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丘砦の上の王子さま(上)

 

丘砦ラースが見えてきたよ、ダーフィ。あの辺が丘になってるの、わかるかい?」


「虹の足元のとこ?」


「そうそう」



 乾燥の強いこの国には少々珍しいことだが、その朝は何度か通り雨が降った。


 短く行き過ぎたその湿り気のあとを追うようにして、少年たちは白と黒の雌馬たちを厩舎から出し、草々の軽く濡れた野道をたどってきたのである。


 いま、彼らの前には曠野あらのが広がっていた。厚い白雲のまえにかかる七色の虹。そのいろどりは青空から輝き照る夏の明るい光に、くっきりと浮かび上がっている。大きな虹の足の一方が、なだらかな緑の丘陵の上に溶け込んでいた。


 隣をゆく白馬上の友達に≪ダーフィ≫と呼ばれた少年は、ちょろっと後ろを振り返る。


 彼らの駆るおとなしい雌馬たちより、ぐうんと背高い軍馬にまたがった騎士が二人、五十歩ほどの間隔をあけてついて来ていた。



「マエル、大丈夫? けっこう遠くへ来たけど」



 心の臓が弱い友達を気遣って、ダーフィは声をかける。



「うん! このくらいは平気さあ」



 ダーフィは首邑みやこデリアドからやって来て、夏の間をここモイローホの地で過ごす。普段と違って、何も考えずに馬を駆ったり、だらだら本を読めるのが嬉しい休暇なのだった。でも一番いいのは、地元の友達マエルに会えることだ。


 マエル・ナ・ノクラーハは、この一帯の土地を所有する貴族の子だった。ダーフィと同い年の割にひょろーんと細く、顔が白っぽい。髪の毛も金を通り越し、白髪と言うか銀色だ。ちょっと見には、ゆうれいみたいにはかなげなやつである。いや、ダーフィはそもそも霊にお目にかかったことなんてないのだから、この言い方はおかしい。とにかくそういうマエルだけれど、口を開けばのんびりした口調でおもしろいことを言う。


 ダーフィはデリアドでいつも緊張しているから、マエルと一緒にいると楽なのだ。


 好きなだけ、ぼーっとしていても大丈夫。「ダーフィ、それでさぁ~」と、やんわり続く会話に安心できた。



「ゆるーい丘だから、このまま馬でのぼれるよ。てっぺんにいいものがある」


「虹の宝物、掘り起こすのかい? 円匙しゃべるとか持ってきてないよ」


「ううん、ちがーう。ダーフィのための、いいものさぁ」



 虹の足元の地面には、宝物の詰まった壺が埋まっている、と昔から言われている。子どもだましの迷信だと、同級生たちは以前笑っていたけど……。内心ダーフィはほんとかもしれない、と思う。あんなにきれいなものが空にかかる、虹それ自体が奇跡みたいな現象なのだ。そこにもう一つ奇跡がついてまわったって、おかしくはないと信じていた。だからいま何となく口をついて出たけれど、その辺をマエルは否定もしないし、笑いもしない。やっぱり安心できた。


 ぽこぽこ、ぽこ……。


 のんびり柔らかな蹄音ひづめおとを立てながら、ゆっくり歩んでたどり着いた丘の頂上。そこから周りを見渡せば、崩れかけた石のそこかしこに集まっているのが、緑の草の合間に白く見える。


 よいせ、とゆっくりマエルが馬から下りた。ダーフィもそれにならい、雌馬の手綱たづなを引いてゆく。



「何だい、ここ? むかし誰かが住んでたあとなのかな」



 ダーフィのつぶやきに、くるっとマエルが振り返った。ふわふわした淡い色の巻き毛の下で、白っぽい顔が笑う。



「何言ってんだい。君のご先祖さまが住んでた、お屋敷じゃないか」


「はぁー?」



 マエルはとある箇所、石のより集まる手前まで来て立ち止まった。厚みのある生成きなり色の毛織外套えりをかき合わせるようにしてから、こっちだとダーフィに向かい小首をかしげてみせる。



