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ジオの夢 伍、酒とキッシェ

ーーーーーー 母者、俺は此処では年も取るし背も伸びたぞ。 ーーーーーー


オレは九歳になった。背も伸びている。顔も大人びてきている。演舞は部屋で欠かさず舞う。昼間は学院の図書館で、知識を仕入れながら、折を見て西方地域の西部各地を回っている。たまにロンバニアやダイナへも行く。ダイナではマーヤさんが、ロンバニアでは侍女の女性が順番に世話をしてくれる。マーヤさんに髪が伸びたので切ってくれと頼んだら、髪は男の命だから、切ってはならん、と言われた。本当にそうなのか・・・今では髪が背中の半ばの長さになった。


今日は祖父の好きなキッシェ、魚の蒸し焼き檸檬垂れ掛け餡包み、を食べに行く。マーヤさんから、この料理を考案した料理人の弟子が、ダイナの街に近いエイプスの街に来て働いている、と聞いた。そのエイプスの街に向っている。


エイプスの街は、街を覆う外壁は無い。多くの家屋は平屋だ。街の商店通りに入り、街を眺めながら進んでいく。道は石が敷き詰めて有り、そこそこ広い。土埃は立たない。建物の造りは他の街と変わらない。木の屋台骨に白い土壁だ。木の窓枠を横にずらし、中から外が見られるようにしてある。


と、外に出ている多くの人が同じ方向をを見ている。その視線の先に、店舗の入口の前で、片手に酒瓶を持った男たちがいる。その男達は、道に転がされた一人の老人を小突いて、老人に何かを求めている。

『おい、爺さん。早く出しやがれ。首領に殺されたいのか?』と男たちが老人に言っている。


オレは男たちを押し退け、その老人の側による。

『大丈夫ですか、ご老人。』と老人を助け起こす。

『駄目ですよ、ご老人を大切にしないと。自分が老人になった時大切にされませんよ。』と男たちに言う。

『余計な事をすんじゃね。貸した金を利子付けて返せと言っているだけだ。邪魔すんじゃね 

』と一人の男が言う。


『わしはこいつ等に借りてはおらん。まして、借りた金を返すと言っても受け取らんのだ。それで法外な利子を付けて、合わせて借りた金の百倍を返せと。わしの店を取る気なんじゃ。それに、こんな事をされたのはわしだけじゃない。わしの店はキッシェで人気のある店じゃが、他の流行って追った店も似たような手口で人手に渡っておるんだ。』と老人。


『領主に訴えられましたか。』

『領主は気にせんよ。彼奴等とは仲間なんじゃろう。』

回りの男たちはにやにや笑っている。

『それは仕方ないですね。ではこうしましょう。ここにワン家の商符一千万ギルがあります。これで、一時的に私に権利を売って下さい。後で戻されても構いません。どうですか?』

『わしは年じゃから金はいらん。その代わりに、こいつ達に罰を与えてくれ。こいつらは人をも殺しておるし、悲観して首を括った者もおる。少年に渡すのはその依頼料じゃ。』と老人が書類を懐から出してオレに渡してくれる。


それを見た男たちが剣を抜くとオレに斬り掛かってくる。

『駄目でしよ。そんな無体なことは。』とオレは躱しながら言う。

『小僧、それを渡せ。』と男たちが口々に言いながら、剣を振るう。

『二度と起きれなくなっても良いですか?』と更に聞く。

男達は必死に剣を振るうが当たらない。仕方ないな、眠って貰おう。永遠に・・・。


オレは、向かって来る剣を躱しながら、外套の陰で短剣にて男たちの急所に刃を入れていく。男たちは六人だ。六人が重なるように倒れていく。じっくり見なければ、死んだと騒がれないだろう。


『ご老人、店はどこになりましょう?』とオレ。

『ああ、あの角じゃ』と老人。

老人は倒れた六人を見ている。

『こいつ等は死んだのか?』と老人。

『ええ、もう起きることはないですね。』

『少年は誰かに頼まれて来たのか?そんな噂があったが・・・』

『いえいえ、キッシェを食べに来ただけなんですよ。ご老人。』

『ここのキッシェはどなたが作っておられるのでしょうか?』とオレ。

『モーレス殿だが、知っているのか?』

『はい、モーレス殿ですか、それは楽しみですね。では行ってまいります。』とオレ。


老人の店は、黒い艶のある太い柱に白い壁が美しい。窓は大きく開いており、中も外からカウンターが見える。老人の店に入ると、店員と真向いの一人用の席が六つ。右奥に客席の卓が六つ。左手にも二人用の卓が六つ。その奥には団体用の卓がある。そこには騒がしい一団。左手の手前にの卓には男性が一人。店員と真向かいの席には女性が二人右端にいる。オレはその左端に座る。


