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シウラーン警邏部長、再登場

 

「ここは我々の地元です。さっそく周辺地域での聞き込み捜査を開始するつもりでいましたが……。そこまで大きなものをそりで持って行ったとなると、やはり人目のつかない場所を選んで運んだ、と見るのが自然でしょうか?」



 ≪王の石≫紛失事件に関して、ここまでの話をカヘルから聞いたシウラーン警邏(けいら)部長は、灰色の頭を振りつつ言った。



「それはそうなのですが、大きいと言っても成人男性ほどのものです。何かで覆ってしまえば、建築資材のように装うこともできる。裏をついて、むしろ人里の中を運んで行った可能性もあります」



 信頼のおける第五分団警邏部長に、カヘルは冷々淡々と告げる。



「いずれにせよ、馬など荷物を引いたはずの家畜の痕跡が全くなかったのが、奇妙ではありますが」


「ううむ……。故ノクラーハ老侯が丘の上で亡くなっていたのは、嵐月(じゅうがつ)五日でしたね? カヘル侯」


「そうです」



 逝去の前日にも、マエル・ナ・ノクラーハ老侯は丘に登っていた。その時は異変を確認していなかったのだから、≪王の石≫が消えたのは嵐月(じゅうがつ)四日の夜以降、ということになるだろう。



「では四日以降の不審現象について、まずは周辺集落の人々に聞き込んでみましょう。それと、石材店や工務店にも協力してもらおうと思います」



――そうか、ぱんはぱん屋で! 石のことなら、石屋に聞くのが一番だもんね!?



 ローディアは、毛深い胸のうちではっとする。当たり前のことなのだが、シウラーンが口にするまで考えが及ばなかった。



「なるほど、考えてみればその通りですね」



 カヘルもシウラーンに向けてうなづいた。



「ではさっそく、モイローホの町と……それから準街道沿いにある、いくつかの村をあたりましょう」



 ノクラーハ邸の玄関前小広間、そこに置かれた卓子の上にクルーンティ郡の詳細地図を広げて、一同は確認し合う。



「カヘル侯。今回は私に直属する要員ばかりを五名連れてきています。モイローホの反対側にある、荒地の方へも何人か()きますか?」



 シウラーンは、デリアド岬の東側を指で示して問う。


 数か月前、東域別分団の管轄地で殺人事件が発生した。その代替捜査に入ってくれたこの第五分団警邏(けいら)部長を、カヘルは以来高く評価している。そして今回はシウラーンの本拠地、クルーンティ郡での現地調査。分団を通さないとは言え、やはり地元巡回騎士の助けは必須だった。王から依頼を受けた直後、カヘルは迷わずシウラーンに特命任務補佐を要請していたのである。



「そうですね。≪王の石≫の窃盗犯人が、いかなる経路を取ったのかが定かでない以上。今は多方向にて調べた方が良いでしょう」


「では、私の部下半数を荒地へまわします」



 ぽんぽんと捜査方針がかたまる。不安そうな表情をしたノクラーハ家の老執事を後に残し、カヘルとシウラーンの一行は屋敷を出た。



・ ・ ・



「しかし妙な事件ですな! 石を盗んで、いったいどうすると言うのか……」



 馬上で首をひねりながら、シウラーンは言った。



「特に石材の不足している土地ではありません。家や庭の造作に使いたいのなら、わざわざ骨を折って持ち出すまでもない。その辺の荒地でも見繕(みつくろ)えるし、それこそ石屋に頼めばいいのに」



 シウラーンの言うことはもっともだった。さらにノクラーハ家は、一帯で名の知れた旧家でもある。私有地に忍び込んで石くれを失敬する軽薄な行為に、どれだけの社会的危険が伴うかは誰もがわかっているはずだった。



「≪王の石≫の有用性に関しては、恐らくファイー侯の古文献解読で何らかの手がかりが得られるでしょう。問題は、それを一体誰が知り、持ち出しを企んだのかと言う部分です」



 ダーフィ王の話と託された故ノクラーハ老侯の書簡写しから、失われた≪王の石≫がデリアド王の正当性を証明するものである、と言うことは強く認識しているカヘルである。


 先ほどファイーと読んだ文献の中でも、≪王の石≫は昔のデリアド王に対して歌い、言うことを聞くかのように倒れ込んだ。この辺は暗黒時代のまやかし(・・・・)作り話としても、連綿と続くデリアド王の主権を象徴する……くらいの意味を石は持っていよう。


 そういう≪王の石≫を持ち出し粗末に扱うことで、ダーフィ王の面目をつぶそうとしているのなら、犯人は間違いなく不敬罪である。



――いまどき、反王政派もはやらないものだが……。



 執政官の集まりであるデリアド宮廷、その双頭であるダーフィ王と騎士団長フォーバルとは、ともに国民に親しまれて久しい。


 どちらも庶民基準に目を向けて、主張は穏やか。さらにここ十年は、カヘルが副騎士団長として戦役・重要交渉・捜査などを一挙に引き受けている。民の視線はカヘルの派手な活躍に向いているから、特に不満が膨れ上がるようなこともなかった。そもそもが現状を受け入れやすい、のんきで知られた国民性である。



「まさかとは思いますが、カヘル侯。外部からの工作、という線はないでしょうか?」



 ふいと挟まれてきた直属部下プローメルの言葉に、馬頭を並べて進んでいたカヘルとシウラーンは、肩越し軽く振り返った。



「デリアドの者ではなし。……例えばテルポシエのエノ軍がイリー王権の転覆を狙い、王の威信を地につけるために石を持ち去ったとか……」


「いや待て、プローメル。背景になっている≪王の石≫の話が、もっと市井(しせい)に出回っていて有名、と言うのならまだわかるぞ。けど一般人はそんなのまるで知らないんだから、石を消してもあんまり意味はないんでないのか、……んん?」



 プローメルの横で軍馬を御す、もう一人のカヘル直属部下バンクラーナが言った。言いながら、バンクラーナは自分の言葉にふあっと気付いたことがあるらしい。切れ長の双眸をかっと開けた。



「……と、言うことは? それじゃあ犯人は、石の本来の意味をよく知った上で持ち出した、ということになるのだろうか……つまり……」


「つまり?」



 言いよどんだバンクラーナに、カヘルは続きを促す。



「……つまり古文献を読むか、その話を伝え聞くかして。石が何なのか(・・・・)をよく知っていた人物が、持ち出しを計画した……ということになりませんか?」



 やや言いにくそうに、バンクラーナは言葉を継いだ。



「そうとも言えますね。あるいは、別の形で石の話を知っていた人物が、他にいるとも考えられます」



 少々乾いた言い方で、カヘルはこの会話を締めくくった。



「ともかく、物的に石の行方を探さなければいけません」



 一行の眼前に、モイローホの町が平らかにひらけて見えていた。






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