ジオの夢 六、難題
オレは、十歳になった。オレの十歳の秋に祖父が亡くなった。
それを父の文で知った。祖父は眠ったまま逝った、葬儀は済んだ、レイを呼ばなかったのは、祖父の遺言の一つで、レイは戻すなとあったからだ、と書いてあった。
祖父にはとても可愛がってもらったと思う。文だけでは実感がわかない。
父の文にあった眠ったまま逝ったとあるとはどう云うことか・・・医学書を読んで探してみた。『夢死病ーーー眠っている時間が長くなる。起こすことは出来ない。やがて死に至る奇病である。原因は不明。古い家系に表れる。』とある。
学院で必要な知識をほぼ得たと思う。ダイナにおいて猫殿からの依頼を受ける事も多くなった。それは、各家の力が及んでいないのだろう。殺人者、強盗、人攫いの類の討伐だ。他の者が出来ない案件のを受ける。一度は山に要塞を築いてい大規模な強盗団の討伐を、御姐さん方と三人で行いもした。また、御姐さん方と相争う案件も出たが、流石に断った。
今日も学院を出て、ダイナに向かう。祖父が亡くなって月も変わるが、気が重い。
『少年、暗いな。どうかしたか?』と、背後から声が掛かる。
『御姐さん方、此処で会うとは思いませんでした。』と笑う。
『少年、今日はお別れに来た。もう、住居地から出る事がなくなるでな。』と寂しく笑っている。
『それはとても残念でなりません。祖父が亡くなったのに続き、御姐さんにも会えなくなるのですか・・・』とオレ。
『そうか・・・それは残念な事だな。・・・人とは、会って別れる、その繰り返しよ。仕方の無い事よ。』と御姐さん。
涙がでて来るので、必死に我慢する。ここで祖父と二度と会えないという思いが湧き上がってくる。未だ十歳だ。
『少年、泣くな。最後に打ち合いをしよう。わしの冥土の土産にな。』と御姐さん。
『ええ・・・宜しくお願い致します。』
御姐さんは強い。数合打ち合ったが、それがよく分かる。まともに打ち合っては負けるのが分かる。十歳と五十代ではまだまだ力負けする。瞬歩使って躱しながら隙を打つが、その隙も誘いなのだが、打つしかない。打って間合いから逃げるのがやっとだ。
『少年、もう全力が出せんわ。すまんが終わりだ。』と御姐さんが終わりにしてくれる。
『はい、助かります。私も一杯一杯なので。』と答える。
『少年、今使った足捌きなのだが、常道とは違うようだが・・・』と姉さんが驚いた顔で聞いてくる。。
『はい、本来はこうなのですが、奇を衒ってと、瞬間の速さが欲しい時に使います。捌きはこうです。』とオレ。
『少年、教えて良いのか?』と御姐さんがいう。
『冥土に行かれるのが伸びれば、またお会い出来るのではないかと思いますので』
『そうか・・・では、使わせて貰うことにする・・・』と御姐さん。
『少年、御姐には会えないとしても、私とはいつかまた会おう。この借りは返したいからな。』と姉さん。が言ってくれる。
『はい。』
御姐さん達と別れた。オレは学院へ戻る事にした。わざわざ出かけて行く理由も失くなった。学院で学べるだけ学ぼう。
父は何故屋敷から出ないのか・・・父は屋敷から出ない事に思い至った。父は何かに絶望していたのだろうか。嫌、そんな弱い父ではない。父には何時も前を見ていた気がする・・・
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『最後に良いものを貰ったな。ユリアに教えておこう。』と母が云う。
『・・・本当に。・・・なあ、母者。少年は、何処の子だ?知っているのだろう?』と私が聞く。
『少年は、まだ跡を継いでいないから勝手には言えん、と言うていたが・・・』
『ああ。まず間違いないと思うが、言わんほうが良いだろう。シンシアは知らん方が良い。』と母。
『そうか、知らん方が良いか・・・』
『ああ、それより、ユリアは直ぐに出す。二十の年に戻らせるのじゃ。』と母。
母は先読みだ。私もその気はあるが母には敵わない。その母の寿命は尽きようとしている。私にも判るのだから、母も知っているだろう。
『おかしな者たちに入られたものよ。どうする事も出来んとは・・・。』
『殺るか、母者?』
『嫌、ユリアはともかく、マリウスがいる所以、今は無理だ。目覚めれば被害は大きいぞ・・・』と母が言う。
『四年大人しくすれば、潮目が変わる。それまで辛抱する・・・すまんな。』と母が頭を下げる。
『母者、大丈夫だ。』
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十一歳の春になった。今は学院に籠もって全ての書籍を頭に入れるべく、外出はしない。
今日も図書室に籠もっている。と、家からの使いが来ていると知らせがあった。庭に出て行く。大きな体躯だ。十分に鍛え上げられている。