『キッシェ二つに、月下蒼颯をお願いします。』

左手の卓にいる三十代の男も強い。さて、二人でも手に余るのに、三人とは・・・いざとなつたら、どうやって逃げるかと思案する。


先に酒が出てくる。その酒を注ぐいで一口飲む。これのどこが月下蒼颯だ。まるで水だ。

『ちょっと、お兄さん。いいですか?』と店員を呼ぶ。

店員が馬鹿にしたような顔で寄ってくる。オレは短刀を鞘から抜くと、刃を店員の首に当てる。

『おい、酒飲みに銘柄を誤魔化して只ですむわけねえだろう。死ね、お前。』と言って、刃を引こうとする。その時、キッシュのお皿が出てくる。

『お客様、キッシュでございます』と声が聞こえる。

オレはゆっくり顔を上げる。

『ぼ、ぼん、お久しぶりです。』とモーレスがびっくりした顔で挨拶をくれる。

『モーレスさん、元気でしたか?ちょっと待ってくださいね。こいつの首落としてかゆっくり話ししましょう。』と言う。


『ぼん、すみません。許してやってください。』と頭を下げる。

『こいつがしたくてしてる訳じゃないんです。あいつ等に脅されて・・・』と。

『モーレスさん、祖父だったら許すと思いますか。オレは祖父に教わった酒飲みなんですよ。こいつ、オレが若造だからって舐めてましたからね。許せませんね。それにこれ・・・』と言って、みせの権利書をモーレスさんに見せる。


『これは店の権利書ですか・・・』とモーレスさんが驚いてい見る。

『ええ。先程、ここのご老人に会いましてね。ここに巣食ってる者達の首と引き換えに呉れるって言うんですよ。で、取り敢えず預かるという事で・・・』

『今はオレが店主なんですよ。』と笑う。

『こいつ、店主でもないやつの言う事聞きやがって、後で絞めてやる。』と店員を威しておく。

『あっ、そうだ。キッシェ三つありますか。それと月下蒼颯。』


モーレスさんがキッシュを三つと月下蒼颯を持って来てくれる。

『店員、椀を三つだろう。気の利かねえ奴だ・・・』とオレ。


『姉さん方、騒がしくて、ご迷惑かけました。お詫びにどうぞ。』

『キッシェと月下蒼颯です。合いますよ。』とオレ。

『あら、悪いわね。有り難く頂戴するわ。』と、五十代の女性。三十代の女性も会釈を呉れる。

『こちらの兄さんもお詫びにどうぞ。』と、左に後に座る三十代の男の卓に載せる。

『あっ、すまないな。丁度出ようと思ったとこだが、頂いてからにするよ。この店でキッシェを出しているとは気が付かなかった。キッシェは旨いからな。』と三十代の兄さん。

『兄さん、お代も私に持たせてください。』とオレ。

兄さんを見るが顔立ちが微妙に分らない・・・。

『いいのか、ではお言葉に甘えるとしよう。ご馳走様。』と言って男は店を出ていく。男は関わりになりたく無い様で良かった。一人は減った。残るは姉さん方か・・・。


『姉さん方、キッシェはどうですか?』と、オレは座り直して聞く。

『少年、とても美味しいぞ。初めて食べた。冥土の土産に丁度良い。』と五十代の姉さんがにこりともせず言う。

『御姐さん。・・・そんな物騒な事は仰らずに、御姐さんの御希望は何でしょう?』

『わし等は首が欲しい。そう簡単に呉れないだろう?』


『御姐さん、私の首は無理ですが、あそこの人達の首で良ければ好きなだけお持ちいただいても構いません。』

『少年の首には興味はあるが、今回は彼処にいる奴の首じゃ。随分人を殺めたらしく、多くの人の恨みを買っておるわ。』


『しかし、首を刈るのは私にやらせて下さいね。』とオレ。

『少年、何故首を刈りたいのかな?』と御姐さんが聞く。

『それは、私は未だ九歳で、経験が足りないので、多くの経験を積みたいのです。それで、御姐さん方に少しでも追いつければと・・・。』

『わかった。では申し訳ないが、終った後に首は頂いて行くぞ。』

『有難う御座います。では、早速。』

それを聴いていた店員とモーレスさんが驚いた顔で見合わせているのを横目に見ながら、左手奥に歩いて行く。


まあ、いかに凶悪であろうが、体力にものを云わせた猛獣であろうが、きっちり訓練され者に敵うわけがない。十四、五人の数ではオレの相手にならない。威勢のよかった声も止み、直ぐに静かになる。