「まあ屋敷って言うか、とりでなんだけどね」



 ここへ来る途中、マエルはダーフィに≪丘砦ラース≫という言葉を教えていた。丘の上にある砦を、そんな風に呼ぶものなのだ、と。



「僕らは今ここ、その砦の中心にいるんだ。ぐるーっと丸く城壁のあとが残っているの、見える?」


「あ、本当だ」



 ダーフィが見回すと、ところどころに白い石くれが続いて、いびつな円環を形づくっていた。そしてなだらかな丘のふもとに、騎士二人が軍馬に乗ったままたたずんでいるのが遠く見える。



「にしても……。城壁って言うには、ちょっとささやかすぎない?」



 どかんと堅牢なデリアド城の姿を、頭の中に思い浮かべる。それとこの小さな砦を比べてみてから、ダーフィはぷぷっと笑った。



「昔の人って、平和だったんだ! こんな囲みで攻めるのをあきらめるくらいに、敵も優しかったんだねぇ?」


「いやいや~、当時はもっと立派だったはずだよ。ここは風通しが良いからさ、どんどん崩れちまっただけ」



 マエルは雌馬の鼻づらをひとなですると、手綱を放す。そうっと歩いて、細長い石の前からダーフィに手招きをする。同様にしてダーフィがそばに寄ると、横倒しになったその石の脇にマエルはしゃがんだ。



「この石、さわってみ。ダーフィ」


「何でー?」



 ダーフィは石を見下ろした。建築材だったらしき周囲の石くれと違い、それは少々青みがかった灰白色の大石で、細長くどっしりとしていた。ちょっとした柱のよう、大人の背丈くらいはある。



「うちに伝わる古文献によれば、これは≪王の石≫って言ってね! 魔法の石なんだ。王さまが手を触れると、喜んで声を出すといわれている」


「……」


「この丘砦ラースは、大昔のデリアド王の中広間だったんだ。王が騎士たちを集めて、色々話し合いをしたんだよ」



 涼風が吹きすさぶ中で、マエルの声が少々聞き取りにくかった。ダーフィは友達のすぐ近くに寄る。


 マエルいわく、正しい王がこの石に触れると、石は歌い出すのだそうだ。他では聞いたことのない話だった。しかし次第にダーフィは、胸の内が重くなってゆくのを感じる。


 口べたで文字を読むのがおそく、鈍足どんそくで剣も槍も弓も下手くそな自分……。みるからに王さま向きじゃない自分、デリアドで下を向くしかない自分のいたらなさを突っつかれているような、そんな居心地わるさがここでもダーフィをつつき始めていた。休暇の間、せっかく忘れられていたと言うのに。



「嫌だよ。俺がさわったって何も起こらないさ、……何だい魔法だなんて。マエルはそんなおとぎ話を信じてるのかい?」


「いやいや、古文献がまじめにそう語ってんだもん。さわってみてって、ダーフィ」



 ダーフィはマエルを嫌いになりかけた。


 いやで嫌で仕方のない現実……。できそこないでも一人っ子の王位継承者の自分、ぼんやり王子と陰口を叩かれている自分に、マエルはもうひとつ恥をかかせようと言うのだろうか。石は歌わないに決まっている。自分は王にふさわしくない、ということが証明されるのだ。



「石が鳴かなかったら、俺が正真正銘のだめ・・王ってお墨付きになっちゃうじゃんか。どうしてくれるんだよ、そうなったら?」


「そりゃー、僕が一生忠心なる臣下として、ダーフィを手伝うよ! 二人ですんごい頑張れば、たいていのことは何とかなるんじゃないのかなっ」


「はぁ~? デリアドに来るの、マエルが?」



 何をどう手伝うんだか、友達はわかっているのだろうかとダーフィはいぶかしんだ。いや……たぶん何もわかってはいない。しかしマエルは、まじめな顔で続ける。 



「そうそう! そいで見事に石が歌った場合はね。その時はもちろん、ここ東域在郷のいち地方騎士として、やっぱり僕はダーフィをかげながら支えるよー」



 かくん! ダーフィは首をかしげた。どっちみち友達は自分を応援する気でいるらしい……。何だか気がぬけた。



「……わかったよ、もう。結果がどっちでも、絶対に他の人には言うなよ?」


「言わない、言わない」



 その時ダーフィは初めて気がついた。横倒しになった石の右端、ちょうど自分の前あたりに、うっすら文様みたいなものが浮き彫りになっているのだ。



――何だろう、これ? らくがき……じゃ、ないよなあ?




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