『レイゼン殿、ライゼン様がお亡くなりになられました。家にお戻りを。』と使いの者が言う。
『そうか・・・分かった。・・・仕度をする・・・』と何とか答えた。心の中は何を考えてよいのか分らない。体が動かない。
『学院長にご挨拶を。』と言われる。
『そ、そうだな。』
使いの者と領地に向かっている。前を使いの者が幻馬に乗って先導する。
『あなたとはお会いしてますね。私を見張っていたのですか。』
『いえ、偶々通り掛かったにすぎません。』
使いの者から尋常ならぬ殺気が飛んでくる。オレはそれをやり過ごす。
『そうなのですか。まあそうだとしても、今の殺気は許せませんね。今は祖父も父も失って、とても心が尖っているのですよ。何せ天涯孤独の身になってしまいましたら・・・』
『祖父や父が治めていた地を欲しがる者がいるのなら差し上げますよ。十一の私が治めるには荷が重いですから。どなたかわかりませんがお伝え下さいね。』
『ただ、私を殺ろうというのは無理ですよ。何せ宗家の後継者ですから。なぜ宗家と呼ばれるかご存知ですか?』
『いえ、残念ながら。』
『私も学院の書籍で知ったのですが、この大陸の投術、体術、刀術は我が家の演舞が起源で、他の術式は全て派生であると書かれてありました。故に我が家は宗家と呼ばれるそうですよ。今ではその事は忘れられ、名だけが残っているとも記してありました。』
『そうなのですか。』
『はい。ですから私は殺られるなど以ての外なのですよ。個人で殺られたりしたら亡き父や祖父になんと言われることか・・・』と俺は笑う。
使いの男の反応は特に無い。
『この辺りで良さそうですね。では演りますか。』とオレ。
オレは消していた殺気を最大限にだす。と男が一歩踏み込み、男の左に構えた、鉈より広く少々長い、剣よりは短い弯曲刀が抜かれ、オレの胴が薙ぎ払われ、鞘に戻る。オレは、弯曲刀を瞬時で左に躱す。居合いか・・・。居合いなら踏みこまれた時に、こちらも踏み込み、相手の鍔を押さえれば良い。
ゆっくりと愛用の六角棒を外套の内より出す。これは、ばねで刃が飛び出るように作ってある。そして、六角棒を出した刹那、男は踏み込み鉈を抜こうとするが、オレも踏み込み、六角棒の柄で鉈の鍔を押さえる。と男は後に下がる。それを更に三度繰り返す。四度目には、男は埒が明かないと思ったのか、踏み込む事もなく鉈を抜き始める。そこをオレが両端に出した刃を使って、突きを入れ、避けた処に刃を回しながら新たな一撃を入れ更に棒を回転さ刃の二撃目をいれる。それらを繰り返しながら攻める。男はそれを奇麗に受けていく。
男は刃の届かない処に下がると、鉈を鞘に収める。
『レイ殿、腕前についてはもう十分です。』と殺気の消えた男は言う。
『ベルンハルトと申す。お見知りおきを。ライゼン様の陰伴をしておりました。主に守護と諜報でしたが。』と。
『そうか、父の陰伴か・・・』
オレを試したのか・・・腹が立つ。
オレ達は北の都に到着し、屋敷に向かう。珍しく北の山々には雪が残っている。春だと云うのにまだ寒い。今年の冬は大事になりそうだ。
『バルツァー、帰りました。』とオレ。
『レオ様、お帰りなさいませ。この度は誠に残念にございます。』項垂れている。
『祖父の事は父の手紙で大体分かりました。』
『父は何故に亡くなられたのですか?』
『ご自身で首を刎ねられました。』
『どうしてでしょう?』
オレそれを聞くとは悲しみが満ちてくる。あの父が・・・
『憑き神の身であられました。もうこれ以上は保てんと申されまして、笑って逝かれました。』とバルツァー涙をこらえている。
『そうですか・・・』と唇をかんで涙をこらえる。
神憑きとは、この大陸に昔からある、人が何かに変わってしまう病状の事で、自己を失い、暴れ始める。最初は自己を取り戻せるのであるが、最後は完全に己を失い、人を殺め始める。最後に至った者は討伐するしか無いが、そう成った者の力は二倍とも三倍ともなっている為、討伐も容易ではなく、多くの人の命が失われる事もある。
あの強かった父が神憑きとは、さぞや口惜しかったろう・・・
『その事を知っているのは・・・』と声が震える。
『陰伴三人と我が息子の私の五人でございます。』
『分かりました・・・』
陰伴の三人とバルツァーがいる。オレは、祖父の遺言書と父の遺言書を読んでいる。
『うん、どうしたものか・・・』
『バルツァーはともかく、三人はどうされますか?父は引き続き三人に陰伴を任せろと書いております。但し、三人次第だとありますが。』
『我々の意見は一致しております。良ければ、引き続き任に。』とベルンハルト殿が言う。右腕はミュンツアー、左腕はジンツアーと云う名だ。二人の腕もベルンハルト殿に劣らなそうだ。二人も頷く。