首を盆に乗せ、御姐さんの処にもどる。

『この首で大丈夫ですか?』盆に載った首を見せる。

『少年、すまないね。いただいていくよ。』と、御姐さんが盆を受け取ると、顔を確認し、布に包んで箱にいれる。

それを若い姉さんに渡して、目配せをする。若い姉さんがそれを持って店を出ていく。


『少年、この後はどうするんだい?』

『御姐さん、ここの領主にも責任を取らせないと、良くはならないと思うんですよ。もう逃げ出しているかもしれませんが・・・』と笑う。

『成程ね。少年は此処に暫く居るのかい?』

『ええ、領主を処分した後、この街を放って置くわけにはいかないので・・・』とオレ。


『モーレスさん。これ渡しておきます。』と店の権利証をモーレスさんに渡す。

『いいのかい?しかし無償では貰えない・・・』と困った顔をしている。

『では利益の一部を何年かに渡って下さると云う事でどうですか?』とオレ。

『・・・ではそれで。』と困惑しているが頷いた。


今、湯処にいる。石造りの高い壁に囲れ、湯舟と洗い場に別れ、一部に屋根はあるが、空が見える。髪に付いた返り血を落とすのが大変だ。領主を探したが、見当たらない。急いで逃げたようだ。殆どの資産は持っていったようだ。どこかの家の兵力を借りて攻めてくるかも知れないなあ、などと考えながら髪を洗っている。


誰かが湯処に入って来たようだ。予約していたのにと思っていると、オレの髪を洗い始めてくれる。

『あっ、どなたか存じませんが、有難う御座います。』と礼を言って、洗われるのに任せる。

洗ってくれる方の太腿や脛に多数の切り傷の痕が見える。


『少年、綺麗に落ちたわ。』と聞こえる。

聞いたことのない声なので振り返る。三十代の姉さんだ。御姐さんの方は湯に浸かって、俺を見ている。

『少年、髪が長くて一人では大変ね。』と姉さんが言う。

『ええ、だから父のように短く切りたいのです。』とオレは自分の髪を弄る。

『それは、駄目よ。少年のように美しい子供は背の半ばまで伸ばすのが決まりなの。』

『・・・』とオレ。


『姉さん、お手数掛けました。』と再度礼を言って、オレも湯に浸かる。

『姉さんの声、初めて聞きました。美しい声ですね。亡くなった母の声に似ています。』と笑う。

『そう、亡くなられているの・・・それは淋しいわね。』と姉さんがいう。

『少年もいい男だから、さぞやお綺麗だったのでしょうね。』と姉さん。

『はい、回りの者は皆美しいと言っておりました。姉さんたちも大層お美しいです。』

『少年は御世辞が上手じゃな。』御姐さんが笑う。

『九歳児が世辞など言いませんよ。』とオレが口を尖らす。

それを見て二人が笑っている。


『ワン家の隠居を助けたのは少年か?』と御姐さんが両手に掬った湯で顔を洗いながら聞く。

『そうですが・・・。あの場に居られましたか?』と答える。

『そうか。感じたことの無い気だったからな。人が知れてよかった。』

『ええ、オレもお二人で良かったです。』と笑う。


御姐さんと姉さんは次の仕事があると言って街を出ていった。出来れば、対する事がないといいわ、と姉さんが言っていた。確かに、姉さんを倒すのはしんどい。まして御姐さんがいるとなると、まず無理なのは判っている・・・。


真夜中の黒猫を通じて呼んでいた、アラン殿が到着した。

『アラン殿、助かります。』とオレ。

『ああ、借りが有るのは忘れてないぞ。呼ばれれば来ない訳には行かんからな。どうすればいい?』とアラン殿。


『アラン殿にはこの街の防衛と治安をお願いしたいのです。行政は街の代表が行いますので、特にはないと思いますが、相談が有ればのってあげてください。防衛には千人を集めて対応して頂ければ。』とオレ。

