第15話:前言撤回だ!
マスターの足に乗った瓦礫を溶かすと、すぐに迎撃の態勢を取る私。
そんな私の身体を真っ赤な炎が包む。
「紅蓮の魔法使い、か。いいじゃねぇか。思いっきりやって来い!」
「はいっ!」
溶かした瓦礫から足を抜き、治癒を終えたマスターは私の後ろに立つと紅蓮の魔法使い、と言ってくれた。
そっか、私……魔法使いになれたんだ。
「ォォォォォォオオオオオオオ‼」
瓦礫を壊してやってきた咆哮の主。
正確には主たち。1体は象と人を混ぜたような姿で、もう1体は猪と人が混ざった姿。
そのどちらもとても大きく、禍々しい気配を漂わせていた。
2体相手は厳しいかも……。でもやらなきゃ!
夕方、これ以上戦闘が長引くと見えなくなっちゃう。
どうしよう? どうしよう?
そんな風に考えていた時だった。
「……Bonsoir.そんな浮かない顔をして、何かお悩みかな? 状況から察するに魔法使いとしての力に目覚めたお嬢さん、この2体を夜になる前に倒さなければならない。どうするか、退くべきか退かざるべきか。それが最大のいわば問題だ。……ここで愚かな提案があるのだがどうだろう? 私でよければ君と共に戦いたい」
「クリストフさん!!」
まるで散歩、といった感じで気楽に近付くクリストフさん。
私の横まで歩いてくると朗らかな笑顔でこう言った。
「ふむ、肉体はどうやら覚醒した力に耐えられるくらいまで鍛えられたようだね。もうしばらくここまで鍛え上がるのに時間がかかると思ったが、アクセルが無茶でもさせたのかな?」
「えっ、そうだったんですか?」
あの無茶苦茶な訓練って本当は全部魔法使いになるための訓練だったの?
最初の訓練の時、ハードな現場に耐えられるようにならないとな~って冗談交じりに言われたっきり何にもマスター教えてくれなかったから……。
「さて、積もる話は後にして、私はあの猪を狩るとしよう。クロエ、覚えているかね? 私達が何者かを」
「……人々の悲しみを分解し、幸せの数を求める答えを導く者。ですよね?」
クリストフさんの問いに少し考えて答える。
私達は魔法使いで、ジアスの社員です。なんて答えをクリストフさんが求めてるわけないって思って。
私の答えに満足したのか、クリストフさんは満面の笑みを浮かべた。
「……素晴らしいっ! それじゃあクロエ、君と悲しみを分解してみようか!」
そう叫ぶと猪型のバーミンへ向かって走り出す。
えっ、速くない?! あっという間に猪型の前に立つと勢いのまま蹴りを入れて吹っ飛ばす。
「私は離れておくから、思いっきりやるといい!」
手を振って私にそう言うと、クリストフさんは起き上がった猪型にもう1回蹴りを入れて距離を開けてくれた。
「クロエ、気を付けろ! 俺が2体倒して、今お前が倒したのが3体目。こいつらで終わりだが、たぶん象型が今回のボス格だ!」
いけない! 今はこいつの相手をしなくっちゃ!
マスターがそう言い終わるや否や、力任せに腕を振るう象型バーミン。
力が馴染み始めたのか、さっきまで恐る恐る避けていた攻撃も難なく避けられる。
「せいっ!」
右手を手刀の形にすると炎を纏わせて、象型の脚に斬りつける。
先ほどのバーミンよりも大きいからか筋肉が少し抉れるだけで大きなダメージには至っていない。
「ヴォォォォォォ!!」
叫び声を上げた象型は私を頭から潰そうと大きな拳を振り下ろす。避けられない!
「おっと! やらせはしねぇよ!」
マスターのそんな声が聞こえると目の前に大きな棘が現れ、象型の身体にぶつかる。
刺さりはしなかったものの、象型の体勢を崩すには十分。
吹っ飛ばされる形で象型はその場から離れ、私は攻撃を受けずに済んだ。
「ヤバくなったら援護する!突っ込め!」
「わかりました!クロエ、いきます!」
マスターの熱い言葉を受けて、私は倒れている象型に向かって走り出す。
「ヴモォォォォォ‼」
象型は立ち上がって瓦礫を持ち上げると私へと投げる。大丈夫、いける!!