『十一月には豪雪になります。恐らく、二百年に一度の寒波になりましょう。食料が不足するし、暖房の薪も必要になります。まして古い家は潰れますから、補強か建て直し必要になります。』とオレ。
『・・・』四人は無言で顔を見合わせている。
『父は雪の事を何か申しておりませんでしたか?』
『それは・・・聞いておりませぬ。』とバルツァー殿。
『バルツァー、金がいります。金は有りますか。無ければ作らねばなりません。』
『それと、全ての一族を纏めねばなりません。まず、シュニッツァーを攻めます。次に南のアゾフ平原を取り返します。』とオレが言う。
皆が顔を見合わせている。
『北と東はどうされますか?』とジンツアー殿。
『オーレンドルフ殿と三名メルダース、マイザー、ラドーの方の事でしょうか?』
『はい。それぞれ一州を占有し、離れております。』とベルンハルト殿が言う。
『・・・』
『では、平野が三州しか無いとなると、兵は、集めても一万ですか?』
『かき集めて一万五千ですが・・・』とジンツアー殿が言う。
『直接当たらせはしませんから、一万で十分でしょう。相手方も兵が居ないのに降伏という訳にはいかないでしょうから、兵を連れて行かないわけには行きません。』
四人は不思議な顔しているが、特に何も言わない。
『その前に、継承奉納を行いませんと・・・』とバルツァー殿。
継承奉納とは何だ。知らぬことばかりだ。泣きたくなる・・・
政務館とは別に広い場所に演舞場はある。演舞場は大きなすり鉢状で多くの者が観る事が出来る作りだ。オレの演舞は正午、一番日の高い時間におこなわれるが、多くの一族の人々がオレの演舞を観覧しに、朝早くから集まってきている。演舞場の周りには食べ物の屋台も作られている。
オレは演舞場で我が家系の演舞を披露している。九部全てを舞う。これが一族と神に捧げる継承奉納らしい。継承者の演舞が優れていることを確認し、次の継承者の能力を判断する場であるらしい。下手であっても継承はできるらしいが・・・
『バーグ爺、どうだった?』と祖父の陰伴であったバーグ老に聞く。
『ぼん、見事な舞でしたぞ。御祖父殿や御父殿にも引けは取りませんな。』と褒めてくれる。周りに居た皆も口々に褒めてくれる。まあ、なんとか熟したらしい。取り敢えず安堵だ。と、一人の銀髪の肩程の髪の男がベルンハルト殿と寄ってくる。父に近い年だ。
『レイ様、オーレンドルフ様に御座います。』と紹介してくれる。
『オーレンドルフ様、レイゼンに御座います。初にお目に掛かります。』とオレ。
『レイゼン殿、ご継承おめでとう御座います。見事な舞でしたな。』と褒めてくれる。
『有難う御座います。』とオレ。
周りの皆がオーレンドルフ殿を睨んでいる。何故かな・・・。
それを感じているのか、
『ではレイゼン殿、これにて失礼いたしますよ。』とオーレンドルフ卿。
『では、また近い内にお目にかかると思いますが、その時にでもゆっくりお話致しましょう。』とオレは笑う。オーレンドルフ卿は後に手を上げて去っていく。
『あちらに御三人の方が。』とベルンハルト殿が教えてくれる。
三人の居る場所は遠い。会釈をして終わらせる。彼等も会釈をして去っていく。
『来月始めでいいか。返してくれなければ攻めると伝えて下さい。』とオレ。
『文をお書きください。』
『バルツァー殿に書いてもらいますね。』
『自筆にて。』
『こう見えても十一歳ですから・・・代筆のほうが宜しいと思いますよ。』
『それは失礼に当たります。』
そうかな?きれいな字の方がいいと思うが・・・。バルツァーに聞いて見よう。
『バルツァー、字の美しい者はいませんか?代筆を頼みたいのです。』
『ベル殿が、携えて行く者に恥をかかせるような真似をなさらぬように注意を、と言われておりますが。』と笑う。
『・・・分かりました。』
『ーーー殿 早速ではございますが、我が父よりお貸しして御座います地をご返却頂きたく、お願い申し上げます。もし、ご返却無き場合は、翌月一日に力を持ってお返し頂くべく、参上致します。宜しくお願い致します。』と文書をしたためる。
『では、これで。』と三部つくる。
『バルツァー、これで大丈夫ですか?』
『勿論でございます。』と頷く。
おい、本当にいいのか、こんな文章で・・・。
ミュンツアー、ジンツアー、ベルンハルトの三名が返事を持って帰ってきた。まあ、良い返事は無いのは分かる。
『レイ様、どうぞお越しください。御手並みを拝見致しましょうとの事です。』と、ミュンツアー殿がラドー候の返事を教えてくれる。
他の二人の持ち帰って来た返答も文章は違えど同じ意味だ。
『予想通りですね。仕方無い。』