『それは、代理官みたいなものか・・・』と聞いてくる。

『はい、ある家の総督になりますね。嫌ですか?』

『勿論、嫌じゃないが・・・』

『後で仔細を。』


税がは利益の三割で、一割は行政に。もう一割は防衛費に。残った一割を宗家に送るという事で皆は納得した。宗家が後ろ盾になる事は、街が攻められる心配が無くなるに等しい。後程、バルツァーを呼び寄せよう。前は六割を税として納めていたから、街の代表者も特に不満は無いようだ。街をアラン殿に任せ、オレはダイナに向かう。真夜中の黒猫から寄ってほしい旨の連絡が来ていたからだ。


ダイナの街に入る。ダイナの街は領主が弟に変わって落ち着いているようだ。マーヤさんの店が見える。マーヤさんの店は変わらず活気がある。

『こんにちは。部屋はありますか。』

『ごめんなさい。今日は一杯なんですよ。』と店員さんが答える。

『そうですか・・・それは残念。マーヤさんには宜しく伝えて下さい。』と言って、店を出る。

真夜中の黒猫に行くか、と歩き出す。と、背中を叩かれる。

『坊、どこ行くの?』と声を描けられる。

声を聞いて誰だか分かる。マーヤさんの声だ。

『マーヤさん、元気でしたか?』とオレ。

『元気でしたか、じゃないわよ。客ではないんだから、ただいまでしょう。』と怒っている。

『さあ、帰るわよ。坊のお客さんも待ってるわ。』とまだ怒っている。

『客・・・』

マーヤさんの家に連れていかれる。マーヤさんの家は店舗の裏だ。その居間に入ると、見知った顔が二つ並んでいる。


『虎君、やっと来たか?』と見知った顔の一人、猫さんが言う。

残り三人のうち一人は、ティフォンの街長(まちおさ) だ。

『これでもまだ学業中の身なので・・・』と笑う。

『ティフォンの街長がいらっしゃるという事は、また何か有りましたか?』

『ああ、少年。あの節は世話になった。』


『実はティフォンには領主はおらん。元々、ティフォンは宝石の採掘者が寄り集まって住んでおった地だ。それが、どんどん人が集まるようになり、大きくなって出来上がった街じゃ。それで、近くの家に税だけを納めて、庇護を頼んでおった。で、あの後に強盗の顛末と文句を言いにその家を尋ねたのじゃ。ところがもうその家は無かった。家はあったが、街の総督付に変わって追って、領主は何処行ったか分からんという。』


『で、どうしたものかと困っておったら、そこの総督に就いたという御仁がどうした、と聞いてくれた。そこで事情を説明したら、その御仁がダイナへ行け、そこの黒猫で虎殿を呼んで貰えと。そしてその事を虎殿に説明すれば、虎殿が良きように計らってくれるだろうというので、取り敢えず虎殿に会って見ようと来てみた訳じゃ。』と街長が言う。


『で、驚いた。虎殿が少年とはな・・・』と街長が言う。

『街長、どうされたいのですか?』とオレが笑いながら聞く。

『はっきり言うて、どうしたら良いか分からん・・・』

『街長、前の家にはいかほど納めておられましたか?』とオレが聞く

『多分、五割程に成ると思うが・・・』

『ヴァイスとチューロンの争いは知っておられますか?』

『噂程度は。』


『これからは、ヴァイス家が領地を拡大したように、各家もその方向で動いて行くと思います。と云う事は、街に兵が居なければ対抗出来ない状況になります。それで、取る方法は二つ。一つは傭兵をを雇う。但し、これは乗っ取られる可能性が大きい。二つ目はエイプスのように何処かの家に属し自治を認めてもらう。これは兵が常駐するし、余所者も出入りする事になる。街の方々がどう思うか。』


テンフォからの代表三人は相談の後、テンフォもエイプスと同様に宗家の庇護に入ることを希望し、戻って行った。テンフォの位置は山で行き止まりのように見えるが、実は北へ続く細い道が通じている。オレは、学院の地理書でそれを知っている。我が領地よりこの方面への要地となる。オレは、父に連絡し、兵の派遣を願い出た。父からの返答は、ただ一文、了解した、であった。


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