雫
7章 雫
私は瞼を開く。するとそこは見慣れた学校の屋上だった。風が心地く私の頬を擽る。見上げると空に少し雲がある。死ぬのには丁度いい。こんな暗い私には少し雲がかかっていた方がいい。私は軽い体を動かしてフェンスを越える。ふわふわとした私の体はまるであの雲の様だ。天を仰いで、私は口を開く。「死にたくなかった...」思っていたより細々しい声で驚いた。私はー。回想に浸ろうとしたとき屋上に出るドアが開く音がした。振り向くと、“流華”が立っていた。流華は私を助けるために必死に叫んだ。流華が最後に言った。「あんたのこと、気になるかも。」私はその言葉だけは鮮明に覚えている。まるで耳元で言われているかのように荒い息の優しい声で君は言った。私は流華と契約をするかのように恋人になって、日々を過ごしていった。私がこの日々に名前を付けるのなら「幸せだった日々」という名のものにしたい。私にとってこの一か月はとても幸せな日々だった。念願の君との会話...それが叶ったのだから。もう悔いなどはないよ。そう呟くと14階建てのマンションの屋上にスーツを着た女性が現れる。二死村さんだ。彼女がにこやかに私を見て言う。「良かった。満喫できたようですね。最期の時間を...」私はその言葉を聞いて全てを思い出した。私は中学一年の頃に身を投げ捨てた。すると死者の世界という場所に辿り着いたのだ。そこは最期の時間を与えてくれる場所。私は生前学校ですれ違うだけだった流華に一目ぼれをしていた。だが叶うはずのない恋だったため直ぐに諦めたのだ。けれど当時の私は心の底では諦めがつかなくて、最期の時間を彼女に費やした。思ってもいない展開になって、幸せを感じてしまった一か月。私はゆっくりと深呼吸をし、さようなら。とこの世界に告げた。君が生きているこの世界に、私はさようならを告げることが出来た。残酷だったこの世界にさようならを告げるほどの価値が出来たのだった。さようなら。と口から零れそうになったとき二死村さんは私に言った。「彼女はもう生きておりません。貴方が彼女に電話をした後数分で彼女は交通事故にあわれました。残念ですが...」私は彼女の言葉を理解するのに時間が掛かった。私は何が何だか分からなくなった。流華が死んだ?私のところに来る最中に?嘘だ。だって流華は死ぬなんて...ありえないよ...私は俯き瞬きをする。すると景色が一変する。さっきまでマンションの屋上にいたのに今は死者の世界にいる。赤い彼岸花がそう私に教えてくれた。その時聞きなれた、ローファーの音が聞こえる。私は焦りながら振り向くとそこには君が立っていた。私はさみしげな表情をする君を思いっきり抱きしめた。君が苦しいと言っても私はその言葉を無視して強く抱きしめた。私はそのまま力が抜けて地面に引き寄せられるように膝を打つ。君は慌ててしゃがみ込み私に口づけをして言う。「ごめんね。私雫と一緒に死ねなかった。また私、雫のこと一人にしちゃったね。寂しっかったね。辛かったね。何度も助けられなくてごめんね。」君の声はだんだんと小さくなり、頬を雫がつたっていた。私はこの涙を拭きとる。君が言った『何度も助けられなくて』という言葉が気になった。でも聞く勇気がなかった。そんな時君が口を開いた。「私雫が自殺したときドア越しにいたんだよね。誰かが死のうとしてるなんて思ってなくて、のうのうとお昼食べてた。でもドッチャって音が聞こえて次々に叫び声が聞こえたとき、あぁ落ちたんだってわかったの。もし落ちるってわかってたら止められたのにって。」私はその話を聞いたとき不思議と怒りの感情は出なかった。助けてくれれば。止めてくれれば。なんて言葉がのどに詰まったけど、それは私の本心じゃないような気がした。私は何も言えなかった。でも、なんで死んだことが分かっていたのにまた君に会えたのだろうか。その時考えを読まれたように二死村さんが口を開いた。「彼女は覚えていませんでしたよ。貴方のことを。結構なショック状態に陥り、記憶障害が起きてしまったようです。けれど思い出したようですね。」思い出す...か。私は一回は忘れられたんだ。大好きな君に忘れられたんだ。でもそれでも私自身は彼女を忘れずに彼女に最期の時間を費やした。だから満足だ。彼女が私を忘れていたとしても私は彼女と一緒にいることが出来た。念願がかなったのだから心底幸せ者だ。それに忘れていたのに思い出してもらえたなんてもっと嬉しいことだった。脳内の整理が出来、私はやっと口を開いた。「ありがとう。流華。最期の時間流華といれて幸せだった。たった一か月だったけど、流華が私の中で飽和しているよ。私を受け入れてくれてありがとう。私を好きになってくれてありがとう。」そういうと流華は涙を流し無理な笑顔を作っていった。「私もありがとう。私のことを愛してくれて。私を認めてくれて。幸せでした。最期の時間は過去にも戻れるみたいだから、私はもう一度雫と一か月を過ごす。また会えるから。来世でも会えたらいいね。そう信じてさ、ばいばいはなしだかんな!」少し嗚咽が混じりながらも威勢の良い声で言う。私は大きく首を縦に振って。「それじゃぁまたね。流華。」そう言って私は二死村さんの方に近づき、逝こう。と言った。二死村さんは少し困った顔をしたが、私の手を取り船に乗ったー。
この章でこの話は終わってしまいます。けれど続きを書きたいなと思う部分もあるので短編続編として書いていきたいと思います。ここまでお読みくださった皆様誠にありがとうございました。そして今後ともよろしくお願いします。




