? この辺りでは聞きませんやね。翠月の長雨で崩れちまったドロエド村の橋、あそこの修繕工事に村長さんからだいぶ注文をいただきやしたけど。それ以降は、主に壁材ばっかりのお取り扱いでござんす」
「そうですか。ちなみにご主人、そこにある石の値段はどれくらいなのです?」
ものを知りませんで、と腰ひくく問うてくる若い騎士に、おやじは気安く教える。目の前にいるのが、今をときめくデリアド副騎士団長なのだとは全く気づいていなかった。
「あちらは八百です。も少し色の純なのになりますと、白でも黒でも千はくだりませんねぇ。隣の家との境界石に見栄を張りたいって、大きな農家さんがぽんぽん買ってゆかれますよ」
――へぇ~、けっこう値の張るものなんだ……!
ひそかに感心している庶民派側近ローディアの横で、顔色こそ変えないがカヘルもけっこう驚いていた。
――つまりいわくを抜きにしても、≪王の石≫自体に多少の価値はつくわけだ……。
シウラーン警邏部長はここへ来る途中、石に事欠く土地ではないと言っていた。しかし古文献の挿画を見る限り、≪王の石≫はその辺に転がっている石とはだいぶ異なっている。柱状にすらりと整った形をしていた。審美的な利点から高値で売れると判断され、持ち出された可能性はあるのかもしれない。
おやじに礼を言って、カヘルとローディアは造園石工の家をあとにした。
「あの~、カヘル侯」
道すがら、ローディアがもしゃっと上からカヘルに声をかける。歩く速度をゆるめず、カヘルはちろりと見上げて先を促した。
「先ほど、石屋さんが言っていた≪境界石≫のことで思いついたんです。ものすごく俗的な話になりますが、……ご近所問題の延長だった、とは考えられないでしょうか?」
カヘルは眉を少々ひそめた。ローディアは続ける。
「人里離れた場所に置かれた≪境界石≫は、往々にして動かされやすく、隣接する土地の所有者間でよく問題になります。ノクラーハ老侯や一家に私怨を抱いていた人間が、嫌がらせのために石を持ち去ったのかも……」
「それを実行するとしたら、よほどの低能ではないですか」
「はい。それに石は境界地ではなく、ノクラーハ家の所有地ど真ん中にありましたから、可能性としてはかなり低いと私も思います。けれど巨立石について、以前ファイー侯の言っていたことも思い出したのです」
「……地下水脈のことですか?」
ファイーの名を出した途端、きらーんと冷やっこさの冴える上司をわかりやすいと思いつつ、ローディアはうなづいた。
「ファイー侯は、今日は言及していませんでしたね。失われた≪王の石≫は、≪エルメンの傭兵≫ほど巨大ではなかった。周辺環境にさほど影響を及ぼすことは、ないのかもしれない……」
女性文官は今夏とある殺人事件において、犯人との濡れ衣を着せられた巨立石が住民たちに引き倒されるところだったのを救った。石の重量が地下水脈に及ぼす影響を語って聞かせ、いたずらに動かしては水の出に障りが出ると説いて、事なきを得たのである。
――石を動かしたことで、王の権威失墜とはまた別の、何らかの害は出たのだろうか? ささいなことでも仮に実害があったのだとしたら、嫌がらせ説も馬鹿にはできぬか。
「その点については保留です、ローディア侯。あとでファイー侯に詳しく聞いてみましょう」
「はい」
ざかざかざか……。石だたみの路地をゆくカヘルの速足に、心もち弾みがついている。二歩うしろを歩きながら、副団長ほんと最近わかりやすいな、とローディアは毛深い胸のうちで思っていた。