「とぉっ!」
高く跳ぶ。跳んだ先の瓦礫も使って、もっと高く。
太陽を背に宙を舞うと、眩しそうに私を見上げる象型。
高さは十分。
私は空中で1回転すると身体の炎を右足に集め、象型へかかと落としの要領で蹴りを見舞う。
「ヴオッ…」
頭を狙ったはずが少しずれて象型の肩に当たる。
でも大丈夫。重力に身を任せ、身体が下に降りていく。
その度に足の炎は強くなり、象型の身体をどんどん焼くとついにはその身体に縦一線の深い傷を付けた。
「これでぇ…最後っ!」
そういうと私は残った左足にも炎を纏わせ、地面についた右足を軸に回転する。
その力を利用してもう1発蹴りを見舞うのだ。
「ヴォォォォォン‼」
象型は悲鳴を上げながら拳を振り上げるけどもう遅い。
左足の蹴りは右足が描いた炎の軌跡に向かうように、横一線に牛型の身体を焼き切る。
「ヴォオオオオオ‼」
十字の傷が付いた象型の身体は段々と黒く炭化し、崩れていく。
これで終わった。そう思った時だった。
「ォォォォォオオオオオ‼」
一矢報いようとしたのか、まだ焼かれていない右腕を使って拳を打ち込む象型。
その攻撃を避けようとした瞬間、象型の頭部に爆発がおこる。
頭を包んだ煙が晴れて、象型の顔を見る。
目の光が消えてる……、象型はようやく絶命したみたいだ。
「な、なに?」
突然のことに戸惑っていると、静けさを取り戻した戦場に高い声が響く。
「バーミンってのも案外大したことないのです」
この声は…まさか!?
「調子に乗んな。あれは死にかけだったからうまくいっただけで、ホントならあそこから何発も当てなきゃいけねぇんだぞ?」
またよく聞いた声がする…。
声のする方を見ると8番隊の2人がいた。
バズーカを担いでいるユウカ先輩と、ジープを運転している隊長。2人も来てくれたんだ。
「お前ら…どうしてここにいるんだ!休んどけって言ったろうが!」
私がさっきされたのと同じように、何故ここに来たのか2人に聞くマスター。
それに対して真剣な顔をした隊長が答えた。
「うちの新入隊員が命令を無視して飛び出したって聞いたもんですから。邪魔する前に連れ戻そうと思いまして。なぁ、ユウカ?」
隊長に促されるようにユウカ先輩が続ける。
「そうなのです。足手まといの私達の中で特に足手まといな新入り。そいつが悪さをする前に連れ戻そうとしたです」
「なー? でもびっくりしたよな~。散々俺達のことを役立たず、って言ってた人がな~」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた隊長を見たユウカ先輩は、何か察したのか釣られるようにニヤニヤ笑いながらこう言った。
「まさか油断してバーミンにやられそうだったなんて、びっくりです~。その役立たずに助けられるなんてざまあないのです~」
意地悪く笑いながらマスターの方を向き、
嫌味を言う2人。その2人に対して苦笑することしかできない私とマスター。
「大ピンチを救う大活躍でしょ、これは。それでもまだ役立たずですか、俺達は?」
ひとしきり言い終わった後でそう言う隊長。マスターは溜息を吐くと笑顔でこう言った
「わかった、わかった。俺が悪かったよ、前言撤回だ! お前達は役立たずじゃない!」
その言葉を聞くと、イェーイ!と歓声を上げ、ハイタッチをする隊長とユウカ先輩。
「汚名返上なのです」
「これで査定も元通りだ!」
思い思いの喜びの言葉を聞いているとマスターが大きな声で場を仕切り直す。
「よし、浮かれんのもここまでだ。この区域の安全を確認したら帰還する! ユウカは俺と、クロエは風見と組んで周囲500mの探索だ。30分でやれ!」
マスターからの指示に対して私達も
「了解しました!」
「とっとといくのです。へっぽこマスター」
「わかりました!」
と返事を返す。
こうして私の魔法使いデビュー戦は終わりを告げた。




